184 はじめての釣り
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カルヴァースを立ってから、二日が経過した。
僕達が向かう、ノースト大陸の南にあるクリアマリンまでは、カルヴァースから大体五日かかる。これでも早い方であり、魔導高速船という速い船だからこそ五日なのだ。一般的な船であれば、七〜八日はかかる。
現在位置としては、カルヴァースとクリアマリンの中間に位置する海域にいるらしい。この海域は水深もあり、魚介類が豊富なんだとか。それ故に。
「兄さん達、釣りしてみないっすか?」
と、船員から誘いを受けた。ああ、彼らの口調が軽くなっているのは、ナイン達がお願いしたからだ。
町を救ったとはいえナイン達の身分は、グレンを除きただの一冒険者で平民だ。そのグレンも、貴族である事は隠している。そんな平民の僕達からすると、彼らの丁寧な態度は、凄く落ち着かないのだ。故に、伯爵もいないのだからと、全力でお願いし、何とか改めてもらった。
「釣り?この速さで釣れるのか?」
知識として知っているが、やった事はない。だが、この高速船の上から糸を垂らして果たして釣れるのか?と疑問が浮かぶ。
「この辺なら回遊魚が多いっすから、この速度でも意外と釣れるっすよ。大物も釣れるっす」
「へぇー!じゃあやってみようかな。実はやった事ないんだよ」
「そうなんすか?ならやり方教えるっすよ。他の人は、どうするっすか?」
船員がメイ達も参加するか確認する。するとグレンだけがこちらにやってきた。
「俺もやるぜ。ああ、俺はやった事あっから大丈夫だ。道具だけ貸してくれ」
「了解っす。お嬢さん方は?」
デッキにいる時は、ほぼ定位置となったベンチに並んで座る我がパーティーの女性陣達に船員が声をかける。
「見学でー」
「私も見学で」
頑張ってー。と言いながらメイとルチルは、二人揃って不参加を申し出た。メイはやるかと思っていたが、どうやらお喋りしつつ見守る方がいいようだ。
「それじゃあ二人分持ってくるっす」
そう言って船員は、二人分の竿などを取りに船内へと走っていった。
さてさて、初めての釣りだ。とても楽しみである。
道具を受け取り、釣りを開始してから早一時間。楽しい時間が流れていた。ナイン以外は。
「お!また来たぞ!」
グレンが、嬉しそうな声をあげてリールを巻き、竿を上げる。バシャッ!という水音を立て、食い付いた魚を引き上げた。
「おー!六匹目だ!」
「一番大きいですよ!」
糸の先にぶら下がる魚を見て、メイとルチルが楽しそうにしていた。そしてその様子を、反対側にいるナインが恨めしそうな顔で見つめていた。
視線を自身の持つ竿へと戻す。何の変化も無い。釣りを開始してからの一時間、ナインの竿はピクリともしていなかった。餌を取られたのかと竿を引き上げても、変わらず付いたままである。何かが突いた形跡すらない。なめとんのか魚。
「はぁ・・・、楽しくない」
思わずそう溢すナイン。達成感すら無い上に、後ろからは楽しそうな声が聞こえてくるのだ、仕方ないと言えよう。
(何であっちは六匹釣れて、僕は皆無なんだ?わけわからんのだが?道具か?いや、竿も針も餌も同じだな。技術の差か?一応教えてもらったんだけどなぁ・・・)
釣りの技術って何だろう。と竿を持ちながら、思考がふわふわと何処かへ行くナイン。後ろでは、魚を船員に渡したグレンが、新しい餌を付けて釣りを再開していた。
「餌の確認でもするかぁ」
何度確認しても付いたままだったが、一応定期的に見といた方がいいと教えられた。ナインはリールを巻き上げる。
「・・・ん?お!うおわぁ!?」
リール数回巻いた瞬間、物凄い勢いで竿が引かれた。体が持って行かれそうになり、ナインは驚きで声を上げる。
(ヤバイヤバイヤバイ)
凄まじい引き具合に、ナインは重心を落とし、足を踏ん張って耐えようとする。だが、食い付いた魚?の力の方が強いのか、ジリジリと船縁へと引き摺られていった。
流石に一人では無理だと思ったナインは、グレンに助けを求める。
「た、助けてグレン!助けて!」
「おー、どうしたー」
沢山釣れて上機嫌なのか、適当な声で返事が来た。
「おーじゃないって!ヤバイって!落ちちゃう!落ちたら無限窒息地獄になっちゃう!」
水に溺れたとて、ナインが死ぬ事はない。が、あくまで死なないだけだ。どうなるかと言えば、窒息で苦しむ、気絶する、意識を取り戻す、窒息で苦しむ、気絶する。の繰り返しだ。正に無限窒息地獄である。ちなみに水生の魔物に食われる可能性もあるので、食われれば痛みもプラスされる。どっちにしてもキツい。
止まらぬナインの叫び声に、グレンが振り返り、ナインの持つ竿の引き具合に気付いた。
「おお!?何だそりゃ!?ヤベェな!!」
「だから言ってるじゃん!早く手伝って!!」
「よっしゃ任せろ!!」
持っていた竿をその場に置いたグレンは、ナインのもとへと駆け寄り、すぐさまナインの持つ竿を掴んだ。そして力を入れてグイッと持ち上げる。
「おし!俺が持ってるからお前はリール巻け!」
「わかった!」
グレンの指示を受け、ナインはリールを巻く事に集中する。とはいえ、引きが凄すぎてリールもそう簡単には巻けない。
そうして二人で協力し合いながら、竿と格闘する事およそ十五分、遂に終わりが来た。
リールを巻き、二人で竿を思い切り引く。
バシャッ!!!
「うわぁ!?」
「おおっ!?」
大きく、どこか細長い魚体がナインとグレンの上を通過した。
ドシャッ!!!
そしてメイ達が座るベンチの真横に、重そうな音を立てて墜落した。
「うわっ!気持ち悪っ!?ってちょっと!危ないんだけど!?」
真横に落ちたため、大量の水飛沫を浴びたメイが文句を溢す。ナインは「ごめんごめん」と謝りながら、釣り上げた魚を確認するため近づいていく。
ベンチの横には、体長二メートルほどのT字の頭をした胴体の長い魚?がいた。鱗も無く、体表が何だかヌメっとしているように見える。メイの言う通り、気持ち悪い。
(何だこれ?魚か?)
釣った喜びよりも、こいつは何だ?という疑問の方が大きくなった。
まずは、いつも通り鑑定を使用する。
ハンマーヘッドイール
Lv.32
ランク:C
属性:水
HP:1425/1425
MP:7211/10789
<水生生物:魚>
「うわっ!?魔物じゃん!」
大きいからまさかと思っていたが、海に生息する魔物だった。しかもCランクだ。コレクションやらを鑑定したおかげか鑑定のレベルも上がり、スキルも見える。どうやら魚の魔物らしい。
(そういえばグラベルを鑑定した時は、スキルが見えたけど、ルーチェの時は見えなかったな。見える見えないにランクは関係無いのかな?)
グラベルの時は、今より鑑定レベルも低かったが、長剣Ⅱのスキルが見えた。だがその後のルーチェの時は、スキルが一切見えなかった。どういう理屈で見える見えないが判断されているのか不明だ。とはいえ、もしかしたらラグナロクの魔人だけが例外なのかもしれない。あいつらに関しては、鑑定の効果基準が下がるとか。
目の前でビチビチヌルヌルと動く、ハンマーヘッドイールなる魔物を観察しながら、ナインは全く別の事を考えていた。すると、音と声に反応した船員がやってきた。
「おお!ハンマーヘッドイールじゃないっすか!大物っすよ!」
「ん?言ってた大物って、魔物の事なの?」
「?そうっすよ?高級品っす!」
「・・・そう」
魔物なのかよ。魚じゃないんかい。
めちゃくちゃ美味いっすよ!っという言葉を聞き流し、未だビチビチと動くヌルヌルに遠い目を向ける。
魚が、釣りたかった。
初釣りの初釣果が魔物だった事に、少しだけショックを受ける。
「ちょっと!私を無視しないでよ!濡れたんだけど!?」
「あ、ごめん。勢い余って」
「悪い。スゲェ重くてよ」
プンスカ怒るメイに軽い感じで謝罪をする二人。彼女の隣にいたルチルは、陰になっていたからか一切濡れていなかった。メイだけに水飛沫がいったようだ。
「とどめだけ刺しといてもらっていいっすか?僕はシェフ呼んでくるっす!」
「ああ、わかった」
言うなり船内へと走っていく船員の背中にそう言うと、グレンへ視線を向ける。
「これは・・・、どっちの勝ちだ?」
大量に釣っているグレンに、これはどっちが釣った事になるのかと確認する。
「勝負だったのか?」
何となく勝負をしている気になっていたナインは、「してないな・・・」と呟いた。グレンが、僕からハンマーヘッドイールへと視線を移す。
「引き分けでいいんじゃねぇか?」
勝負をしていない上に散々魚を釣っているグレンは、そう言って海に垂らしたままにしていた自身の竿を回収しに向かった。どうやら釣りはこれで終わりのようだ。
まさかの引き分け発言に、勝ち負けを気にしていたナインは、逆に負けた気持ちになった。
くっ、大人な対応だ。
釣りでもその後でも負けた感じがしたナインは、はぁ・・・、と溜息を吐くと、未だに動いているハンマーヘッドイールを見る。
(もしやこいつが僕の針の近くにいたせいで釣れなかったのでは?)
可能性としてはなくも無いが、一時間も近くにいる訳がないのでとんだ言いがかりである。
ナインは、とどめと八つ当たりをするために、マジックバッグから振切剣を取り出す。確実に息の根を止めるため、首を狙いつつアビリティも発動する。
「僕が釣れなかったのは、お前のせいにします」
完全にハンマーヘッドイールのせいにしたナインは、軽い動作で振切剣を首へと振り下ろした。
ティッシュカバーというものがありますよね。
私の家にもあります。
3日くらい使ったらすぐ外してしまいますが。
いちいち入れ替えるの、面倒臭くないですか?
また明日。