11章:First Time
「おめでとうございます!」
その日、学園に足を踏み入れるなり、カトリーナ様が満面の笑みで出迎えてきた。
「本当に分からないんです。私、どうしてレオポルド様と婚約したのか……」
気づけばレオポルド様に城に連れて行かれ、さらに驚いたのは父までそこにいたという事実。
なにやら私とレオポルド様との結婚で、父も一気に公爵に昇格するという話まで飛び出した。
父はもともと地位には興味がない人だった……と思っていた。
でも、地位が上がれば、それだけ慈善事業に回せる資金も増えると聞いて、レオポルド様との結婚には大賛成のようだ。
さらになぜか国王まで結婚に反対もしていない。
不思議で仕方ない。
(もう今更『結婚しません』なんて言っちゃいけない感じ……)
そして国中に向け婚約を早々と発表され、今に至る。
「カトリーナ様……私、長い夢でも見ているのでしょうか?」
「しっかりして、エミー。 夢じゃないわ」
「念のため、全力で私の頬をひっぱたいてもらえませんか? 思いきりお願いします」
「無理よ。何を言ってるの?」
カトリーナ様は呆れながらも、優しいため息を吐いた。そして私に向かって頭を下げる。
「ごめんなさい。あなたがそこまでレオポルド様を嫌がってるとは思わなかったの」
「いえ、嫌というわけではないんです」
「そうなの?」
驚いたようにカトリーナ様は目を丸くする。
冷静に考えてみてほしい。この国において、第一王子の求婚を嫌がる国民が果たして何人いるだろうか。
私もあれだけ嬉しそうな父の顔を見て、「もうこれ以上の相手はいない」と、頭では理解している。頭では。
「ただ、ひたすらに怖いだけです」
そう。あの矢印も含め、物理的にも精神的にも圧がすごすぎて、心臓がギュッと絞られる感じがするだけだ。
「……それは、嫌がってるのと何が違うの?」
「違います。嫌いというわけでは……」
正直、顔はいい。声も低すぎるけど聞き慣れてきた。育ちも申し分ない。
けど、矢印が大きすぎるのと、ハグの強度が強すぎるのだ。
「じゃあ、レオポルド様が怖くなくなれば、全部解決するのよね?」
「……えっ?」
「だって、嫌いじゃないんでしょう? 怖くなくなればいいのよ」
カトリーナ様は、まるで全て解決したかのように優雅に微笑んだ。
(そうなればいいかもしれないけど、あの人が「怖くない」状態なんて全く想像がつかない……)
考えたその時だった。
「エミー」
聞きなれてしまった、低くて落ち着いた……でも圧のある声が耳に届いた。
条件反射で身体が跳ね上がる。
振り返ると、レオポルド様がそこにいた。
昨日より明らかに巨大化した矢印を頭に装備して……。
「ひっ……」
(それ、まだ成長してるの!?)
聞きたいけど、もちろん聞けない。
「エミー……その……」
「は、は、はい……」
(次はなに? もう結婚の話も終わったし、さすがにこれ以上驚くことなんてないわ……)
「デートしないか?」
「……へ」
(今更!?)
驚いてレオポルド様を凝視すると、なんだか少し頬が赤い。視線も逸らしていて、まるで初恋をしている小さな男の子だ。
(なんだか今のその顔だけは……怖くない……かも?)
そう思った。
だから、ついすぐに頷いてしまったのだ。
「……はい」
「よかった、ありがとう!」
満面の笑みで、がしっと私の手を握られる。
すると、握られた手がみしりと鳴った。
(いや、やっぱり力強すぎ! 怖すぎるっ……!)




