182 別れと出航
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14日後の11月18日。ノースト大陸から旅立つ日が来た。
現在時刻は、早朝6時。ナイン達は、潜入場所ともなった領主館下にある専用港に、揃って降りてきていた。そして全員が、目の前の光景に目を丸くしている。
「すご・・・」
ポツリと呟くナイン。目に映る想像以上の存在に、そんな素直な感想しか出てこなかった。
領主専用港には、物凄く高そうな船が停泊していた。大きさとしては、大手商会の持つ大型船と変わらないレベルだ。華美な装飾があるとかではない。そういった物は、最小限だ。だが全体が黒く輝き、所々に白で模様の入った船体は、剛健さと優雅さ、そして重厚感を感じさせる。魔物や海賊用の砲台なんかもあるので、ちょっとおしゃれな軍船みたいである。
「あれに乗るんですね」
「ああ、魔導高速船だ」
僕達が乗る予定である伯爵の船は、魔導高速船という。通常の船であれば、帆で風を受けて進むのみだが、魔導高速船は、それだけではない。船体後部に、風と水の魔石を使用した魔導機関が搭載されており、この魔導機関によって生み出された推進力で進むことが出来る。
「風と水を噴出するんだっけか?」
「そうだ。推進力が帆だけじゃねぇから、通常の帆船よりも速度が出る」
速度が大体五割り増しらしい。一応性能的にはもっと出せるらしいが、それ以上出すと船体にダメージが出る上に、乗り心地が酷いものになるらしい。それはちょっと嫌だな。乗った事無いけど、船って酔うんだろ?
「なるほどねぇ。それはそうとこんな目立つ船、どこにあったんだ?」
「普段は、あっちの一般港の奥に停めてあったらしいぞ」
ここから見える一般港を指差しながら、教えてくれるグレン。何で知ってるんだ?と問えば、さっき船員に聞いたんだとか。いつのまに。
出航準備を進める船員達の邪魔にならぬよう、離れた所で待機するナイン達。事前に出発準備も終えており、加えて全員の装備も伯爵から貰った物になっている。
そんな中四人から少し離れた場所で、ルーチェが侍女さん達に囲まれていた。中心にいるルーチェはどこか誇らしげに胸を張っている。
「あぁ、ルーチェちゃん・・・、可愛い・・・」
「よく似合ってるよー!」
「はーいルーチェちゃん、おやつだよー」
やたらと持て囃され、渾身のドヤ顔を浮かべるルーチェ。これだけ囲まれている理由は、可愛いルーチェとお別れになるからだけではない。ルーチェの首に新たに着けられた首輪が原因だった。
『ナイン様、こちら、ぜひルーチェちゃんにお使い下さい』
数日前、部屋を訪れた侍女さんの一人が、そう言って首輪を渡してきた。赤地に白い模様が入った小さな首輪だ。ルーチェへのプレゼントらしい。なんでも、侍女一同でお金を出し合い、購入してきたんだとか。これには、受け取った僕だけでなく、メイ達も驚いた。
どうしてなのか、侍女さんから話を聞くと、どうやら間に合わせで着けた、何の効果も無い赤いスカーフだけでは勿体無い。という話になったらしい。何だそりゃ。勿体無いって何だ?
その後、『ナイン様達は、首輪を持ってないらしいぞ』と知った侍女さん達は、じゃあお金を出し合って購入しよう。という流れになったそうだ。じゃあがよくわからんのだが?
そうして出し合ったお金でルーチェに似合う首輪を購入し、今日持ってきた。という事だった。
『ルーチェちゃんへのプレゼントではありますが、私共を救っていただいたナイン様方へのお礼でもあります。お嫌ではなければ、是非使ってあげてください』
そう言って頭を下げた侍女さんは、部屋から立ち去っていった。
そして現在、その貰った首輪をいたく気に入ったルーチェが、くれた侍女さん達にお披露目をしているのだった。
ちなみに、侍女さん達が『何の効果もうんたらかんたら』と言っていたように、頂いた首輪は当然のようにアビリティ付きだった。
癒しの首輪
等級:B
種別:従魔用首輪
属性:光
アビリティ:<精命治癒><サイズ調整>
耐久値:850/850
癒しの首輪という名前の、従魔専用装備だ。属性は光で、まさかのBランクである。
アビリティは二つあるが、サイズ調整のアビリティは、従魔専用装備ならばほとんどの物に付いているらしい。なので実質、アビリティは精命治癒だけとなる。精命治癒の効果内容は、名前から想像出来るように回復特化だ。装備従魔のHPとMPの回復量、回復速度を上昇させるという効果を持っている。すごく侍女さん達が選びそうな効果だ。
それから、性能とは関係無くルチルが教えてくれたことなのだが、この首輪、おそらくだがもの凄く高いらしい。まず従魔用装備というのがそもそも高いらしい。そして、アビリティ付きになると、更に値段が跳ね上がるんだそうだ。
「あー!可愛いー!!」
フルーツを食べるルーチェの姿に、黄色い声をあげる侍女さん達。果たして彼女達は、いったいいくら使ったのだろうか。とてもじゃないが怖くて聞けない。
そうしてチヤホヤされているルーチェを放置し、ナイン達は、忘れ物は無いかなどと話をしていると、いきなり港内の空気がビシッと引き締まったような感覚がした。
カルヴァース伯爵が、執事長のパウエルさんと護衛騎士のジェームスさんを連れて、港にやって来た。流石に無視して出航準備を進める訳にもいかなかったのか、港内の全員の手が止まる。
「楽にして構わん。皆、出航準備を続けてくれ。お前達もな」
伯爵は、船員と、ついでにルーチェに群がる侍女さん達に向けてそう言うと、ナイン達の方へやって来た。
「閣下、おはようございます」
グレンが代表して挨拶をし、続くようにナイン達三人も挨拶をする。伯爵は、「ああ、おはよう」と返事をすると、船へと視線を移した。
「この様子ならもう少しで準備も終わるな。君達の準備も大丈夫か?」
視線は船に向いたまま、伯爵が聞いてきた。
「問題ありません。閣下から頂いた褒賞で、物資も装備も良い物を揃えられました」
「そうか」
グレンの言葉に、伯爵がこちらへ振り返る。そして伯爵の視線が、ナイン達一人一人に向けられる。どうやら褒賞としてあげた、自身のコレクションを見ているようだ。
そうして確認を終えた伯爵は、満足そうに一度頷く。
「うむ、全員良く似合っている。譲った私も嬉しく思うぞ」
しっかりと貰った装備を着けている事が嬉しいのか、伯爵は笑みを浮かべるとナイン達に向けてそう言った。ふむ、似合ってるか。ちょっと照れるな。
「ありがとうございます。頂いた物は、大事に使わせていただきます」
「ああ、だが大事にし過ぎて惜しむなよ。危ない時は、それらを捨てでも生き残れ」
「はい。肝に銘じます」
伯爵の言葉に、グレンだけで無くナイン達も頭を下げる。何故、伯爵がそんな言葉を言ったのか、その理由を全員が正しく理解した。
とても大切なコレクションを譲ってもらった。だから大事にしようとするだろう。だがそんな大事な物であろうと、命の危機がある時は、捨てでも生き残れ。物は、どこまでいっても物だ。命には変えられない。優先順位を間違えるな。
伯爵は僕達に、そう伝えたのだ。
「うむ」
僕達が理解したと判断した伯爵は、満足そうに一つ頷くと、視線を船へと戻した。
そうして伯爵がやってきてから三十分ほど経過した頃、ついに出航準備が全て完了した。船員達が全員乗り込み、後はナイン達が乗るだけである。
ナイン達四人とルーチェが伯爵の前に並ぶ。そして、最後の挨拶をするためグレンが口を開こうとした瞬間、伯爵が先んじた。
「改めて、このカルヴァースを救ってくれた君達に、最大の感謝を」
そう口にした伯爵は、ナイン達に向けて腰を折って礼をした。そして伯爵だけでなく、パウエルさん、ジェームスさん、港に残る船員達、侍女さん達まで、頭を下げた。
目の前の光景に、グレン以外の三人がガチガチに緊張しだす。グレンはグレンで、(どう返せば)と困惑が顔に出ていた。それでも何か返さねばと、何とか言葉を選ぶ。
「皆様をお救い出来た事、私達も嬉しく思います。またいつか、皆様方と笑顔でお会いできる日を楽しみにしております」
そう言って四人と一匹は、ゆっくりと頭を下げた。
謙遜はしない。救おうとした事も、救った事も事実だからだ。だから、またいつか笑って会おうと、再会を期待する言葉を、グレンは口にする。
伯爵達とナイン達が、同時に頭を上げる。謙遜をせず、いつかの再会を口にしたグレンの言葉が気に入ったのか、伯爵は今までで一番とも言える笑顔を浮かべた。
「ああ、またいつか。その時は、また私の所に泊まりたまえ。君達のために部屋は空けておこう。パウエル」
「かしこまりました。常にご用意致しましょう」
「うむ」
どうやら次カルヴァースに来た時は、宿と食事について気にしなくていいようだった。伯爵の思いつきのような提案に、パウエルさんまでノリノリである。
そんな伯爵達の様子に、ナインは笑みを浮かべる。
(アルメガと同じく、ここもまた、僕達が帰ってこれる場所だな)
目覚めてからたった二ヶ月ちょっとだが、また一つ、ナインにとって帰る場所が、帰ってこれる場所が増えた。
だからこそ、別れの言葉はアルメガの時と同じにする。
「いってきます!」
元気良く、そして笑顔で、また会おうという気持ちを込めて。
そんなナインの言葉に、伯爵も笑顔で答える。
「ああ!いってらっしゃい!」
「お気を付けて。皆様のお帰りを、我ら一同お待ちしております」
パウエルさんが続き、それから船員さん達と侍女さん達が口々に「いってらっしゃい!」と声を上げた。
ナイン達が船に乗り込み、出航するまで、彼らの声が止む事はなかった。
というわけで、これにて間章終了です。
次話から第三章「聖人と聖女と聖剣」となります。
正直、間章と三章を分ける必要はなかったのですが、
面倒臭いのでそのままにします。(いつか直すかも・・・
次回の更新は、来週水曜日です。
それでは、また。
星街海音