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総三の役目 6

 時流は、刻一刻と動いていた。


 錦の御旗を押し戴き進軍する新政府軍に、旧幕府軍は敗退を重ねた。

 正月六日、佐幕派だと思われていた藤堂家の津藩が新政府軍に寝返った。

 鳥羽伏見の戦いで敗れた旧幕府軍は、徳川慶喜のいる大阪城へと集結し、最後の決戦に望みをかけようと軍備を整えていた。

 どうもその日の夜の事らしい。

 徳川慶喜が近臣数人を連れて密かに大阪湾から開陽丸で江戸に逃げ帰ったのではという噂がたった。

 この噂が総三のもとに届いたのは、綾小路俊実と滋野井公寿の一行に坂本宿で合流したころであった。 

 山科能登之助が集ったこの一行は、五十人ばかり。

 総三と共に海を渡って江戸の薩摩藩邸から坂本宿まで来た浪士が二十人ばかりであった。

 さらに油川(あぶらかわ)錬三郎(れんざぶろう)山本太宰(やまもとだざい)らが、近江国水口藩で集めた者が二十数名加わり、それなりに大所帯となった。

 この集団は琵琶湖を東に渡った、愛知郡の金剛輪寺に屯所を置くこととした。

 一月九日のことである。


「綾小路殿、滋野井殿を擁した我が隊は、これより赤報隊と名乗ることとする。その名の通り赤報隊は、赤心をもって国恩に奉ずることを旨として行動する。天子様のもとで新しい世が出来つつある今、逆賊徳川を討滅する先駆けとなる隊である」


 金剛輪寺の境内に明寿院がある。

 その庭園には水雲閣という茶室が池の上に張り出すように建っている。

 庭園に居並ぶ隊員たちを見下ろすように、綾小路俊実、滋野井公寿、相良総三、山科能登之助、鈴木三樹三郎(すずきみきざぶろう)、山本太宰、油川錬三郎が整列し、赤報隊結成式が行われた。

 

 一番隊。

 隊長、相楽総三。江戸薩摩藩邸において活動していた浪士が中心の隊である。


 二番隊。

 隊長、鈴木三樹三郎。彼は元新選組であり、新選組参謀、伊東甲子太郎(いとうかしたろう)の実弟である。伊東甲子太郎が近藤勇に暗殺されたのち、新選組を脱退している。この隊は元新選組の隊員が主である。


 三番隊。

 隊長、油川錬三郎。この隊は、直前に山本太宰と油川錬三郎が水口藩で集めた者が主となった。


 正月七日に新政府は、徳川慶喜追討令を正式に発布した。

 徳川慶喜の消えた大阪城に錦の御旗が翻ったのは、十日の事であった。

 新政府は、徳川追放令を発したものの、追討軍の編成に時間を要していた。

 赤報隊を結成したはよいものの、具体的に何をするためにどこへ向かえばよいのか、総三ら幹部たちは判断がつかないでいた。

 しかし、迅速に行動するに越したことはない。

 鳥羽伏見の戦いに勝ったこの機を逸しては、時が経過するにつれて徳川に有利に働くかもしれなかった。

 新政府か旧幕府か迷っている各藩をこちらに誘うにも、この勝機を逃す手はない。

 関東、特に江戸近辺の藩は、徳川に味方するであろう藩が多い。

 関東で攘夷活動を行ってきた総三が、身をもって感じていることであった。

 赤報隊を暫くの間、金剛輪寺に駐留させ、総三は一度、赤報隊の役割を明確にすべく、新政府の本営である京都へ戻ることにした。

 朝廷から正式に、この挙兵を認めてもらう必要があったからである。


「相良さん、どうでしたか」


 正月十五日、金剛輪寺に戻った総三に、大木四郎が尋ねた。

 この男、総三が羽州を訪れた際に知り合った秋田藩出身の脱藩浪士で、薩摩藩邸に集った浪士のひとりであった。

 江戸遁走から近江まで、総三についてきていたのである。


「錦旗はいただけなかった。しかし、我らに官軍の先鋒を命じられ、旧幕府領の年貢半減を認める勅諚をいただいてきた」


 総三は太政官に対して、考案した建白書を提出した。

 その内容は、旧幕府領の年貢を軽減すれば多くの者が新政府軍の味方に付くことを説いたものであった。

 各地を巡歴した総三は、民衆が一番求めているもの、それが日常生活の向上であることを理解していたのである。

 もうひとつ、建白書の中に書いたことがある。

 それは、信州と上州の境に位置する碓氷峠を、官軍が先に制することの必要性を説いたものだった。

 これに対する返答はいただけなかったが、新政府に服するよう「嚮導先鋒」として東海道鎮撫使の指揮下に入ることを命じられた。


「年貢軽減の願いを、こうもすぐに聞き入れていただけるとは思いませんでした」


 二十歳の大木四郎は、涼やかな笑みを浮かべながら総三に水を手渡した。


「どうも西郷さんや岩倉さんも同じように年貢軽減について考えていたらしい。これから鎮撫使という軍を編成し、年貢軽減を掲げて進軍する目算らしい」


 茶碗を一息に干すと、総三は立ち上がった。


「よし、こうしちゃおれん。すぐに出立するぞ」


「相楽さん、少し心配なことが……」


 大木四郎は相好をわずかに引きつらせつつ、総三に近づいて耳元に口を寄せた。


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