153 グレンVSジャグラ3
本日の2話目です。
愛する息子を守るためならば、悪になる。
ラグナロクの強大な悪意は、ジャグラの愛を利用した。
そうして彼は、自ら悪になる事を選んだ。
己が本意では無い。他に認められる事は無い。彼が愛する者を守れる道は、ただそれしかなかった。
だから彼は、国に属し、魔人となっても仲間ではない。ただ守るために悪を成しているだけなのだ。その心の内に、恨みと怒りを募らせながら。
「そうか・・・。」
ただ一言、それしか言えなかった。
俺なら、どうすんだろうな・・・。
自分がジャグラと同じ立場に立った時、どうするだろうか、何を選べるだろうか。剣を下ろした隙だらけの体勢のまま、グレンは胸の内で考える。
だが答えは出ない。
俺には、選べるかわかんねぇな・・・。
愛する者を守りたい。その気持ちは凄くわかる。だがそれで悪になれるかどうかは、また別だ。自分だけ逃げてしまうかもしれない。無駄だとわかっていても反抗してしまうかもしれない。そこに、正解など存在しないのだろう。
だがよ・・・。
己が内で魔力を練り上げ、高めていく。
今の俺は、あいつの敵だ。・・・だから。
グレンの体から魔力が立ち昇り、圧力が増す。
「・・・俺は、あんたを斬るぜ。」
今の自分に、彼を助ける事は出来ない。彼の息子も助ける事は出来ない。すまないとは思う。
俺は俺のやるべき事をやる。
この町を守るために、悪を斬る。
グレンの決意の言葉に、ジャグラは悲しげな色を消した優しい笑みを浮かべた。
「ええ、それで構いませんよ。互いに譲れぬものがある。ならば、そこに妥協するなどと言う道は存在しません。戦うしかないのです。その結果、全てを失うとしても。」
自身の覚悟を示したジャグラは浮かべた笑みを消すと、曲刀と小盾を構えた。
「ああ、そうだな。」
答えたグレンは、魔力を練り上げ続けながら数歩後ろに下がり距離を取る。そしてゆっくりと炎剣を中段で構えた。
そうして2人は互いに武器を構えたまま見合い、攻撃のタイミングを見計らう。
10秒、20秒と経過し、グレンの準備が整った、その時。
「ぎゃあああああああぁーーーッ!!!!」
ホールの反対側。ルチルとリアンヌが戦う左側から、けたたましい絶叫が響き渡った。
「っ!?」
リアンヌの絶叫にジャグラがほんの一瞬、気を取られる。
今だ。
その隙を見逃さなかったグレンは即座に動き出した。
「フレイムエッジ!滅炎!!」
走り出しと同時に火炎魔法と炎剣のアビリティを使用する。
合わせろ!束ねろ!
炎の刃が炎剣と重なり、さらにその上から滅炎で発生した炎が覆う。
動き出したグレンに遅れ、ジャグラは先程までと同じく受け流しを狙った防御体勢を取る。
距離を半分詰めたタイミングで、グレンが吼えた。
「滅火紅大剣!!!」
技名によるイメージの補強を受け、炎剣の纏う炎がその姿をより正確なものへと変化していく。
幅60センチ、長さは3.5メートルにも及ぶ圧縮した炎で作られた巨大な剣が、炎剣と重なるようにして現れた。
「なにっ!?」
突如として現れた巨大な炎の剣に、感情も表情もほとんど変えなかったジャグラが驚愕する。
この技は、ナインとメイのマジックソードを見て思いついた。
魔力をイメージと魔力制御で剣の形にし、それを実体化させるという原理なのだが、グレンはそれを自身の滅炎でもいけるのでは?と考えた。
そうして滅炎を使用し、イメージと魔力制御で剣の形に変えた。結構な魔力と制御力、そして魔力を練り上げる時間が必要になったがなんとか形にはなり、幅45センチ、長さ2メートルと少しの炎の大剣が出来上がった。
だがグレンはそれで満足出来なかった。
もっとでかくしてえ。そう考えた彼は、滅炎だけでなく火炎魔法のフレイムエッジを合わせた。滅炎だけの時よりももっと多くの魔力と制御力と時間が必要にはなったが、出来上がりは彼の満足のいくものとなった。
ちなみに、魔力の練り上げに1分近くかかるので、ポンポン使えるような技にはならなかった。
必殺として使うなら何も問題は無え。
ジジジジッ。という空気が焼ける音を発する大剣を右上に構え、残り半分の距離を詰める。
「うるぁあああっ!!!」
そして全力で振り下ろした。
左上から迫る炎の巨大剣にジャグラは即座に反応する。
左手の小盾を当て、次に右手の曲刀を当てて受け流す。そうして体勢を乱されたところをカウンターで攻撃。サイズは大きく、炎を纏っているが、それでも剣だ。いつも通りに対応する。驚愕はしたが、すぐに冷静になったジャグラはそう考えた。
だがこの技に対して、受け流しや防御は悪手だ。
炎の巨大剣がジャグラの小盾に触れる。
ジジジジッ!!
「っな!?」
防御も受け流す事も出来ず、左手首ごと小盾が焼き斬られた。
「はぁああああ!!!」
炎の巨大剣は阻まれる事なくそのまま振り下ろされる。
「うぐぁっ!!!」
業物だったのかジャグラの曲刀は焼き斬られずに弾き飛ばされた。そして残った左腕を肩口から焼き切り、通り様に左足を大腿部で斬り落とした。
ただの火炎魔法だけであれば、ジャグラの盾でも触れる事が出来た。だがこの技には火炎魔法だけでなく、炎剣のアビリティである滅炎も使用されている。
滅炎はただの炎ではない。その名前が示す通り滅する炎であり、特性は高温だ。そんな滅炎を圧縮し、さらに温度を上げた炎の大剣をただの金属製の盾で防ぐ、そんな事など出来るわけがないのだ。
グレンは炎の巨大剣を振り下ろした体勢で止まり、ジャグラは左腕と左足を切り落とされ、ぐしゃりと後ろへ倒れ伏した。
炎剣に纏う炎の消し去り、すっと体勢を戻す。
「俺の勝ちだ。」
だから抵抗するな。と言外に伝える。
「ふ、ふっふっ・・・。お見事です。私の負け、ですね。」
残った右手を少しだけ持ち上げ、パタリと下ろすと力の無い笑い声を上げた。
そして見下ろすグレンへと視線を向ける。
「殺さ、ないのですか?」
殺してはくれないのですか?
途切れながら聞こえた言葉とは別に、そう言われた気がした。
「殺さねえよ、俺はな。あんたの身柄は領主に引き渡す。そこで洗いざらい情報を喋ってもらう。・・・その後に処刑されるだろうさ。」
「そう、ですか。わかりました。」
グレンの言葉に、どこか解放されたような表情を浮かべたジャグラはすんなりと了承した。
仰向けに倒れ、欠損と痛みで呼吸を荒くするジャグラは無理矢理に頭を動かすと、ナインとグラベルの戦いへと視線を向ける。
「・・・まだ終わって、いませんね。ですが、私達の負け、ですね。」
ほんの少し見ただけなのだが、ジャグラは自分たちラグナロクの負けを口にした。
「わかんのか?」
「ええ。才能の無かった、私ではありますが、強くなろうと、色々見て、きました。だからこそ、わかりますよ。グラベル殿は、負けますね。」
「なるほど。」
最近は新しい魔法なんかも増やしているが、ナインという男は技術や経験といった面が低く、普通に戦えばあまり強くない。だが、誰かの命がかかった時となれば話は別だ。
手足を吹っ飛ばされようが、体を抉られようが、立ち上がって向かってくるからな。
俺だったら絶対戦いたくねえなぁ。と戦うナインを見ながら、内心そう呟く。
「グレン・・・、と言いましたね。」
小さな声でいきなりジャグラに名を呼ばれ、驚きつつも何かあったかと倒れる彼を見る。
「ああ。」
左手足の欠損と、左半身に広がる重度の火傷により上手く再生できず、意識が絶え絶えになっているジャグラは、グレンの目を見ると無理矢理に口を開く。
「爆破信号の、送信機は、執務室です。本体に付いている、無属性魔石、これを取り外せば、送信機の機能は、完全に、停止します・・・。」
「なにっ!?」
名を呼んだ事に驚いていたグレンは、いきなり重要の情報にさらに驚きを大きくした。
信用、出来るか?くそ、いきなり言うなよ。参考にするくらいにしとくか?
信じ切れる訳では無いため、グレンは話半分で聞いておこうと決める。
「何で話した?」
「言った、では、ありませんか。私達の負け、ですよ、と・・・。」
「そうかい。」
自分の負けではなく、自分達の負けだから。
そうか、確かルチルの予想じゃ信号を送る魔道具は手動だったか。
魔人全員が負ければどのみち起動は出来ない。だから話したという事かと納得する。
そうして重要な事を伝え終えたジャグラは、意識を保つのに限界を迎え、すぅっと瞼を閉じる。普通の人間では無く魔人なので死んだ訳では無い。
そして気を失う直前、彼は一言だけ呟いた。
「・・・ダグラ、すまない。」
遠い、異国の地にいる息子に向けて、謝罪の言葉を口にする。その後、彼は完全に意識を失った。
昏倒するジャグラをグレンは苦い顔をして見下ろす。
こうして、この事件最後の戦いの2つ目が、終わりを迎えた。
だが、戦いを制したグレンの心に、勝利の喜びなど欠片も存在しなかった。
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また明日。