4話:プリティウーマン(レオポルドside)
初めて自覚した感情に驚きつつも、俺はそれからさらに、彼女を目で追うようになっていた。
そして、ある日、学園の者たちを招く城のパーティーに彼女も来ると知った時、俺の胸は妙に高鳴った。
(話しかけてみようか……。いや、突然話しかけたら驚かせるか? いやしかし、それではいつまでも距離は縮まらない……)
彼女を観察する限り、唐突に話しかけられて喜ぶタイプではない気がする。
(どうすればいい……? 何か自然な流れで話しかけられる方法は……? ゆっくり距離を縮める方法を考えないと……)
そう思案しているうちに、あっという間にパーティー当日がやってきた。
彼女の姿を探していると、突如会場内に響く声。
「カトリーナ・フォン・アルセイン! 貴様の数々の悪行、もはや見過ごすことはできない!」
(……エドワード?)
思わずそちらを見ると、エドワードがカトリーナに向かって宣戦布告でもするかのように叫んでいた。
俺は一瞬言葉を失った。
カトリーナは「私は何もしておりませんわ」と、冷静に返すが、エドワードの隣にいる女が声を張り上げ、カトリーナを糾弾する。
腕のケガはカトリーナが階段から突き落とした証拠だと言い放った。
(いや、カトリーナがそんなことするはずがない……。あいつは不満があれば、正々堂々と言うタイプだ)
すぐに誤解は解けるだろう、と思ったが、もうすでにそんな段階ではなかった。エドワードが叫ぶ。
「リリィを泣かせるとは、許せんな! よって、貴様との婚約をここに破棄する!」
「……それでは、正式な手続きを経てお願いいたしますわ」
カトリーナはあくまで冷静だ。
(なんでこんなことになっているんだ……? 夢でも見ているのか?)
混乱する俺の目を覚まさせるかのように、突如、別の女性の声が飛び込んできた。
「しょ、少々お待ちください!」
場内が静まり、皆が声の主を見た。
(エミー⁉︎)
そう、その声は、エミーだったのだ。
直接近くで見た彼女はまさに天使のような可愛さ。
初めて聞く彼女の声は鈴のようだ。
俺は彼女の可愛さに絶句するしかなかった。
エミーは泣きそうな顔をしながら、エドワードの隣にいるリリィという女に腕を見せてくれと頼んだ。
そして、エドワードが堂々と彼女の腕を取って見せた……が。
(怪我、ないじゃないか)
それを見たエミーの表情が、心底ホッとしたように緩む。
(ああ……やっぱり可愛い……)
いや、そんなことを考えている場合ではない。
俺も何か言わなければ……。俺は間違いなく、カトリーナと、そして、エミーの味方なのだから。
(見ておけ、エミー! 俺がなんとかしてやるからな)
「証拠はない、という証拠だな」
そう言って前に歩み出た。
その時、一瞬、エミーと目が合う。
(……えっ、ちょっと待て。今、目が合った⁉︎)
彼女は少し上を見ながら、「……へ?」と小さな声をもらした。
ぽかんと口を開けるその姿が、たまらなく愛おしい。
(尊い……! 天使か!)
しかし、その気持ちを押し殺し、エミーの前ということでいつもより三割増しに声を低くして、俺はエドワードに告げる。
「第三王子ともあろう者が、証拠もなく公衆の面前で婚約者を糾弾するとは……見苦しいな」
そう言ってから、カトリーナに向き直った。
「弟が無礼を働いた。すまなかった、カトリーナ嬢」
会場がざわめく中、カトリーナはゆっくりと頷いた。
その後、エドワードとリリィとかいう女は逃げるように去っていったのだ。
(……これでよし。邪魔者はいなくなった)
「あ、ありがとうございます」
小さな声でカトリーナは言った。俺は「気にするな」と頷く。
そして次の瞬間、俺の視界にまたエミーの顔が入った。
(あああああああああ可愛い!!)
心臓の鼓動が爆速で跳ね上がる。
(彼女と話したい……。彼女に触れたい……!)
そんな気持ちが膨れ上がり、慎重に距離を詰めようという計画はどこかへ吹き飛んだ。
気がつけば、俺は彼女に向かって歩き出し、言葉を発していたのだ。
「エミー・ローランド。君に少し話がある」
(好きだ。大好きだ。愛してる……! 絶対結婚したいぞ!)
いや、まだ言えない! ならせめて、少しでも仲良くなりたい。
そう思っていた時、彼女が小さな声で答えた。
「は、は、はいぃ……」
(OKの返事をしてくれたーーーー!!!?)
その瞬間、改めて俺は悟った。
俺は彼女が好きすぎるようだ、と。