総三の役目 1
吐く息が白い。
降り続くこの雨も、すでに三日目となっていた。
西の空がぼんやりと茜に染められ、眼下に広がる湖面が赤黒い。
諏訪大社秋宮の参道に、杉並木がある。
その樹木の一本。
そこに相良総三は、後ろ手に縛りあげられたまま端座していた。
皮膚に食い込む縄ひもの痛みも、寒さのせいかすでに感じなくなっていた。
総三のほかに、同じように木々に繋がれている男たちが二十人ばかり。
男たちは昨日まで、周りを取り囲む番兵や見物人に罵声を浴びせかけていたが、今ではどの顔も沈痛な面持ちで項垂れるばかりである。
「相良さん、私たちはどこで道を違えてしまったのでしょう」
総三の隣で縛られている大木四郎が、青白い顔を少しこちらに傾けた。
「いや、違えてなどいない。少なくとも、俺は己の信じた道を進んだ」
白い息がゆらゆらと眼前を上昇して、すぐに霧散した。
「しかし、現にこうして罪人の扱いを受けています。私たちは、はじめから使い捨てられる定めだったのでしょうか」
己よりも十ばかり年下の大木四郎は、言葉を発するたびに奥歯を鳴らしている。
総三はふと目線を上げて、どんよりとした朱色の空を見上げた。
(はじめから……)
おそらく西郷さんに命じられて行った、江戸における幕府への挑発活動のことを指しているのだろう。
江戸の薩摩藩邸に匿われていた総三ら攘夷志士たちが、江戸城二の丸の放火と江戸市内取締りを担当していた庄内藩の屯所へ襲撃を行ったのは、慶応三年(1868)十二月二十三日のことである。
それからまだ、三月と経っていない。
「西郷さんは、我々を見捨てるようなお人ではない」
言葉尻が徐々に小さくなっていくのが、己でも分かった。
確かに見ようによっては、西郷吉之助は幕府と戦をする口実を作るためだけに我々を利用した、と見えなくもない。
しかし、攘夷実行を渋っている幕府を打倒するという目的で集まっていたのは、我ら攘夷志士であった。
そもそも捨てる理由がない。
ではなぜ、官軍先鋒隊の我々は、こうして縛り上げられているのか。
逡巡する総三の目に、どこの藩兵かわからない五十人ばかりの男たちが、諏訪陣屋の方角からこちらに向かって歩いてくるのが映った。
そのうちの一人が総三の前まで来ると、縄ひもを木から解き始めた。
「どこに連れて行く」
「刑場だ」
男はにべもなく答えた。
隣にいる大木四郎の顔が、強張った。
「乾さん……。乾退助さんに会わせてくれ」
総三は立ち上がり、己に繋がれた縄を引いて歩く男の背中に言った。
乾退助は、総三が江戸の薩摩藩邸に匿われる以前、世話になったことのある土佐藩士である。
「乾さんは二日前、甲府城を接収するために、ここを発った」
乾退助さんなら我々をこの境地から救ってくれるのではないか、という淡い期待を抱いていた総三は絶句した。
同じように縄に繋がれた七人の隊士が、総三の後ろに続く。
(三十年の人生、ここで終わりか)
感覚のない両足を引きずるようにして、一歩、また一歩と刑場へ進む。
(道を違えていたとしたら、いつからだったか……)
総三は、これまで己の正しいと思う選択をしてきた。
悔いはない。
しかし、それでも後ろにいる同志たちをこのような目にあわせてしまったのは、隊長の己自身に責があるのではないか。
死への道を歩みながら、総三は江戸の薩摩藩邸を抜け出してきてから今までの選択を思い返していた。