総三の役目 10
「軍議の評定があるから、即刻出頭せよ」
三月一日の晩、下諏訪本陣に入った総督府の本営から命じられ、
「すぐ向かう」
と総三は使いの者に告げると、出立の仕度を始めた。
「お供いたします」
竹貫三郎という若い隊士が言った。
「いや、一人で行く」
総三は、仕度を進める手を動かしつつ言った。
「私がついていきます」
二人のやりとりを聞いていた大木四郎が言った。
大木が行ってくれれば安心だ、とほかの隊士も賛同した。
大木四郎は、他者も認めるほど腕の立つ剣客であった。
総三はそれではと、大木四郎ひとりを連れて、樋橋を出立した。
外は真っ暗闇である。
ちらつく雪と己の吐息だけが、提灯に照らされて不気味に白かった。
二人は四半刻と経たずに、下諏訪の亀屋に着いた。
樋橋からの道中、人の気配がした。
そのたびに大木四郎は、さっと左手を突き出して総三を庇うようにして前に出ると、暗闇を凝視した。
「気のせいだろ」
そう言うと、総三は再び歩を進めた。
(見張られている)
感づいてはいたが、斬るならば斬れ、と総三は思っていた。
「軍議のお召しにより相楽総三、出頭いたしました」
亀屋の門扉の前で言うと、一人の男が出てきて、お入りください、と手招きした。
中に入ると、玄関まで十間ほどの幅があり、広間のような空間がある。
男の後ろについていき、広間の中間あたりまで来たときである。
突然、陣屋の物陰から十数人、入ってきた門の外からも五、六人の武装した者が走り寄ってくると二人を囲った。
皆、刺股や突棒などの得物を持っている。
前方にいる四、五人が何も言わず一斉に総三へ襲い掛かった。
後ろにいた大木四郎が、すかさず前に出ると、相手の手首を掴み上げ、そのまま足蹴りを食らわせた。
相手が後ろに吹っ飛ぶ。
それを見た別の相手が、間髪入れずに大木を刺股で抑えつける。
大木は一瞬ひるんだが、刺股を両手で掴むと、それを力づくに押し戻した。
殺気を放った大木は、すうと抜刀すると、囲む者たちをぎろりと睨み据えた。
その気迫に押され、相手方はたじろいだ。
大木が、一番近くの男に白刃を振り下ろそうとしたとき、
「大木、控えろ! 後で判ることだ。控えるのだ!」
総三は怒鳴った。
大木は刀を構えたまま、陽炎のような殺気を放ち、相手を睨んでいる。
「総督府を騒がせてはならん。控えるのだ」
それでも大木は刃を収めようとしない。
その時、前方にいた男の前に、大小の刀が音を立てて転がった。
総三が、己の大刀と脇差を投げたのである。
「……相楽さん……」
大木の目から、はらはらと涙が伝った。
そのまま力が抜けたように、刀を地面に突き立てながら、膝から頽れた。
それを見ていた相手は、相楽、大木にそれぞれ五人ずつ飛び掛かると、引きずり倒して組み伏せた。
天から降る雪が、いつの間にか霙となって、大地を濡らしていた。
総三と大木が捕らえられた翌日、樋橋にいたほかの嚮導隊の者は全員、下諏訪の亀屋に呼び出された。
不審に思いながらも亀屋に来た嚮導隊員は、門外で待たされた挙句、二、三人ずつ中に入れられた。
それを総督府の捕縛係が、抵抗する間も与えず、次々に縛り上げた。
総三と大木は、亀屋の庭の木に縛り付けられていた。
冷たい雨が降る中、食事も与えられず、濡れ鼠のようになって震えていた。
次の日の昼過ぎ、二人は下諏訪大社の境内に連行されていった。
そこにはすでに並木に、繋がれている苦汁の表情を浮かべる隊士たちがいた。
雨とも霙ともつかぬ雫が、天から注がれる。
この地に住んでいる者たちであろうか。
番兵に見張られた総三たちに、取り巻き達が群がった。
時々、礫が飛んできて、隊士の頬や肩を傷つけた。
「どういうわけで我らを捕らえたのか! それだけでも聞かせてくれ!」
隊員たちは、番兵に怒鳴り散らすも、それに返事をする者はいなかった。
「見苦しい真似はするな」
総三は静かにそれを制すると、瞑目して端座し続けた。
次の日も、雨であった。
「歩け」
木から解かれた総三ら嚮導隊の幹部八人は、番兵の護衛のもと、粗末な矢来が組まれた空き地に連れていかれた。
西の空がぼうと茜に染まっている。
「相楽さん、本当に私たちが間違っていなかったのであれば、どうして……」
どうして刑場になど連れてこられたのか。
そう大木は尋ねたかったのだろう。
後ろ手に縛られた大木の目は、虚ろだった。
吟味は、なかった。
「判決文である」
総督府の検見役だろうか。
見たこともない男が、ぶっきらぼうに言い放った。
読み上げるのだとばかり思っていたが、判決文が書かれた紙をこちらに向けて、順々に見せていった。
それを読んだ七人の形相が一変した。
「我々は偽りの官軍ではない!」
「悪事など一切働いた覚えなどないぞ! 嘘だと思うならよくよく調べてみろ!」
「これを書いたのは一体誰だ!」
次々に怒鳴り散らした。
最後、総三の方に判決文が向けられた。
それを読んだ総三は、しばし呆気に取られた後、力なく鼻で笑った。
「勅命と偽り強盗無類の党を集め、官軍先鋒嚮導隊と唱え、総督府の命に背き勝手に進退致したこと。良民を動かし、膨大の金を貪ったあげく種々悪業相働いたこと。以上の罪で誅戮梟首とす。黄泉路の魁となれ 菊池源吾」
(西郷さん、我らの役目は、とうに終わっていたのですね)
無理やり膝まずかされた七人の首が、次々と刎ねられていく。
一番、最後であった。
総三は、薄暗くなった天を仰いだ。
いつの間にか止んだ雨の代わりに、頭上には、燦燦と星が瞬いていた。
完
「相樂總三 右之者御一新之時節ニ乗ジ勅命ト偽リ官軍先鋒嚮導隊ト唱ヘ總督府ヲ欺キ奉リ勝手ニ致進退剰諸藩ヘ慶接ニ及或ハ良民ヲ動シ莫大之金ヲ貪リ種々惡業相働其罪數フルニ遑アラス此儘打捨置候テハ彌以大變ヲ醸シ其勢制スヘカラサルニ至ル依之誅戮梟首道路遍諸民ニシラシムルモノ也」(『赤報記』)




