7話:YELL
城の執務室で話した後、なぜか帰りの馬車まで用意され、私は無事に自宅に戻った。
最後までレオポルド様とカトリーナ様が一緒で、心臓が持たないかと思った。
私が帰ってからはレオポルド様とカトリーナ様だけだったので、もしかしたら二人は何か進展があったかもしれない。失恋からの慰め→発展のパターンも恋愛ドラマの定型パターンだからだ。
(でも進展があったかどうかももうきっとわからないよね。これまで通り、私はお二人とは関係がなくなるだろうし)
そう信じていた。しかし、現実は違った。
なぜか私はカトリーナ様と一緒に過ごすことが増えたのだ。
昼食時や移動教室の際、カトリーナ様から積極的に声をかけてくれる。私は誘われればもちろん頷いた。
ちなみに、彼女の隣にいると、いつもいい香りがするし、容姿も本当に綺麗で、なんだか別の扉が開きそうになる。
「それにしても、皆、腫れ物に触るように私に近寄ってきませんわね。エミー様も付き合わせてしまって申し訳ありません」
カトリーナ様は苦笑しながら教室を見渡した。
「いいえ、私はむしろ嬉しいのでいくらでもお誘いください」
「本当? よかった……」
元々のいじめ疑惑で、カトリーナ様の友人たちは少しずつ減っていた。
そしてあの騒動で、さらに数人の友人も距離を取りはじめ、彼女の側に寄り付かなくなったのだ。
ついでにリリィも学園に来なくなった。
一方、エドワード様は堂々たるもので、普通の顔をしてやってきて、クラスメイトたちと談笑している。
もちろん謝罪もない。
(自分が勘違いして責めたんだから、謝るくらいしようよ!)
私はいつもムカムカが止まらなかった。
やっぱりカトリーナ様には、もっと誠実な男性が似合う。
自分に矢印が向いているレオポルド様の意識を何とかそらしたいと思っていたけれど、それ以上にカトリーナ様の幸せを願うなら、彼女はとにかくエドワード様以外の男性と結婚したほうがいいと思った。
なのに、カトリーナ様の矢印は、常にエドワード様に向いたままだったのだ。
***
数日後の昼休み、私は以前より少し話しやすくなったカトリーナ様に聞いてみた。
「あの……失礼なことをお聞きしてもよろしいですか?」
「なんでも聞いていいわ」
「カトリーナ様は、なぜまだエドワード様に好意を寄せていらっしゃるのですか?」
「え……」
カトリーナ様の表情が、一瞬だけ固まる。私もそれを見て固まった。
(私、すごく失礼なことを聞いてしまった!)
「も、申し訳ありませんっ!」
慌てて頭を下げると、カトリーナ様は静かに首を横に張った。
「違うの。ただ……驚いただけなの。そんなこと、誰にも当てられたことがないから。エドワード様自身も、『君は俺に好意を寄せているわけでもないだろう』とおっしゃっていたのよ。ずっとね」
「え……?」
「私、昔から感情が顔に出にくいの。だから、エミー様に私の気持ちを言い当てられて驚いたのよ」
私は顔よりも、頭の上の矢印ばかり見ていたからわかっただけとも言える。
ただ、感情が出にくいせいで勘違いされ、婚約者からもそんなことを言われたら……それは、辛いに決まっているだろう。
あのへっぽこ王子、どこまで彼女を傷つけてきたのか。本気で腹が立ってきた。
「直接気持ちをお伝えにはならなかったのですか?」
「何度も伝えたわ。でも、表面上の言葉だと思われているみたいで」
「そうなんですね……」
「もっとちゃんと伝えたほうがよかったのでしょうね。ほら、リリィ様は感情も顔に出てわかりやすいですし、きっとそれでエドワード様も安心されたんじゃないかしら。彼は普段はね、結構人の気持ちを気にするタイプなのよ」
その言葉で、カトリーナ様の気持ちが一途にエドワード様に向かっているのがよくわかった。
そして彼女自身も自信を失っていることも……。
私は思わず口を開いていた。
「私ッ……私は、カトリーナ様のわかりづらいのに一途なところ好きです!」
思わず叫ぶように言ってしまった。
でも、本当にそうだ。
表情に出なくて誤解されがちだけど、一途なカトリーナ様を知れば、恋の行方を見守りたくなるし、どうにかして気持ちを伝えて相手にわかってほしくなる。
私は少なくともそういうカトリーナ様が好きだ。
(きっとエドワード王子だってちゃんと彼女の気持ちを知れば……)
そう考え始めた時、カトリーナ様がクスッと笑った。
綺麗な笑顔に見惚れていると、彼女はそっと私の手を取る。
「ありがとう、エミー様」
私は何と言っていいのか分からず、何度も何度も頷いた。
そしてその時、気づいたことがあった。
矢印の大きさは、気持ちの粘り強さとは必ずしも比例しないのだろう。
大きくてもすぐに別の方向に向くこともあるし、小さくてもずっと変わらないこともある。
(カトリーナ様の気持ちは、きっと動かないんだ……)
彼女と話していてそんな気がした。
それなのに、私はレオポルド様の矢印から逃げたいがために、カトリーナ様の気持ちを無理やりレオポルド様に向けようと一瞬でも目論んだんだ。
(……私、最低だったな……)
そんな自己嫌悪に陥っていると、カトリーナ様が口を開いた。
「ところでエミー様は……好きな男性はいらっしゃらなくて? 婚約もされていませんよね」
「はい。どちらもいません」
「レオポルド様については……どうお思いになりますか?」
「レオポルド様?」
驚いて目を見開く。
ちょうどさっきレオポルド様のことも考えていたから。
私はまっすぐにカトリーナ様に向き合う。さっき彼女が本音を話してくれたように、私も本音を伝えようと思った。
「……そもそも立場が違いすぎて、レオポルド様を男性として見たことはないのです」
「何とか男性として見てみたらどう?」
「……怖い、です。大きいですし、瞳が冷たいのも怖いですし……」
これじゃ次期国王を否定してばかりだ。
私は慌ててフォローを入れる。
「いや、あの……男性と接することもほとんどないので余計に……というだけなのですが」
「そうなの。私は見慣れているからかしら。でもね……男性ってそのようなものでしょう。いざとなれば戦場に出て行かねばならないですし、訓練しているからこそ筋肉もつきますわ。特に王位継承権一位ともなれば」
「そ、それは、そう……ですよね」
カトリーナ様は優しく微笑んで言った。
「レオポルド様もね、『わかりづらいのに一途』なんですのよ。エミー様には、本当の彼をちゃんと見てあげてほしいわ。あなたならできると思うから……」
(あれ? なんだかレオポルド様を推されている!?)
「本当に一途なのよ。私も知らなかったんだけど、最近知ったの。周りも見えなくなるくらい突っ走ってしまわれるみたい。そこは少し可愛らしいんですよ」
気のせい、と思いたいけど、あからさまなまでに、それからも彼女は「容姿も端麗」だの「頭も良い」だのと次々とレオポルド様の良さを並べ、私にお勧めしてきた。
「よ、よくレオポルド様のことをご存知なんですね」
「ふふ、私も少し前までほとんど関わりなかったの。でも、レオポルド様、学園に来たらずっと生徒会室から『ある女性』を見つめているのよ。ちょうど生徒会室から見える中庭によくいる女性をね。それで好意を持たれたみたい」
(それ、私のことだーーーー!!!!)
恋愛ドラマ好きは『え、誰のこと?』とはならない。しかも私には矢印が見えているし。中庭にずっといるなんて不審者も私だけだし。
(そもそも、なんでカトリーナ様が、私にレオポルド様を推そうとしているの? まさか買収されたとか!?)
カトリーナ様がレオポルド様の味方つくと、なんとなくまずい気がした。
「わ、私なんかには、レオポルド様は本当に恐れ多いです!」
危機感から、思わず叫んでしまう。
しかし、カトリーナ様も引かなかった。ついには……。
「あまり接していらっしゃらないからそうお思いになるのです。ぜひ一度、レオポルド様とランチをご一緒してみては? 私がセッティングいたしますわ」
なんて、恐ろしすぎる提案まで飛び出した。