8話:ぶっちぎりRock’n Heart
次の日の昼休みの静かな中庭……。
私は人生で初めて、昼休みが本気で辛い時間だと実感していた。
だって、目の前にいるのは第一王子のレオポルド・グランディア様。
そんな彼が、熱い瞳で私をじっと見つめている。
(なんで私、ここに来ちゃったんだろう……)
昨日、カトリーナ様が『ぜひ一度、レオポルド様とランチをご一緒してみては? 私がセッティングいたしますわ』と微笑んだ。
いやいや、結構です! と言う間もなく、カトリーナ様は消え去り、気づいたらレオポルド様が目の前に現れていた。
そして、まるで用意されていたかのように『明日、一緒に中庭で昼食をとらないか』と誘われたのだ。
……もう一度言うが、第一王子の誘いを断れる国民などいない。
『は、は、はいぃ……』
私はそれしか言えなかった。
というか、二人の連携プレイが鮮やかすぎる。
前世でねずみ講とかマルチ商法に引っかかったことはないけれど、それを彷彿とさせるような、断る隙を与えない巧みな空気作り……。
しかも、行動が異常に早い。
***
「エミー」
ふいに名前を呼ばれ、体がビクンッと跳ねる。
「は、はいっ!」
「そんなに緊張しなくても、ただ昼食を共にしたいと思って誘っただけだ」
「は、はい、それは重々承知しております……」
(むしろ私は、性的な意味で食べられる可能性を危惧しておりますが……)
カトリーナ様のおかげで、レオポルド様が本気で私を好きだということは理解した。
だからこそ、危機感しかない。
そっと彼の頭の上をチラ見する。
(えっ! 前より矢印が大きくなってない!?)
いや、待って、前はまだ「大きいな」くらいだったのに、今やもう私に突き刺さりそうなレベルなんですが!
「……どうした? 俺の頭の上に何かついているか?」
「い、いえっ!」
慌てて首を振り、視線を下げる。
テーブルの上には、レオポルド様専属の料理人が用意したという豪華な食事が並んでいた。
なんとか心を落ち着かせようと一口食べてみる。
(うん、おいしい……けど、それどころじゃない!!!)
そっと顔を上げると……。
「ッ……!」
(なんで? また大きくなった!)
もう絶対に大きくならないレベルまで成長していたはずの矢印が、さらに巨大化。
もはや、彼の上の空が見えない。
「どうした?」
――本当にどうした?
そう聞きたいのはこっちのほうだ。
どんどん大きくなるその矢印が怖すぎて、他の女性に向けてくれと願わずにはいられない。
(そもそも、こうして矢印が見えても、レオポルド様が本当に私を好きって、まだ心から信じられてはいないんだけど……)
人生で、こんなに強く好かれたことなんて、前世でも今世でもない。
そもそも私自身、誰かを好きになったことがないのだ。
***
何とかもう一口食事を入れたところで、彼は口を開いた。
「それで、だ……。エミー」
「はい」
「エミーは何人子どもが欲しい? 私は八人ほどいるといいと思っているのだが……」
「……は?」
(何を言い出したの?)
驚きのあまり、第一王子に向かって「は?」なんて失礼な返答をしてしまった。
なんでこれから結婚する夫婦みたいな会話をされているの?
八人の子どもって、王族だからアリなのかもしれないけど多すぎだし、急にその話題は何の意図があってかも分からない……。
「いや、違った。想像していたからつい……」
(この人、一体何を想像してたの?)
分からなさが過ぎて、思わず彼の目をじっと見つめてしまう。
すると、また彼の頭上の矢印が大きくなった。
(も、もう大きくなっちゃダメ!!! とにかくもう目を合わせないでおこう)
理論は分からないが、目が合うたび彼の矢印は大きく膨れ上がってしまうのかもしれない。
そう思った瞬間、レオポルド様が突然立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
そして彼は私の前に跪き、私の手を取ったのだ。
「エミー、私と結婚してほしい」
「……はい?」
何を言われたのか、理解が追いつかない。
(え、結婚って言った!? な、なんで結婚!? 好きなのは分かっていたけど、まさか初めて二人で昼食を共にした日に結婚を申し込まれるなんて想定外!)
混乱していると、さらに彼は突然強く私を抱きしめてきた。
「よかった! ありがとう、エミー。一生大事にするから!」
「ちょ……!」
(ちょっと待って!!! 何が「よかった!」なの!? いつ私はOKした!?)
驚きのあまり心臓は止まりそうだし、彼の腕の力強さに微動だにできないし、たぶんもう少し力を入れられれば肋骨も胸骨も上腕骨も折れる。
そもそも彼の矢印が巨大化しすぎて、刺さりそうなのも怖い。
いくら恋愛ドラマが好きな私でも、彼の矢印の巨大化を止める方法と、なぜか結婚をOKしてもらえたと思っている彼の誤解を解く方法は思いつきそうになかった。