167 領主へのお願い
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明けて翌日、11月1日。今日から11月がスタートだ。
ナインはいつもより少しだけ遅く起き、客室の窓からカルヴァースの町を見下ろす。港から大通りに至るまでの間に、沢山の町民が荷物や資材を運んだり、崩したりしていた。
「後片付けかな?是非頑張ってくれ」
あくせく働く町民に対し、腰に手を当てて偉そうな態度を取るナイン。聞かれない、聞こえてないが故の調子に乗った行動だ。だが同じ部屋にいる仲間達には、そんなアホな姿は隠せない。
「何してるんですか・・・?」
「・・・何でもないよ」
ナインの分のお茶を用意してくれていたルチルに、変な物を見るような目で声をかけられた。正直、メイやグレンにそのような態度を取られても何とも思わないが、ルチルにやられるとそれなりにダメージがある。
今更誤魔化しは効かないが、何のことだ?とでも言いたげな態度で流す事にしたナイン。その様子に空気を読んでくれたルチルは、「・・・そうですか」とだけ呟いて、お茶の用意を続けた。ちなみにメイとグレンは、ただただ呆れた表情を浮かべるだけで、今の一連の流れに何かを口にする事はなかった。
そうして何とも言えない微妙な空気が朝の空気と混ざり合っていると、唐突に扉をノックする音が響いた。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
扉の向こうから声が聞こえる。どうやら朝食を用意してくれたらしい。至れり尽くせりだ、と喜ぶナイン。だがそれと同時に、今の声は執事長のパウエルさんでは?と気付く。
パウエルさんは執事長。つまりこの領主館ではめちゃくちゃ偉く、そしてめちゃくちゃ忙しいはずである。だというのに、僕達の朝食をその執事長自らが運んできた。
(パウエルさん自ら・・・。面会に関して、伯爵からの伝言を持ってきたのかな?)
たぶん、状況的にそうだろう。とナインは考える。まあ、ただ単に執事長の手が空いていたからという可能性も無くはないが、解決したのが昨日の今日なので、その可能性は圧倒的に低いだろう。
「どーぞー」
「失礼致します」
メイが入室許可を出すと、パウエルさんが料理満載のワゴンを押して入室してくる。それから、2台のワゴンを押した侍女さんも続いてくる。合計3台だ。朝からとんでもない量の食事である。
パウエルさんと侍女さん2人が、テーブルの上に手際良く料理を並べていく。その際、食べ切れるかなぁ・・・という思いを込めて料理を凝視するナインの様子を見た侍女さんが、微笑みを浮かべながら一皿一皿丁寧に料理の説明をし始めたが、料理の内容が気になった訳では無い、とは口に出来なかった。
「我が主人より、皆様へ言伝を預かっております」
料理を並べ終わり、侍女さん達が退出すると、パウエルさんは「お食事の前ですが失礼します」と言って領主からの言葉を伝えてきた。
『改めてだが、今回は助かった。褒賞はしっかりと用意する。が、申し訳ないがあと3日程待ってほしい。待たせてしまってすまない。お詫びに、何か要望や欲しいものがあればパウエルに言ってくれ。出来る限り用意しよう』要約するとこういった内容だった。
「わかりました」
了承した、とグレンがパウエルさんへ答える。だがそこで「待って!」とナインが声を上げた。
「あの、送信機に付いていたBランクの無属性魔石なんですが、頂く事は出来ないでしょうか?」
領主からの言葉に、要望や欲しいものがあったら言ってくれとあった。だからこそ、ナインは魔道具に付いていた魔石が欲しいと口にした。あの時の魔石は、気付かぬ内に何か細工や加工がされていないとも限らなかったので、昨日のうちに領主へと渡している。よってナイン達の手元には無い。
すぐに領主が手放す事は無いとは思うが、何かに使用しないとも限らない。なので、先んじて欲しいと伝えておく事にした。
「かしこまりました。我が主人に伝えておきます。私見ですが、魔石についてはおそらく皆様にお渡しできるかと思います。特に何か問題があった、という話はございませんでしたので」
「あ、ありがとうございます!」
たぶん大丈夫だ、とパウエルさんが教えてくれた事に喜んだナインは、物凄くニコニコしながらついつい大きな声で感謝の言葉を口にした。
「いえ、その他にはございますか?」
ナインの感謝を優しげな微笑みで受け止めたパウエルさんは、他にも無いかと確認してきた。すると「あ、それでは私も」と次の要望を挙げたのはルチルだった。
「あの、ノースト大陸のクリアマリンまで船を出していただく事は出来ますか?」
ルチルの要望は、船だった。そんなルチルのお願いに、ナインはなるほどと納得すると共に、おお、ナイスだ!と喜んだ。
ルチルはノースト大陸にある、アクエリアスという国出身の冒険者だ。そのルチルがこのイース大陸にあるカルヴァースに来たのも、豊漁祭が目的だった。そんな豊漁祭も、参加は出来なかったが無事終了した。となればルチルとしても、もうここにいる意味はあまり無い。それに元々の予定では、祭りが終わればすぐに帰るつもりだったらしい。ただ帰ろうにも、色々あり過ぎた所為で船の手配は出来ていない。だからこその船なのだ。
ちなみに、今からノースト大陸行きの船の手配をしようとしても、かなり混み合っているため最低でも1ヶ月は待つ事になる。しかも料金が異様に高くなった上でだ。
ナイン達にしても、祭りが終わればノースト大陸に行くつもりだった。なのでこのルチルの要望は、まさに渡りに船である。
ルチルの要望を聞いたパウエルさんは、先程と同じように優しげな微笑みを浮かべると、任せろとばかりにしっかり頷く。
「かしこまりました。船につきましても、我が主人に必ずお伝えしましょう」
「すいません、お願いします・・・」
恐縮しきったような状態になりながらも、ルチルは再度お願いしていた。そうして、これで終わりかな?とナインが思っていると、隣に座る白髪幼女が元気いっぱいに手を挙げ出した。
全員が手を挙げた者へと、視線を向ける。パウエルさんは優しい感じの目を向けていたが、ナインを含めた仲間達は違う。
(また、空気の読まない変な事を言ったりしないよな?)
全員の頭の中には、これと同じような思いが浮かんでいた。だがそんな事には気付かない白髪幼女たるメイは、これまた元気いっぱいに要望を口にする。
「レッサーキマイラの解体をお願いします!」
飛び出した要望を聞いたナイン達は、(ああ、なるほど)と納得した。
魔物の解体と言えば、基本的には自分達で行うか冒険者ギルドに頼むかの2択だ。そしてレッサーキマイラに関しては、サイズがかなり大きい。なので解体する場合は、自力では無くギルドに頼むのが良い。だが、ナイン達はこの選択肢を選べなかった。それと言うのも、レッサーキマイラという存在自体が問題だった。
レッサーキマイラを含めたキマイラ種は、五大陸に生息する魔物ではない。ダンジョンにいたりもするが、基本は魔界を生息地とする魔物だ。言い換えれば、凄まじくレアなのだ。では、そんな魔物を冒険者ギルドに持って行ったらどうなるか?同じ冒険者に見られないようにしたとしても、上役には見られてしまう。そうなれば、間違い無く根掘り葉掘り聞かれてしまう。それは面倒臭い上にマズイ。そんな話を、昨日の内に仲間達と話し合っていた。
メイはそれを思い出したのだろう。だからこその解体依頼だ。だがナインだけは、メイのもう一つの思惑に気付いていた。彼女はこう考えているのだ。
解体してもらわないと、ナインとお揃いの防具が作れないじゃん。と。
私欲が透けて見えていたが、魔石も船も似たようなものかと考えたナインは、解体依頼について何も言う事は無かった。というのも現状では、ルチルしか持てない状態なため、いつまでも持っていてもらうのは申し訳ないからだ。
メイの要望を聞いたパウエルさんは、目線を下げて少しだけ考え込むような仕草を取る。その様子にもしやダメなのか?と皆が考える。それから数秒程で目線を戻したパウエルさんは、考えがまとまったのかナイン達に向け口を開く。
「かしこまりました。それではレッサーキマイラにつきましては後ほど、この領主館裏手にございます騎士用の訓練所にお持ち下さい。そちらに置いて頂けましたら、あとはこちらで解体をさせて頂きます」
そう言って、解体依頼を了承してくれた。けれどもそれはそれで、良いのか?と考えてしまうナイン達。気になったのか、グレンが代表として聞いてくれた。
「伯爵閣下に確認を取らなくても宜しいのですか?」
騎士用の訓練所使用から解体まで、全てパウエルさんが決めてしまった。故に、その辺の確認や承諾を領主に取らなくても大丈夫なのか?と気にしてしまう。あとで怒られたりは困るからだ。
グレンの言葉を聞いたパウエルさんは、右手を胸に当てると問題無いと答えた。
「解体や場所の使用につきましては、私の裁量で判断可能な範囲ですので問題ございません」
パウエルさんは、渋い見た目でニコリと温かな笑みを浮かべると、胸に当てた右手を口元まで持ち上げ、人差し指を立てる。そうしてまるで秘密だ、とでも言いたげなポーズを取ると、茶目っ気を含ませた声で呟いた。
「自分で何でもしてしまう、フットワークの軽い主が原因でほぼ使い道が無い権限です。ですので、どうぞお気になさらず」
チョコミントとチョコチップのアイスが好きです。
美味しいですよね。
次回は月曜日です。
それでは皆さん、良い週末を。