乙女ゲームの悪役令嬢、異世界でオタ活ですわ! 転生したけど破滅ルートを回避する方法は知ってますので、それまで尊い生モノで萌えまくります。
「どうして、エリック様とシリウス様が、裸で抱き合ってるんですか?」
「ふぇっ! だ、だって、そ、それは……。ど、どうしてって言われてもぉ……ゴニョゴニョ」
「だって、おかしいですよね? エリック殿下もシリウス様も、男色の噂など一切ない! なのに、この絵に描かれたお姿は、親密そうに目を合わせて。この手のつなぎ方なんて、まるで恋人同士じゃありませんか! 一体、どういうおつもりでこんな絵を描いたんですか!?」
「ど、どどどっ。どういうつもりって……? べ、別にそのぉ……。な、なんとなくで……ふ、深い意味が……あ、あるわけじゃ……?」
「深い意味がないですって? これなんて、男同士でキスまでしてるのに……ええっ? 殿下は、あなた様の婚約者でしょう。この国の王となられるお方ですよ。こんなの、不敬ッ! いいえ。異端ですらあります!」
「あう、あうあう……あばばばば……!」
「こんな絵を描いてるだなんて。お嬢様こそ、お父上やお母上にどう説明するおつもりですか!?」
「ええーっ!? こ、この絵を、親に説明ですってぇ!?」
「だって、これって。『変』じゃないですかぁ?」
「うっ、うぐうーっ! うー! そ、それは……! う、ううーっ」
ダ、ダメだ……なにも言い返せない!
この絵が表に出れば、私は破滅する。
chapter1『目覚め』
時はさかのぼり、二ヶ月前。4月9日。
「まあ、なんて田舎くさい娘ですこと……! 汚い手で、エリック様の持ち物に触らないでいただけるかしら!?」
そう言ってタリアの肩をドンと手で押した瞬間、私は思い出してしまった。
ここが死ぬほどハマった乙女ゲー『ファンタジー・スター・ヒロイン2』、通称『ファンスタ2』の世界だということを!
そして……そして、自分は。
その主人公を徹底的にイジメて最後には破滅する、最低の性悪女オーレリアなのだった!
「オーレリア。彼女は、俺の手帳を拾ってくれただけじゃないか……オーレリア?」
いきなり固まった私に、この国の第一王子で婚約者でもあるエリックが不審な視線を向ける。
「……え、ええ。わたくし、ちょっと気分がすぐれませんわ。すみませんが、失礼いたします」
軽く頭を下げると、足早にその場を後にした。
スタスタと進む足音はやがてタタタと小走りになり、ついにはダダダッ! とダッシュして、誰もいない教室に飛び込む。
後ろ手に鍵をかけると、椅子に腰かけて息を落ち着けた。
「っぜー……ぜぇ、はぁ。ちょ、ちょっとまって……状況を整理しましょ!」
私の名前はオーレリア・ドゥ・エターナル・リワード。十六才。公爵家の令嬢だ。
そして、さっき会った田舎臭い娘は、タリア・ブリズダガー。十五才。ひとつ年下で、平民上がりで魔法学校に入学してきた、新一年生。
ここはネオス・アストラ学園。高貴な血筋の家柄や、国に貢献する優秀な人材を育成する学校である。
そこまでは、今まで生きてきた記憶と一致している。
「……でも、それ以外。例えば、ここが地球ではなくて『ファンタジー・スター』と呼ばれるファンタジー風のゲーム世界であること。さっきのタリアが、2の主人公であること。そして入学式である今日から、一つ年上のエリック様が卒業する来年の3月27日までが、ゲームの攻略期間であること……ど、どうして? これから出てくるキャラクター、その間に起こるイベントまで、何故わたくしは全て知っているの……?」
そうだ。私の前世は日本人だった。
高校生で初代『ファンスタ』を遊んだ私は、あまりにも好きになり過ぎて、お小遣いを全部グッズにつぎ込んでしまった。
大学時代に『ファンスタ2』が出て、さらにシリーズにのめり込んだ。2は傑作だった!
暇さえあればプレイして、自分もキャラクターの綺麗な絵を描きたくて、一生懸命に練習して、ついには同人誌まで作ってしまった。
それなりに有名になり、売り上げが手元に残るようになると、それでさらにグッズを買いあさった。
フィギュアや書籍、ぬいぐるみ、ミュージックディスクはもちろんのこと、コンビニ配布のクリアファイルからレストランのコラボメニューのコースター、ガチャガチャに至るまで、買い集めた量は膨大だった……。
やがて就職し、ブラックな労働環境に疲れ果て、大好きだったファンスタからも徐々に離れてしまう。フィギュアやポスターは部屋に飾ってあったけど、もうゲームを起動することはなかった。
そんなこんなで二十八才になったある日。なんと、待望の『ファンスタ3』が出ることを知った!
特別限定版を予約して、最新のゲーム機を買い求め、有給まで取って、さあゲーム三昧だと喜び勇んで家に帰ろうとした、その時だ。
トラックに轢かれてしまった。
「覚えてるのは、そこまですわね。じゃ、じゃあ、わたくしは死んで悪役令嬢に転生した……ってこと!? えええ、ショックですわぁ!」
なーんて、言ってみるが。
実はファンスタ2に限っては、破滅回避は難しくない。
12月。年末パーティのさなかに、学長室のドアに『匿名の手紙』が挟んであるのだ。
そこにはオーレリアの悪行の数々と証拠が書き連ねてあり、それだけでなく実際にパーティ中、私オーレリアが階段でタリアの背中を押して殺しかけてしまう……。
それを見た真面目な学園長は激怒して、オーレリアに停学を申しつけるのだった。
たった一回の停学。
ほんのわずかな綻びだったが、そこから急速にオーレリアの人生が崩壊する。
オーレリアは学園に居場所がなくなり、エリックとの婚約も解消され、家まで追放されてしまう。
行き場を失ったオーレリアは、せめてもの情けで王族ゆかりの教会に食客として世話になる。
そして自分を破滅に追いやった学園長やタリアに呪いの言葉を吐きながら、かつての豪華な暮らしを懐かしみつつ、一生清貧を強いられることになるのだった……。
通称、『追放イベント』である。
「と、まあ。ここで重要なのは、『匿名の手紙』ってトコですわよ!」
匿名。名前が書いていない。
ということは、差出人は誰でもいいのだ。……つまりは、自分でも。
ゲームだと手紙を出したのは、テレサという女性だった。
初代『ファンスタ』の主人公で、今作はタリアのよき理解者。姉のような立場である。
このイベントは邪魔者のオーレリアを排除して、ゲーム後半の難易度を劇的に下げる、いわばグッドエンディングへの救済策だった。
追放されずに卒業式をむかえた場合、オーレリアは処刑されたり戦地で行方不明になったり、馬車に轢かれて昏睡して二度と目覚めなかったりと、どれも最低最悪の破滅を辿ることになる。
「それに比べると、お家は追放されるけど、五体満足で命があるだけマシですわ。そもそも清貧な暮らしと言っても、王族ゆかりの教会なんだから、庶民の教会と比べたらだいぶ上ですわよ」
私は力強く頷いた。
「よし。やる事は決まりましたわね。主人公のタリアに適度に嫌がらせをしつつ、年末パーティで匿名の手紙を自分で出す。追放されたら、教会でのんびり暮らす。そうと決まれば……!」
私の口元がクイっと持ち上がる。
「うふ。ふふふ……あぁっ! ファ、ファンスタ2の世界ですわっ! 夢にまで見たゲームの世界に、わたくし今まさにいるのですわね!? エリック。シオン。ナギ。カイ。ジェイド。シリウス、ダリオン。ルーカス……! 憧れのキャラクターたちを、まさかリアルで見られる日が来るなんて……! オ、オタ活が……オタ活が捗りまくりますわよっ! 徹底的に楽しみますわぁ!」
私は「フヒヒヒヒ!」と令嬢にあるまじき笑いをしてピョンピョン跳ねて、垂れたヨダレをぐいっとぬぐう。
それはオーレリアとして十七年も生きてきて、一度もしたことがないような下品な仕草だった。
chapter2『シオナギ』
前世を思い出した、次の日の朝だ。
馬車に揺られながら私は考える。
4月、5月は『出会いイベント』が目白押しだ。
まずはシオン・アルベリオン。学園一の魔法の使い手で、どこか影のある美青年である。
前世の私の一押しが、彼だ。
ファンスタ2は全部好きだけど、誰が一番かと問われれば、シオンを押す!
シオンの父親は魔法の天才で、彼もその才を受け継いでいる。
父親はシオンが幼い頃、魔法生物の研究に出かけたまま行方不明。
そういう過去もあって、最初は話しかけてもつっけんどんな態度をとるが、主人公タリアの明るさに触れ、少しずつ心を溶かしていく……その変化が、とてもイイのだ!
シオンを語る上で欠かせないのが、ナギ・ド・ラガの存在である。
褐色肌に銀髪の青年ナギは、シオンと同じ十六歳、戦争中の隣国『ユウ・メイ国』の魔法部隊の将軍だ。
ナギの父親は若い頃に、シオンの父親と魔法で戦って敗れ、片足を失っている……。
父親は復讐心の塊のような男で、その手段として息子のナギに、己の魔法を叩きこんだ。
ナギは父親に、「シオンを殺すことがお前の人生の全てだ!」と洗脳されている。
ナギのシオンへの執着心はすさまじく、6月の『襲撃イベント』の後、何度も死闘を繰り返すことになる。
特に重要なのが8月。二度目の対決でも負けて、這う這うの体で草むらに倒れ伏すナギを、主人公タリアが偶然見つけるイベントだ。
ここでは、三つの選択肢から選ぶ事になる。
見捨てる、助ける、トドメを刺すだ。
見捨てるを選べば、ナギはそのまま死ぬ。
シオンを想ってトドメを刺した場合、『悪女ルート』を進むことになる。
グッド、あるいはトゥルーエンドを目指すならば、選ぶべきは『助ける』一択だ。
ナギを森の廃屋へと運んで傷の手当てをしていると、彼が問いかけてくる。
敵国の将軍である自分を、なぜ助けるのかと。
主人公タリアは、困った顔で言うのだった。
「シオンやみんなを殺そうとした、あなたのことは許せない! だけど傷つくあなたを見捨てるなんて、アタシにはとてもできないわ」
ナギは、生まれて初めて他人に優しくされた。
献身的に世話をするタリアを見て、ナギは自分の人生に疑問を持つ。
父親に言われるままにシオンを殺して、一体なにが残るのかと……?
まるで人形のようだったナギが、人の心を取り戻す瞬間である。
その後、どうにか歩けるようになったナギは、タリアに礼を言って敵国へと帰って行く。
ナギが誰かにお礼を言ったのも、初めてだった。
通称、『介抱イベント』である!
その後もシオンとの決闘は続くのだが、ナギの心には確実に変化が訪れていた。
タリアの優しさで心を溶かしたシオンと、タリアの献身で心を取り戻したナギ……。
二人は激しく衝突しつつも、戦いのなかで互いの思いと実力を認め合っていくのである。
ここのやりとりが、実にイイのだ!
『シオナギ』、あるいは『ナギシオ』。
私は『シオナギ派』だった。
とにもかくにも、今日のイベント『学年交流会』で、一押しキャラのシオンが見れる!
シオンは同級生なので、オーレリアの記憶では何度か見ていたが、貴族である彼女にとって『ちょっと魔法が得意な目立つ平民』でしかなかった。
だけども今日はファンスタ2のキャラと自覚して、初めてシオンを見ることになる。
キャー! 楽しみーっ!
ウキウキしながら馬車を降りて、学園の門をくぐった。
「あら。おはようございます、オーレリア様」
「オーレリア様、ごきげんよう」
「おはようございます」
スカートを軽く持ち上げて足を曲げ、公爵家の私に次々と貴族式の挨拶をする学友たちに、私はニッコリと微笑みかける。
「ごきげんよう、皆様がた」
「おはようございまーす! オーレリア様」
と、背後から元気な声がかかる。
振り向くと、タリアがニコニコと笑っていた。
平民出身のタリアは、貴族の流儀をしらない。みんなが挨拶してるから自分もしなければと、声を張り上げたのだろう。
私は苦笑しつつ、彼女に言った。
「タリアさん。目上の人にはまず、『カーテシー』という挨拶をなさい。ここは学校で、形式上は生徒に身分はありませんが、わたくしは上級生なのですから、それなりの礼儀が必要でしょう?」
タリアは、『しまった!』という顔をする。
「あ、そ、そうですね……。あの。カーテシーってなんですか?」
「スカートを両手で持ち上げて……ああ、ダメダメ! 少しでいいの。そして片足を引いて、もう片方は軽く曲げる」
「は、はい……こうですか?」
「そうそう。そうすると、背筋が伸びたままでも頭の位置が自然と下がるでしょう? 目上の人への挨拶には、その形ですわ。無邪気さはあなたの魅力ですけれど、挨拶の仕方くらい知っていないと、いつか恥を掻くことに……あっ?」
訝しむような、周りの視線が突き刺さる。
しまった! このやり取りは、オーレリアらしくない。
というか、ここは冷たく鼻をフンと鳴らして、タリアを無視して行ってしまうイベントだったはずだ!
「ふ、ふん!」
慌てて鼻を鳴らして行こうとすると、タリアはニコニコと笑いながら、今習ったばかりのカーテシーを披露した。
「おはようございます、オーレリア様! これで合ってますか?」
「……ま、まあ。初めてにしては上出来ですわね……こ、今後はそれで挨拶するように。まったく、平民の娘は、これだから困りますわよ。元気よく挨拶すれば、いいってもんじゃありませんわ! お、おしとやかさが足りませんもの……」
散々教えた挙句に無視するわけにもいかず、私はドラマの小姑みたいな文句をブツクサ言いつつ、そそくさとその場を後にした。
危ない、危ない!
親切にしちゃ、ダメ。ちゃんと嫌がらせをしないとダメよ。
そうしないと、『追放イベント』が起きないものね!
chapter3『創作開始』
5月1日。
天才魔法使いシオンとの出会い、『学年交流会イベント』。
第一王子エリックの弟、第二王子の十二才の少年カイとの出会い『街の屋台巡りイベント』。
王国を守る騎士、二十才のジェイド・ドゥーカスが優勝する『剣闘大会イベント』
生徒であり学園研究員でもある、十八才のシリウス・ハーマンとの出会い『図書館イベント』。
私はすでに、いくつものイベントをリアルで見ている。
もちろん、イベントを起こすのは全部タリアだ。
けれども私はその全てに先回りし、物陰に潜み、時には群衆に紛れて、ひっそりと耳をそばだて、全力で注視していた……。
どれも、どれもが、鼻血が出そうなほど素晴らしかった!
みんな美形で、肌も綺麗で、声は耳に心地よく、ゲームではボイスがなかったセリフも、全部全部喋ってくれた!(現実なんだから当たり前なんだけど)
イベントを見てる間中、キャー! とかワー! とか声を出さないようにするので必死だった。涙まで出てきた!
憧れの二次元キャラたちがすぐ近くで息を吐き、照れて、時にはムッとする。
それがどれだけ興奮するか、きっとオタクなら誰でもわかってくれると思う!
だけど、そうしてリアルな彼らを目の当たりにすればするほど、どうしても抑えきれない創作意欲が、心の底からムクムクと沸き上がってくるのだった……。
なんせ私は、ファンスタ2が好き過ぎて、同人誌まで出した女なのだ。
夜九時。自室には誰もいない。
メイドに言いつけて用意させた、上質紙の束と万年筆と定規。そして、鉛筆と消しゴムである。
この世界は一見すると中世ヨーロッパのようだが、街の建物にはみんな薄くて綺麗なガラスがはまっているし、鉛筆と消しゴムもノートあるし、蛇口をひねれば水もお湯も出る。
そもそも、話してるのが日本語だ。だって、ここは『ファンタジー・スター』という異世界であって、過去の地球ではないのだから。
まあ、いずれにしても、文化レベルが高いのはありがたい!
布を巻いた黒炭で線を引いてパン屑で消す、なんてマネをしなくて済む。
私は鉛筆を手に取ると、上質な紙にラフ絵を書き始めた。
「オーレリアの身体になって、初めて描くイラストですわね……。上手にできるといいのですけれど」
そういえば、頭の中の思考と違って、口から出るのはお嬢様言葉だ。
これはもう身体のクセというか、染み付いた習慣だからだろう。
ラフの後は、万年筆でペン入れをする。インクが乾ききってから、消しゴムをかけて鉛筆の線を消す。
フーっと息を吹きかけてカスを飛ばして持ち上げると、真っ白な紙にエリックとシリウスが、笑顔で見つめ合う絵が完成した。
結局一枚、三時間もかかってしまった。
現役で同人誌を作っていた頃は、モノクロなら一時間足らず完成したはずだ。
しかし初めてのイラストにしては、よく描けてると思う。まずまずの出来と言えそうだ!
そういえば、オーレリア(私)は字が上手だ。線を綺麗に引く素養はあったのだ。
「えっと……? これは一応、『生モノ』……? と、言うことになるのかしら?」
生モノとは、実在の人物や生き物を題材にして同人活動することを指す。
ファンスタ2はゲームの話だが、ここは現実で、キャラクターたちは実在して皆生きている。
さすがにこの状況を『架空』だとか、『二次創作』とは呼べないだろう。
一学期のエリックとシリウスは、休み時間中いつも一緒にいる。
まあメタ的な話、NPCキャラ同士が親密になるのはもっと先のイベントを幾つかこなしてからなので、今はまだ知り合いが少ないから仲がいいんだろうな。
エリ×シリは前世でも人気があって、大量に買い集めた同人誌の中には、二人は恋人同士で裸でゴニョゴニョ……なんて、ちょっと大きな声で言えないような内容のものまであった。
その頃は大学生だったから平気で読んでいたけれど、今の私は十七才のご令嬢。
そこまで過激な物は描くつもりはない。
「だから……そう。その手前くらいまでを、作品にいたしましょう」
エリシリは前世ではたしなむ程度にしか触れていなかったが、この世界で二人の仲がいいところをリアルで何度も見せつけられて、イヤでも色んな想像をしてしまう。
「うーん。妄想が捗ってしまって、仕方ありませんわね……!」
そうと決まれば、まずはネームだ。私は紙に定規で枠線を引くと、キャラの顔や身体のアタリ、吹き出しを描きはじめた。
5月7日
中庭で眠るタリアを見て、私は眉をしかめてため息を吐いた。
「まあ、あの娘ったら。また、あんなところで寝て!」
中庭での昼寝は、体力がわずかに回復するだけで、魅力も話術もかしこさも優しさも度胸も上がらない。ハッキリ言って、時間の無駄だ。
私のようなガチガチの周回プレイヤーなら、一学期は図書館に通ってシリウスの好感度と『かしこさ』を上げて中間テストに備え、日にち限定のイベントもしっかりこなし、他キャラの好感度やステータスも上げたりする。
そんでもって三学期にはアイテムコンプのため、三股、四股は当たり前。
しかも周囲はタリアにメロメロで、そんでもって本人は聖女のような顔でチヤホヤされて過ごすという、傍から見ればとんでもない魔性の女になってしまうだろう!
それに比べてタリアの毎日は、まるっきり何も知らない初心者のプレイだ。(当たり前だけど)
このままいけば、おそらくは一番無難な『エリックエンド』へと行きつくはずだ。
エリックの好感度は意図的に下げない限り、三学期まで上がり続ける。その際、私は処刑である。
……まあ、その前の年末パーティで追放される予定だけど。
とは言え、あまりノンビリされても困る。いくつかのイベントを起こすには、魅力や賢さ、優しさのステータスを、一定以上まで上げる必要があるからだ。
私は中庭のタリアの元まで行くと、その肩を揺さぶって起こした。
「タリアさん! 起きなさい、タリアさん!」
「ほへ……? あ、オーレリア様。ごきげんよう」
タリアは慌てて立ちあがり、私が教えた貴族式の挨拶をする。
「はい、ごきげんよう。まったく、こんなところで何をしているのですか?」
タリアは目をキョトンとさせつつ、言った。
「なにって、お昼寝です。オーレリア様もどうですか? ポカポカして気持ちいいですよ」
「いりません! そんなことではスーテタスが上がりませんことよ?」
「すてーたす……?」
「あ、いえ。えっとですわね。……あなたは、国費で学校に通う身。そうである以上、将来あなたは国に役立つ人材になる必要がありますわ。もちろんあなたは知力ではなく、魔力で奨学を得た身ですけれど、学校に通う以上、勉強は学生の義務ですわ」
「は、はい。そうですね。オーレリア様の仰る通りです……」
「それなのに、天気がいいからとこんなところでダラシなく寝こけて、お国に申し訳ないと思いませんの? もう少し図書館に通ったりアルバイトをしてお金を稼いだり、お化粧を覚えたり体育館で身体を鍛えたりしなさいな。いずれもイベントを起こすのに必要な……じゃなくて。将来、恥ずかしくないレディになるために必要なものばかりですわよ」
「はい。本当にそうです……。ごめんなさい、アタシがバカでした」
私のお説教がよっぽど効いたのか、タリアは泣きそうな顔で頭を下げる。
そして肩を落として図書館へと向かい、扉を潜った。
私は小さくガッツポーズを取る。
これでよし! あれだけ釘を刺しておけば、しばらく昼寝できないでしょう。
ついでに、嫌がらせもできたしね。
寝てる途中で起こされるって、ストレスたまるもの!
ああ、私。ちゃんと悪役やれてるなぁ!
chapter4『糾弾』
6月8日
「……おかしいですわね」
朝、寝起きの私はベッドの下をゴソゴソとまさぐり、そこに置いてあった紙の束を取り出した。
これまで描き上げた作品は三作品。いずれも八〜十二ページ程度の短編だ。暇な時に取り出して、こうして読み返す。
だけどおかしなことに、どれだけ探しても原稿が一枚足りないのだ……。
ページが飛んでいる。おかしい。絶対におかしい。
原稿に足や羽が生えてるわけじゃなし、勝手になくなるなんてありえない!
ベッドの下を覗き込み、シーツまではがしてみるが、見つからない。
ドアがトントンとノックされる。侍女たちが、朝の支度にきたのだろう。
私は慌てて原稿の束をベッドの下に押し込むと、立ち上がって声を上げた。
「どうぞ。入ってよろしくってよ」
「オーレリア様、失礼いたします」
侍女のアンが、メイドを引き連れて入ってくる。
アンは私のネグリジェを脱がせると、制服に袖を通してボタンをはめた。
放課後。学校から帰宅して、ベッドの下に隠してあった、紙の束を取り出して見てみると……?
「アラ!? これ、なくなったと思ってた原稿じゃありませんことっ!」
マンガは全てそろっていた。
うーん? 朝は、絶対に足りないと思ってたんだけどなぁ。
あ。てか、このページ。上下さかさまになってる……あ、あれえ……!?
頭の中を『?』でいっぱいにしながら、私は何度も首を傾げた。
「ま、いいですわ。見つかったなら、それに越したことはないですものね」
カンチガイ。あるいは、たんなる見落とし。
紙同士がピッタリくっついてただけかもしれない。
「さ、そんなことよりネームですわよ!」
貴重な空き時間を無駄にするわけにはいかない。
今日仕入れた『ネタ』は、新鮮なうちにマンガにしたい。
放課後はドレスに着替える事になっているが、今日は侍女に「着替えはしばらくいい」と言ってある。
私は動きやすい学園指定のジャージに着替えると、いそいそと机に向かうのだった。
また、数日後。
学校から帰ってきて、ベッドの下をさぐってみると……?
「ええッ!? ま、また足りませんわ……今度は数枚!」
そう、足りないのだ。完成したばかりの原稿が。後半のページがゴッソリ抜けてる。
紙を指でつまんでみたけれど、張り付いてるなんてこともない。
いくらなんでも、これはおかしい……。というか、ほっとけない!
翌朝、私は学校に着くと、裏門からこっそり校舎を抜け出して、辻馬車に乗り込んだ。
人目を避けて屋敷に戻ると、自室のドアに耳を当てて……やっぱりだ。誰かいる気配がする。
私は意を決してドアを開けると、原稿の束を読みふけってる人物に声をかけた。
「ハァ……。まさか、あなただったなんてね! 主人の物を盗むだなんて、ガッカリしたわよ。アン・オーベルヌ」
侍女のアンは突然のことにビックリしていたが、私が怒った表情を見せると、バツが悪そうに顔を伏せた。
「侍女とはいえ、あなたも男爵家。貴族の娘でしょう? わたくしに仕えて、もう五年! お給金だってちゃんともらっているのに、盗みに手を染めるだなんて、恥ずかしいと思いませんこと? 外に知られたらお家の恥、お取り潰しになるかもしれませんわよ! 反省しなさい、この愚か者っ!」
私はアンを睨みつけ、指を突きつけ、厳しい言葉を容赦なく浴びせかける。
しかし言われっぱなしだったアンは、突如キッと顔を上げた。
「お、お嬢様こそ……っ! な、なんですかっ? この絵はっ?」
「……え?」
「どうして、エリック様とシリウス様が、裸で抱き合ってるんですか?」
「ふぇっ! だ、だって、そ、それは……。ど、どうしてって言われてもぉ……ゴニョゴニョ」
私がドギマギしながら言い淀んでいると、反撃の糸口ありと見たのか、アンは一気にまくし立てる。
「だって、おかしいですよね? エリック殿下もシリウス様も、男色の噂など一切ない! なのに、この絵に描かれたお姿は、親密そうに目を合わせて。この手のつなぎ方なんて、まるで恋人同士じゃありませんか! 一体、どういうおつもりでこんな絵を描いたんですか!?」
「ど、どどどっ。どういうつもりって……? べ、別にそのぉ……。な、なんとなくで……ふ、深い意味が……あ、あるわけじゃ……?」
矢継ぎ早に繰り出される鋭いツッコミに、私の顔が火のように熱くなる。
あからさまに焦りまくる私に、アンはさらに追い打ちをかけてきた。
「深い意味がないですって? これなんて、男同士でキスまでしてるのに……ええっ? 殿下は、あなた様の婚約者でしょう? この国の王となられるお方ですよ。こんなの、不敬ッ! いいえ。異端ですらあります!」
「あう、あうあう……あばばばば……!」
「こんな絵を描いてるだなんて! お嬢様こそ、お父上やお母上にどう説明するおつもりですか!?」
「ええーっ!? こ、この絵を、親に説明ですってぇ!?」
ちょっ、やめてよそれはっ! 親は反則でしょ?
アンは顎をクイっと上げて、勝ち誇った口調で言う。
「だって、これって。『変』じゃないですかぁ?」
「うっ、うぐうーっ! うー! そ、それは……! う、ううーっ」
な、なにも言い返せない。
ひどい……! ひどすぎる!
変なのは、自分でもわかっている。
わかってるからこそ、こっそり描いてベッドの下に隠しておいたんじゃないっ!
それを無理やり見つけ出して、こんな風にバカにするだなんて……!
時間をかけて、丁寧に、一生懸命に描いたのにっ!
誰にも見せずに、自分だけの秘密にしてたのに!
でも、確かにそうだ……。
この絵が表に出れば、破滅するのは私の方だ。
王族のエリックは許婚だから、情欲を向けるのは問題ない。しかし、その相手役が同性のシリウスというのは……明らかな不敬である。
公爵家だからこの程度で処罰はないが、問題は私。オーレリアの精神が、そんな恥には耐えられないということだ。
この絵が両親に見つかったら、恥ずかしくて生きていけない!
私は涙をボタボタと落として鼻水で声を濁らせながら、アンに懇願する。
「や、やべでぇえええ……やべでょぉ! ア、アン……。お゛ぉ、お゛どうざまど、おがあじゃまには……ぞれ。言わないでぇええっ」
さすがにやり過ぎたと思ったのか、アンがハッとして地面にひれ伏した。
「あっ! も、申し訳ございません、オーレリア様! 調子に乗って言い過ぎました!」
アンはペコペコと頭を下げて、私の涙をハンカチで拭き、椅子に座らせ肩をそっと抱いて、慰めようとする。
ニ十分ほどしゃくりあげ、ようやく泣き止んだ私に、彼女は原稿の束をそっと差し出した。
「お嬢様。盗んだ分、お返しいたします。処分は、いかようにもお受けします」
「……ぐずっ、アン。この絵のこと、お父様とお母さまには本当に秘密にしてくれるのね?」
「はい。絶対に秘密にいたします。神に誓って」
神に誓って。その言葉を口にした以上、嘘をつけば死罪もありうるのがこの世界だ。
ひとまず信用してよさそうだった。
私が胸を落ち着けていると、アンはモジモジしながら話しだした。
「えっと……そのう。お嬢様。その絵のこと、先ほどは『変』だなんて言ってすみませんでした」
「はあ。もう、いいわ。だって、変なのは本当だものね」
前世の日本では、同じ趣味の仲間がたくさんいた。
でも、この世界での私は、不敬で異端だ。仲間は何処にもいない……一人ぼっち。
アンは私の手をキュッと握って、視線を合わせて話し出した。
「白状いたします、お嬢様。アンは、お嬢様の描いたその変な絵と物語に、どうしようもなく心が惹かれるのでございます!」
「な、なんですって!? わたくしの描いた、不敬で異端の絵に……?」
「はい。お嬢様が不敬ならば、アンも不敬。お嬢様が異端ならば、アンも異端でございます! アンは、愚かでございます……。お嬢様のいない間にこっそり盗み見るだけでは飽き足らず、ゆっくりと時間をかけて拝見したくなり、つい持ち出してしまいました。ご不快ならば、今すぐにでも荷物をまとめて実家に帰ります」
「い、いえ。そこまでしなくていいわ、アン。そ、それより……わたくしのマンガ、読んで、どうだったかしら……?」
「その、絵とセリフで構成された一連の物語。『マンガ』……というのですね? 最初は、どう読んでいいのか戸惑いました。けれども読み方がわかると、スイスイ読めて。どんどんお話にのめりこんでいって」
アンは頬を赤らめて、視線を宙に彷徨わせる。
「な、なんでしょう……? その。エリック様とシリウス様が、お互いを大事に思って想いを育み、もう一歩先へと踏み込む、その瞬間が……。ふ、触れてはいけないものに触れてしまったかのように、胸がドキドキと高鳴って……頭の中が、チカチカいたしました」
「アン。それはね、『尊い』という感覚よ」
アンは、キョトンとした顔で返事をする。
「ええ。エリック様は王族で、尊いお方ですね」
「そうじゃなくて。キャラの関係性の事を言うのよ。……ね? ほら、二人は尊いでしょう?」
「尊い……。ああ、言われてみれば! お二人は尊い。腑に落ちました」
「他にも『萌える』とか『メロい』とか、色々と言葉はあるのだけれどね。わたくしは、尊いが一番だと思うのよ」
「萌える……メロい。どちらも初めて聞く言葉なのに、どこか覚えがあるような」
それは多分、ファンスタの言語が日本語だから。
響きでなんとなく、概念が伝わるのだろう。
アンは真剣な表情でひざまずき、私に言う。
「お嬢様! どうか、お願いでございます。アンにもっともっと、『尊いマンガ』をお見せください。アンは、全力でお嬢様をお守りいたします!」
ゲームでは名前もない、モブキャラだったアン。
けれども彼女はこの世界で、私にとって初めての読者で、初めての仲間で、初めてのファンの女の子になった。
chapter5『きっと、ここから』
6月15日
ついに、この日がやってきた!
推しキャラナギの『襲撃イベント』および、シオンとの初めての決闘だ。
この日、隣国である『ユウ・メイ国』の魔法部隊が街に奇襲をかけて、学校はナギに襲われ生徒は人質に取られる。
全てはシオンと勝負するためだ。
これを機に、冷戦状態だった両国は本格的な戦争へと発展するのだが……それを、あらゆる力を跳ね返す『無敵の盾』の魔力を得た主人公のタリアが、平和へと導くのがファンタジースターヒロイン2のあらすじだ。
襲撃は正午。私はワクワクしながら、その時を待った。
轟音と共に校舎を取り巻く塀が崩れて、たくさんの兵士が雪崩こんでくる。
その先頭に立つのは……キターーーーーーッッッ!!
ナギだ、ナギ! 本物のナギ・ド・ラガよ!
ふわーっ! 褐色肌に眩い銀髪がよく映えるわー。美しい! 美形! イケメン!
「シオン・アルベリオン! 出てこい! オレは、貴様を殺しにきた男だ!」
生徒を人質にとったナギが、声を張り上げてシオンを呼ぶ。私たち生徒は体育館に集められ、シオンとナギの殺し合いが始まった。
みんな二人の対決を、固唾を飲んで見守っている。けどね、大丈夫。心配ないのよ。
だって、シオンが勝つことになっているから。負けたナギは逆上し、人質の生徒に大魔法を放つ!
それを覚醒したタリアが跳ね返して守るのが、今日のイベントだ。
私は生徒たちの最前列にタリアを見つけると、こっそりすぐ隣へと移動する。
なるほど。ナギの大魔法は『ここ』に飛んでくるのね!
校庭では魔力の光が何度も交差し、砂埃が舞い上がる。
やがて幾つものクレーターの穿たれた地面と、ボロボロのナギと、まだまだ余力を残してそうなシオンの姿が見えた。
「な、なぜだ!? なぜ、オレは貴様に勝てない!?」
「……哀れだな。復讐のために育てられたマリオネットなぞに、俺は負けん」
はいはいキタコレ、シオンの口癖『哀れだな』頂きました!
「く、くぅ……お、おのれ……おのれーっ!」
逆上したナギが、大魔法を詠唱する。決着をつけるべく、シオンも同じく大魔法っ!
しかし魔力を込められたナギの手は、私たちがいる体育館へと向けられる。
「フハハハハ! さあ、どうする!? シオン・アルベリオン! オレを殺すか、奴らを守って貴様が死ぬか!?」
「し、しまった!」
シオンが大魔法を中止し、急いで走る。
だが、もう間に合わない。ナギの手から膨大な魔力が放たれた。
生徒たちが悲鳴を上げる。そして、タリアは……。
えっ、タリア? なんでこっち見てるの!?
彼女はどうしていいかわからないって顔で、口をポカンと開けて私を見ていた。
コラ、前を見なさいっ! ナギの大魔法、あなたが防がないといけないんだよっ!
こんなの当たったら、みんな死んじゃう!
けれどタリアは前を向かない。
私を見つめたままだ。
その目の端に、涙がジワっと滲み、ポロリと落ちた。
ドカーーーーーーーン!
爆炎を上げて、辺り一帯が吹き飛ぶ!
だけど、生徒はみんな無事だ。全身の魔力を使い果たして、私はその場にガックリ崩れ落ちる。
そう。私はやってしまった。タリアの覚醒を待てなかった。
前世での私は、『タリア・ブリズダガー』というキャラがあまり好きではなかった。
だって可愛い顔で、才能に恵まれ、スタイル良くって、優柔不断で、言いたいことを言ってくれず、八方美人で、友達に恵まれ、すっごい運が良くて、憧れのキャラたちにチヤホヤされて、後半になれば何股もして(まあそれは私がやらせたわけだけど)、トゥルーエンドでは世界の救世主にだってなってしまう。
こんなキラキラ輝いた人生、ズルいって思った。嫉妬した。
でもゲームを起動してスタートボタンを押すたびに、私はタリアになったんだ……。
彼女がいなければ、私はファンスタ2の世界を楽しむ事すらできなかった。
彼女の青春は私の青春で、彼女の人生は私の一部。
私は彼女で、彼女は私。いわば、自分の分身みたいな存在だった!
そう思った刹那、身体が勝手に動いてしまった。
目の前のタリアを、車に轢かれそうな子猫みたいな彼女を、私は放っておけなかった。
けれども、これは明らかにストーリーに反する行為だ。
タリアが『無敵の盾』の力に目覚めなければ、平和な世界は訪れない。
揺れる視界で、ナギがこちらを睨みつけている。
「女ァ……っ! オレの邪魔をしおって、許さん!」
ああ。なんて冷たい目をしてるんだろう……?
そうだ。この頃のナギは、人を殺すことなんて何とも思っていない冷徹な性格。ナギが魔力を右手に込める。
オーレリアもエリートだから、死ぬ気になれば大魔法の一発くらい、防げる魔力を持っている。が、今はもう使い果たして、指一本動かせない。
これはきっと、ストーリーを壊した私に下された天罰なんだわ。
まあ、憧れのナギに殺されるなら、悪くない最後かもしれない。
ザ・エンドってね。ハイ、お疲れ様でした。
そんな風に自嘲気味に、自分の死を受け入れようとした、次の瞬間だ。
ドッヒュウウウン!
すぐ隣を、白銀の光が駆け抜けていった。
倒れそうな私の身体を、誰かが支える。
肩越しに振り向くと、タリアがナギをキッと見据えていた。
「させない! これ以上オーレリア様に何かするつもりなら、アタシが相手よ!」
また、白銀の光が。タリアの手から放たれる。
ナギは防御魔法を展開するが、光はそれを貫通する。
耳の横スレスレを光に貫かれたナギが、驚愕に満ちた声を出した。
「バ、バカな……! オレの防御魔法をものともせずに……信じられん!」
さらにはシオンが駆けつけて、その手をナギに向ける。
「やってくれたな。だがもう、さっきのような卑怯な真似はできんぞ!」
「くっ……退却だ! 皆の者、退却しろ!」
ナギが飛行魔法で飛び去って、学校を取り囲んでいた兵士たちが一斉にいなくなる。
ホッとした空気。しばしの静けさの中、シオンが言った。
「それにしても、タリア・ブリズダガー。あのレベルの防御魔法をいともたやすく貫通するとは……もしかしてお前は、伝説に謳われる『最強の槍』の魔力の持ち主ではないか?」
それを聞いて、私はビックリする。
「えっ? えええっ!? さ、『最強の槍』!? ち、違いますわよっ! タリアが覚醒するのは『無敵の盾』の魔力のはずで……!」
ワッと生徒たちが押し寄せてきた。
「オーレリア様! ありがとうございます!」
「し、死ぬかと思った! あなた様は命の恩人です!」
「この御恩は一生忘れません!」
半泣きのタリアが、私に抱きついた。
「うええーん! オーレリア様! ア、アタシ……すっごく怖かったです! でもオーレリア様が先に動いてくれたから、勇気をもって立ち向かえました! 全部、オーレリア様のおかげです! 守ってくださって、ありがとうございます!」
婚約者のエリックがやってきて、私の手を取る。
「オーレリア! 貴族として、公爵家として素晴らしい献身だったよ。君は、こんなにも勇敢な女性だったんだね……」
「お嬢様ー! ご無事ですか!?」
「エリック殿下ーっ!」
崩れた塀の向こう、校舎の外から、侍女のアンと王国騎士ジェイドが走ってくるのが見える。
あ。そう言えば、私……前世での最後、思い出しちゃった。
轢かれそうな子猫が放って置けなくて、トラックの前に飛び出したんだ。
我ながらバカな真似しちゃったなぁって、死ぬ直前に思ったっけ。
子猫みたいに懐いてくる、タリアを見て思う。
もう、彼女は私じゃない。
ちょっと寂しいけれど、タリアの人生は彼女のもので、私の人生は私のもの。
そうだ。ここからだ。
……まだまだ、私の人生は続いていく。
ここからが、きっと私の……ファンタジースター、ヒロイン2!
タリアの勇気が世界を救うと信じて・・・!
ご愛読ありがとうございました!
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