プロローグ
ここは貴族の子女が通うグランディア学園。
昼休みの静かな中庭。
いつもなら一人で静かに人間観察を楽しむ時間……なんだけど、今日は違う。
目の前には、現国王と王妃の長男であり、第一王子であり、そしてこの学園の生徒会長も務めているレオポルド・グランディア様が鎮座している。
金髪は陽光を浴びて煌めき、その冷たいはずの瞳には、なぜか妙な熱がこもっている。
熱は気のせい……と思いたい。でも、そう思えない理由が私にはある。
「エミー」
ふいに名前を呼ばれ、身体がビクンッと跳ねた。
「は、はいっ!」
「そんなに緊張しなくても、ただ昼食を共にしたいと思って誘っただけだ」
そう言って、レオポルド様はゆっくりと目を細める。
その微笑みが、やたらと意味深なのは気のせいではない。
「は、はい、それは重々承知しております……」
(むしろ、私は、性的な意味で食べられる可能性を危惧しておりますが……)
そんな本音を口にできるはずもない。
彼は不思議そうに首をかしげた。
「……どうした? 俺の頭の上に何かついているか?」
「い、いえっ!」
慌てて首を振り、視線を下に戻す。
目の前のテーブルには、レオポルド様専属の料理人が用意した豪華な食事が並んでいた。
鹿肉のロースト、カニやロブスター、果物のパイ……見るだけでお腹が空くような逸品の数々。
ちなみに、学園に勝手にテーブルも料理人も持ち込めるのは王族だけだ。
フォークを使ってお肉を一口運ぶと、口の中で甘くとろける美味しさ。……しかし、それをしっかり味わう余裕がまったくない。なぜなら——。
そっと顔を上げると、レオポルド様と視線が絡んだ。
「ッ……!」
(なんで? また大きくなった!)
驚愕のあまり、また彼の頭上を凝視してしまう。
「どうした?」
――本当にどうした?
と聞きたいのはこっちのほうだ。
実は、私には周囲の人たちの頭の上に、『好意を寄せる相手へ向いた矢印』が浮かんで見える能力がある。それがいつから見え始めたのか……という話は後回しにしよう。
ただ、この矢印には種類がある。
赤くて太い矢印は、強い好意。
ピンクの細い矢印は、ちょっとした興味。
くるくる回る白い矢印は、恋愛感情が定まっていない証拠。
そんな矢印たちが、人々の頭の上に浮かんで見えるのだ。
そして——目の前のレオポルド様。
この方の頭上にある矢印は、深紅で誰よりも巨大。超でっかい。
しかも、さっきほんの少し視線が絡んだだけで、さらに大きくなった。
その上、なぜか超モブ代表・ローランド男爵家の娘である私、エミー・ローランドにその矢印の先端が常に向かっているのだ。
(……なんで? 本当にどうしてなの?)
どうして、この王子様は、私みたいなただのモブにそんな異常なほど執着しているのか。
それが私には心底よくわからなかったが、言えることはただ一つ。
ーー巨大すぎて怖いので、とにかくその矢印を他に向けてくださいませんか……?