162 どちら様ですか?
「・・・ん?なんだ?何かいる?」
妙な感覚に、ナインはぱっと振り返る。見つめる先は、数ある独房の1つ。今いる上に向かう階段前から見て右奥、その2つ手前だ。
ナインの様子に、帰ろうとしていたメイが「どうしたの?」と声をかけてきた。
「いや・・・、なんか妙な気配を感じて。あそこの独房なんだけど・・・」
そう言ってナインは奥を指差した。指差したのだが、正直その場所から感じる気配がひどくあやふやなもので、自信が無い。何というか、薄いというよりボヤけているような感じだった。
ナインが指差す方向に視線を向けたメイ達は、集中して気配を探る。だが、すぐに首を傾げ始めた。
「・・・なんにも感じないよ?」
「俺も」
「私もです」
メイだけじゃなく、グレンとルチルも、独房の奥からは何の気配も感じる事は無かった。その事にナインは驚き、何度も気配を探って確かめる。
(凄いあやふやだけど、間違い無くあるぞ?何でだ?)
ナインの感覚では、間違い無く奥の独房から気配が感じられた。
「いや、いるぞ。・・・ちょっと確認しよう」
そう言ってメイ達を置き去りにし、ナインは気配がする独房へと歩を進める。後ろから「あ、待って」っと声が聞こえたが、待つ事はしなかった。気配の正体が、何故か気になったからだ。
(何だ?この感覚?何で気になる?)
自分でもよくわからない感覚を感じながら、目的の独房に向かうナイン。そうして、近くまで到着すると、そっと独房内へと顔を覗かせ、中を確認する。
一応、潜入時にみんなで全ての独房を調べているが、その時にはこんな気配は感じなかった。ましてや、人間と魔物の死体以外に、何かがいたなんてこともなかった。だからこそ変な感覚も理由ではあるが、余計に気になっていた。
(・・・何も、いない?ん?いや、いる、か?)
じっと目を凝らし、独房内を確認すると、部屋の隅の景色が、一瞬だけ歪んだ気がした。
「どう?気配しないけど、何かいた?」
追いついてきたメイが、そう言いながら独房内へと顔を覗かせる。同じように中を見るナインはメイ達に、部屋の隅の景色が、一瞬だけ歪んだように見えた事を話した。すると、メイが眉間に皺を寄せ、表情を真剣なものへと変える。そうして考え事に集中するためか、腕を組んで顎に手をやると、ぶつぶつと呟き始めた。
「ナインしか感じない気配・・・。景色が歪む・・・。うーん、まさか、ね。流石にそれは、うーん・・・」
何やら、答えらしきものが浮かんでそうな言葉が聞こえてくる。とりあえず予想でもいいと考えたナインは「何かわかったの?」と聞いてみた。
「え?ああ、わかったというか、何というか。とりあえず、危険じゃ無いから変に刺激しなければ近づいても大丈夫だよ」
「不安が残るようなこと言うなよ・・・」
「いや、普通に近づけば本当に大丈夫だから」
組んでいた腕を解いたメイが、そう言って独房隅への接近を許可してきた。ただし刺激するなという、忠告付きで。
ちょっとだけ怖くなったが、普通に近づく分には問題無いらしいので、ナインは意を決してゆっくりと独房内に入り、接近を試みる。
ジャリ、ジャリ、と独房の床を踏む音が響き、それに合わせて隅から感じる気配が動くのがわかった。
独房の外では、メイだけじゃなくグレンとルチルも、静かにしながら固唾を飲んで見守っている。
そうして妙な気配の側まで何事も無く近づく事に成功したナインは、そっとその場にしゃがみ込んだ。
(小さいな。20センチくらいか?)
近づいた事でわかったが、妙な気配はとても小さかった。そして、見えた訳では無いのだが、なんとなく部屋の隅で蹲っているような感じがした。
メイが言う通り、危険な感じはしない。なのでナインは、その見えない何かに対してゆっくりと右手を伸ばしてみた。
少しずつ、少しずつ、と近づけていくと、右手の指先が何か柔らかいものに触れた。その瞬間、何かはナインの魔力が少しだけ吸収した。そして閃光が辺りを埋め尽くした。
「・・・へ?」
訳がわからず、素っ頓狂な声を上げるナイン。
「うわぁ!?」
「は!?なんだ!?」
「なんですかこれ!?」
後ろにいたメイ達も、突然の閃光にそれぞれ声を上げる。
目が眩み、視界が真っ白に染まったナインは、閃光の直前に魔力を吸収された事を思い出し、今更ながら警戒しだす。
(くそ!刺激しなきゃ大丈夫って言ってたじゃん!もしかして、手を近づけたのがダメだったのか!?)
己の不用意な行動を後悔しながら、気配感知で閃光を発した何かの位置を確かめる。すると、どうやら遠くへ移動した様子はなく、それどころか、何故かナインの足元へと近づいてきていた。
(う、うわぁ・・・、近くにいるぅ・・・)
内心で情けない声を漏らしたナインは、瞼をぱちぱちと動かし、白んだ視界を戻そうと急ぐ。
「みゃー」
「ふぁ?」
未だ戻らぬ視界に焦っていると、突然足元から何やら可愛らしい声が聞こえてきた。予想外の事に上手く反応出来ず、再度素っ頓狂な声を出すナイン。
(あ!今なんか足に触れたぞ!なんだ!?)
脛の辺りを何かが擦るように触れた感触がし、さらにあわあわと慌て出す。発光は消えているが、強すぎた光量に未だ誰1人として視界が戻っていない。独房外からは「なんにも見えない!」、「なんだよ今の!?」と言った声が上がっていた。
(早く!早く!!ああ・・・、また触れたぁ・・・)
急げ急げ、とナインは瞬きを強める。徐々に視界が戻っていく中、また何かがすりすりと触れる感触が足元からやってくる。
そうして焦りながらも、視界の白みが粗方無くなったナインは、思い切って足元の何かに視線を向けた。
「・・・ん?」
視界の白みは消えた。だがそこには白があった。いや、いた。
「みゃー」
白い何か。それは子猫だった。全身を、白に金を混ぜたような色合いをした、小さな子猫だ。だが、しっかりと視界に捉えた今でも、この子猫からは何か不思議な気配がしていた。
ただの子猫にしか見えないが、気配は普通ではないその子に、ナインはどうしていいかわからず、とりあえず夜の挨拶を口にした。焦りは無くなったが、混乱はしたままだったようだ。
「あー・・・、こんばんは」
「みゃー!」
白金色の子猫は、ナインの挨拶に元気な声で答えたように見えた。
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次回は月曜日です。