183 海原の上で
第三章「聖人と聖女と聖剣」開始です。
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盛大な見送りを受けてから、早二時間。ナイン達は、揃って船上デッキに集まっていた。
「おー!!凄い!!これが海か!!広い!!水しかない!!」
「みゃみゃあー!!」
デッキから身を乗り出したナインと、その頭にしがみつくルーチェが、三百六十度広がる海に大興奮している。そんな子供のようにはしゃぐ姿に、グレンが呆れた声を出す。
「これが海って、カルヴァースで散々見たろ」
「陸地から見るのと、全方位が水で囲まれてるのじゃ全然違うだろ?」
「いや、まぁそうだが、つってもそんな興奮するもんか?」
よくわかんねぇな。と呟きながらグレンは肩をすくめる。
わからなくて結構である。確かにカルヴァースで散々見ているが、記憶無し男なナインには、少し違うだけで新鮮なのだ。
「いいじゃんいいじゃん。喜んでるのに水を刺すのはかわいそうだよ」
「そうですよ」
デッキに置かれたベンチに座るメイとルチルが、楽しませてやれと声を上げる。彼女達は彼女達で、海風を浴びながらのお喋りを楽しんでいる。この二人は、カルヴァースで出会った時からよく一緒にいるからか、日に日に仲が良くなっている。まぁ女性同士だし、話が合うのだろう。変わり者どうしでもあるか。
今は、こうしてデッキに出てきて大海原を堪能しているが、つい先程まで、全員で船内の探検をしていた。結果だけ言えば、領主専用船は凄かった。
「それでは、お部屋にご案内致します」
出航し、見送りの人達が見えなくなった頃、船員の先導で部屋へと案内してもらった。
前を歩く船員もそうなのだが、この船の船員達全員、一般港で見るような荒々しい船乗りとは違い、対応と言葉遣いが物凄く丁寧だ。流石領主専用船の船員。服を変えれば執事になれそうである。
ナイン達の部屋は、デッキから船内に入り、階段を一つ降りた先にあった。
案内によって扉の前まで来たナインは、ふと首を回してキョロキョロ見回す。
(なんかこの階、妙に扉が少ないな。向かいにはあるけど、他は遠いい。何だこれ?)
通路を挟んだ反対側に扉はあるが、他の部屋の扉は、何故かかなり離れた所にあった。そして扉が少ないせいか、この階の通路がやたらと長く感じる。
何でだろう?と首を傾げていると、船員が部屋の扉に手をかけた。
「こちらでございます」
そう言って船員が扉を開ける。室内が見え、グレンを除く三人は、ゴクンと息を呑んだ。
「広・・・、ていうか豪華過ぎ・・・」
ナイン達の部屋となる船室は、領主館で借りていた部屋より広かった。大体1.5倍くらいだ。見えているリビングだけで十メートルある。左右に扉が見えるので、その先も足せば更に広いだろう。通路の扉が少なかった理由がよくわかった。
そして豪華さだが、これははっきり言って倍以上だった。
テーブルや椅子、棚などの調度品から、壁紙、カーテン、絨毯とほぼ全ての物が、比較にならないレベルで高級品であった。正直言って、触りたくない。領主館の客室でさえ、常に恐々としながら触れていたナインからしてみれば、そう思ってしまうのも当然と言えよう。
あまりの豪華さに、三人は部屋に入れないでいると、船員が先に中へと入り、間取りを説明し始めた。
「入り口から見て右側の扉が寝室です。こちらは三部屋ございます。左手側の扉が、奥から浴室、お手洗いです」
扉に向けてかざされる船員の手を、扉から顔だけ出して確認する三人と一匹。グレンは、普通に入ろうとしていたが、ナイン達が邪魔で扉を通れないでいた。
「向かいの部屋に侍女が待機しておりますので、洗濯や食事、その他要望がございましたら、お気軽にお声掛けください」
「わかりました」
「それでは、説明は以上となりますが、何かご質問はございますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
黙って聞くだけになってしまったナイン達の代わりに、グレンが後ろから返事をする。案内を終えた船員は、一礼すると部屋から退出していった。
去っていく船員の後ろ姿を、未だ入り口から動けずに目で追いかけるナイン達。
「おい、もういいだろ?さっさと入るぞ」
「う、うん」
うんざりとした表情をしたグレンが、いい加減にしろとばかりにナイン達を促す。流石にいつまでも入り口にいるわけにはいかないので、恐る恐る室内へと入った。
「うわぁ・・・、ふかふかするぞぉ・・・」
「ベッド並みじゃん・・・」
「の、飲み物とか溢したら、落ちなさそうですね・・・」
どんな素材なのか想像すらつかないふかふか絨毯に、そっと足を乗せた庶民三人が、震えた声を漏らす。
「ルーチェ、爪出すなよ。傷付くから」
「みゃん」
ナインの本気度がわかったのか、ルーチェが神妙な顔をして頷いた。マジで頼むぞ。
それから四人は、かなりゆっくりとしたペースで中へと進む。リビングの中央は、ローテーブルとソファーが置いてあり、少し離れた所に、テーブルと椅子がある。食事はそちらのテーブルを使用するのだろう。
ぶつけたりしたらマズイから、とりあえず装備を解除しよう。バッグも置いとこうか。と話し、全員が身軽になる。それぞれのバッグは、わかりやすいようにソファー横に置いておく。
そうして寝室の確認をするため、リビングの右側に移動した。三部屋あると言われた通り、等間隔に扉が三つあった。メイが慎重な手つきで扉を開ける。
「中は・・・、おおぅ・・・凄い」
寝室内を見たメイが、面食らったような声で驚く。どうやら寝室も相当らしい。気になったナイン達も、メイの後ろから中を見てみた。
「・・・なんだあれ?」
「あー、このパターンか・・・。俺寝れっかなぁ・・・」
「・・・お金持ちのベッドがあります」
寝室内を覗いた三人が、思い思いの感想を口にした。
三部屋並んでいるためか、寝室自体はそこまで広くない。とはいえそれは、リビングと比べたらの話だ。カルヴァースでルチルと合流した後に泊まっていた高めの宿。あそこのリビングくらいはある。だが問題は、広さ云々ではない。ルチルが言うように、ベッドだ。
部屋の三分の一を占める、四人くらい寝られそうなやたらと大きいベッド。そしてそのベッドをぐるっと囲うように、天井から半透けのレースカーテンが垂れ下がっていた。グレンが寝れるか心配するのもよくわかる。あれ邪魔じゃない?
グレンが言うには、ベッドはワイドキングサイズというらしい。ワイドにキングとか、もうそのサイズ名から『凄く大きいぞ!』という強い主張がビンビン感じられる。
レースカーテンは、天蓋というらしい。もしくは普通にベッドカーテンと呼ぶ事もあるみたいだ。用途としては、主に虫除けや風除け、遮光のためだとか。海の上は虫いなくないか?てことは、遮光のためかな?あ、でも船内に潜り込んでる奴はいるか。
「あのカーテンは、いらなくない?」
「いらねぇな。あんなもんあったら気になって寝れねぇよ」
「頼んで取ってもらうおうか」
「そうしよう」
ナインとグレンが天蓋の撤去を決める。安全な室内なため、警戒なんかは必要無いとわかっているのだが、それでも就寝中に周囲が見えにくいというのは、かなり気になってしまう。絶対に熟睡は出来ないだろう。だがこれにメイが待ったをかける。
「グレンは取っていいけど、ナインはダメだよ」
「なんで?」
「だって部屋割りしたら、グレンとルチルがそれぞれ一人で、私とナインは一緒に一部屋でしょ?私はあれ、使ってみたい」
言われて部屋割りを考える。寝室は、全部で三部屋だ。その内一つは、グレン一人で使う事になる。これはわかる。でもルチルとメイの二人で一部屋でも良くないか?とも思った。だがそれを言ってみたところ。
「ん?もう一回言ってみてくれる?ねぇ?」
「・・・何でもない」
物凄く怖い目をされた。どうやら僕とメイで一部屋は確定らしい。となれば、天蓋も確定である。・・・寝れるかな?
はぁ・・・、と溜息を吐き、ナインは部屋割りについて諦めた。たぶんどう言っても無駄だからだ。強引に一人部屋にしても、メイの場合、おそらく潜り込んでくるだろう。
それから寝室を全て確認し、誰がどの部屋を使うか決めると、次は浴室へと移動した。ちなみに寝室の作りは、三部屋全て同じだった。きっちり天蓋もあった。
寝室と同じように、メイが浴室に繋がる扉を開ける。
「おおー。浴槽が大きい。二人でも余裕で入れるね!」
浴室内を覗いたメイが、そんな感想を漏らす。後ろからひょいと覗き込んだナインは、内装を確認しながらツッコミを入れた。
「広いし、確かに大きいな。ていうか、その二人って僕とメイか?何で一緒に入る気なんだよ。別々に決まってるだろ」
「え!?背中流してくれるんじゃないの?」
「え?何で約束してたみたいな言い方なの?」
「夫婦は背中を流し合うはず・・・」
「いや、知らんよ・・・」
まぁ絶対に違うとは言わないけど。とはいえ一緒に入る気は無い。まだな。
ナインとメイが浴室前で立ち止まっている間に、グレンとルチルは設備を確認していた。グレンは、普通の顔をして「なるほどな」などと言っているが、ルチルはとても良い笑顔を浮かべていた。
「見てくださいこれ!給湯器の魔道具ですよ!凄い!わっ!全身乾燥の魔道具もあります!」
キョロキョロと浴室内を見回すルチルが
はしゃぐような声を出す。余程凄い物があるらしい。が、魔道具に詳しくないナインにはよくわからない。
給湯器の魔道具は、炎と水の魔石を使用したお湯を出す道具だ。そんな魔導機械ではないただのお湯を出すだけの魔道具がどうして凄いのかというと、術式が複雑だかららしい。
なんでも、炎と水の属性を同時に使用しようとすると、水によって炎が弱められるためか、出力が一気に落ちるのだそうだ。これによりお湯を作るだけでもかなり大変らしい。適温のお湯などもっと難しいだろう。ではどうすればいいのかと言うと、出力が下がらないようにするための術式を用意すればいい。そうすれば制御も出力も安定し、望んだ温度のお湯が出せるようになるのだとか。
ただし、先にも言った通りこの術式が問題だった。描き込む術式が物凄く細かく、そして複雑であるため、かなりの腕を持った魔道具師でもないと作れないらしい。それ故に、給湯器の魔道具というのは、めちゃくちゃ高価な上に数が少ないという。
全身乾燥の魔道具は、見た目が直径五十センチほどの丸くて平たい、トレーみたいな形をしている。使い方はシンプルで、上に乗って魔力を込めるだけだ。すると内部にある風の魔石が反応し、下から風が吹き出してくる。この風で、風呂上がりの濡れた体を乾かすと言うわけだ。風の温度についても、炎と氷の魔石が込められているので、本体についたダイヤルで操作が可能だ。
この魔道具に関しては、珍しいだけでそこまで高価では無いらしい。製作も難しくなく、三種類の魔石を使っているとはいえ、全て低ランクだからだ。ただ用途が限られているため、製作する者が少ないらしい。それ故に珍しくなっているのだとか。
「一番風呂は頂きます!」
「ど、どうぞ」
笑顔でそんな事を宣うルチル。どうやら彼女は、この高級具合に慣れたようだ。魔道具愛というのも、中々馬鹿に出来ならしい。
浴室を出たナイン達が次に向かったのは、隣にあるお手洗いだった。正直、わざわざ確認する必要も無いのだが、どれだけ高級なのか気になる。という野次馬根性で、一応見てみようとなった。
メイがガチャリと扉を開ける。
「ひろーい。もう部屋じゃん。ていうか広すぎてトイレが浮いて見えるね」
「落ち着かなそうな便所だな。何でこんなキラキラしてんだよ。ライトも多くねぇか?」
中を見たメイは楽しそうに、グレンはどんよりとした反応を示した。ナインとルチルも二人の後ろからチラリと中を覗く。
寝室の半分くらいの広さがある部屋に、ポツンと一つ、便器が置かれていた。壁際には洗面台もある。小さいけど。
「うわ、本当だ広っ。無駄スペースだ」
「灯りの魔道具が十個もありますね。この広さだったら三個くらいで十分足りますよ。魔石が勿体無い・・・」
覗いたナインとルチルも、思い思いの感想を口にした。ルチルはお手洗いを見ても相変わらずだった。魔道具しか見てないな。トイレ見てやれよ。
「何でこんなに広いんだ?トイレって一人でしか入らないよな?」
謎の広さに、もしかして貴族は、一人でトイレに行かないのか?と首を捻る。
「ねぇナイン、一緒に」
「入るわけないだろ。アホか」
ナインの疑問に、何故かメイの思考が変な方向に行った。バカかお前は?
「え?いや、そんな目で見るな。メイの冗談だ。ていうか僕を見るのはおかしくないか?」
何をどう捉えればそんな考えになるんだ。とナインが呆れていると、グレンとルチルの冷めた視線が突き刺さった。僕が言ったんじゃないのに・・・
そんな針の筵になっているナインを放置して、元凶である銀髪幼女は「えー、残念」などとほざいていた。
このアホ幼女め、入るわけないだろ。バカか?大バカだな?
ここにいたらまたバカな発言をされかねないと思ったナインは、皆を残してリビングへと戻った。
各部屋の衝撃とメイの謎発言のおかげか、色々な高級感に対してもはや何も感じなくなっていた。
自宅マンションの通路にあるライトなんですが
何故、私の部屋の玄関前のだけ、雨漏りしてるんですかね?
ドアを開ける度に濡らされるのは、微妙にイラっとします。
また明日。