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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

真に愛されていたものは

作者: 猫宮蒼



 ロドリール伯爵家には二人の娘がいる。

 だがしかし、その事実は外部に知られていなかった。


 姉フィーナ、妹セレス。

 二人は双子であったので、その顔立ちはそっくりであった。

 ただ、姉フィーナの顔には生まれつき顔の半分を覆うような痣があり、それが原因でフィーナは外に出た事はなかった。

 使用人たちは皆口が堅く、それ故にフィーナの存在は本当に一切外に漏れる事がなかったのである。


 フィーナが外に出る事を許されているのは、基本的に来客の予定のない日限定で屋敷の中庭だけだ。決して外部の者にフィーナの存在を知られてはならぬ、とばかりに徹底されていた。


 同じ顔立ちなのに姉には醜い痣があって、外に一歩も出してもらえない。


 その事実を妹であるセレスはどう思ったのか。

 幼い頃はそれなりに心配していたように思う。けれど、両親は決してフィーナの事を口にしてはいけない、とセレスにもきつく言いつけていたので、そしてその雰囲気が異様とも思えるものであったので、セレスはその言いつけを守っていた。

 もし、あの時幼さ故のうっかりで姉の事を口から出していたらどうなっていただろうか、と考えた事がなかったわけではないが、そんな想像は今ではすっかり考える事すらしなくなってしまった。


 この国では後を継ぐのは必ずしも男でなければならない、という法はない。

 昔はそうだったらしいけれど、今となっては女性が後継者となる事に何ら問題はなくなった。

 だからこそ、両親はフィーナに侯爵家の後継ぎとしての教育を課した。


 ロクに外に出る事ができないフィーナは勉強漬けの日々を。

 対するセレスは後継者としての教育をされる事はなかったが、社交などの華々しい場には連れていかれた。

 余計な事さえ言わなければ両親からのお咎めもない。貴族令嬢としての常識と良識さえ持っていれば、ある程度自由に行動する事が許されていた。


 役割分担、と言えば聞こえはいいかもしれない。

 けれどもセレスはそんな現状からそう思った。


 将来はきっと私が後を継ぐのだろうと。

 いくら後継者としての教育をされていても、姉のあの顔では外に出る事などできっこない。

 だから、表向き私が女主人となって、人と関わる事は私が。それ以外の事は姉がやるのだろうと、セレスはいつからか本気でそう思うようになっていた。

 せめて一度でも親に確認していれば、もしかしたら未来は変わっていたかもしれない……


 しかしセレスは誰に確認するでもなくそう思い込み、いずれ伯爵家を真に継ぐのは自分なのだと信じ切っていた。

 信じているだけならいい。けれどもそういった態度が節々から出るようになってしまったのである。

 この国の法で成人とされる年齢に近づいていたのもあったのだろう。だからこそより伯爵家の女主人になるのだ、という思い込みは強まっていたのかもしれない。


 フィーナに対するセレスの態度は、この頃には姉というより召使のようであった。

 わざと廊下を汚し掃除を言いつけたり、気に入らない事があれば当たり散らす。

 本当なら他の使用人たちと同じ食事を与えたり、家事だって全部押し付けてやろうと思っていたのだけれど。しかしそれらは阻止された。他ならぬ両親によって。


 セレスは勿論こっぴどく叱られたが、反省はしなかった。だってどうせ、この女はもう外にマトモに出られないし、逃げる場所だってないのだ。自分のために面倒な仕事だけやって、そうして自分の顔色を窺って生きていくだけの存在なのに。勿論死なれては困るから生かしてはおくけれど、でもそれ以外は自分の好きにしたっていいじゃないの。

 そんな、傲慢と言うには行き過ぎているとしか思えない考えがセレスには根付いてしまっていた。

 母が諫めようと、父が叱ろうとセレスはどこ吹く風であったのだ。


 だって今更フィーナを外に出したとして、どうなるというの?

 顔にある醜い痣のせいで社交に出向いたってロクな交流なんてできっこないわ。

 それに――そもそも高名な魔法使いでさえ、姉の顔の痣を治す事はできなかったのだから、姉が日の当たる場所へ出る事などあるはずがない。


 昔に比べて魔法という力はそれなりに発展してきたけれど、しかしその力は決して全能でも万能でもない。日常に魔法の力を込められた道具が増えてきても、奇跡のような力はまだまだ気軽に行使される事などないのだ。


 もし姉の顔の痣が綺麗になくなっていたならば、きっとセレスも諦めて受け入れるかもっと焦るかしていただろう。けれども姉の顔には見慣れてしまった自分ですらたまに目をそむけたくなるような痣が広がっているのだ。

 顔を仮面で隠して社交の場に出る? それが通用する事も確かにあるかもしれない。仮面舞踏会だとかの催しもあるのだから。

 けれど、国の、王家主催のものならば、顔を晒さないわけにもいかない。

 結局のところ、そういった催しに出るのはセレスだろうし、姉が公の場に出るなどあるはずがないのだ。


 もし痣がなければ。

 セレスはきっとどこかの貴族の家に嫁入りするのが決まっただろうし、そのための婚約者を探していただろう。けれどもセレスには未だ婚約者がいない。両親は探す必要などないと言っていた。

 それもあって、自分は、自分こそがこの家の女主人となるのだろうという考えは間違いじゃないのだと思うようになっていたのだ。

 だって嫁に行けばこの家はどうなる? フィーナが家を継ぐとしても、あの顔で社交に出られるはずがない。そもそも、領地経営に関する事だとか色々と学んではいるけれど、社交に関してはからっきしなのだ。人脈も何も作らずに、伯爵家の女主人としてやっていけるなどあるはずがない。


 痣がなければ。

 姉こそが跡継ぎなのだと受け入れただろう。

 けれどもそうではない。女主人とは名ばかりの姉。けれど、華々しく社交の場に出る自分だって、真の主人とは言い難い。


 二人で家を支えていけ、という事なのかしら……いやだわ、それじゃあ婿はどうするのかしら。

 セレスはそんな風に思った事もあって何度か両親に話をしてみたけれど、お前が心配する事ではない、と言われその件に関してセレスには一切の情報が入ってこなかった。


 人前に出るからこそ、セレスはその美貌を翳らせるような事はしてはならない、とばかりに磨かれた。美容に良いと言われる食べ物、美容効果が高いとされる美容品の数々。社交の場に出る事もあってダンスに関しては姉以上に厳しくされていたけれど、けれどセレスはそれを不満に思わなかった。


 頭のてっぺんから爪先までピカピカに磨かれて、髪だって一つの傷みもない。自分の姿を鏡で見た後、姉を見るとその落差が激しい。ただでさえ痣のせいで見れたものではないのに、髪はボサボサだし爪だってマトモに手入れされていないからガタガタのボロボロ。肌だって、なんだかくすんで見える。


 顔立ちは同じだというのに、手をかける事でこうも差が出るのかとセレスはより姉を嫌悪するようになっていた。


 目ざわりだから、私の視界に入らないでちょうだい!


 そんな風に言った事だってある。

 とはいえ、姉は自分からセレスに関わりに来る事はない。自分さえ足を運ばなければ、姿を見る事はほとんどなかった。

 セレスが姉の元に行くのなんて社交の場でちょっと嫌なことがあった時に、姉を相手に八つ当たりをするくらいである。


 表向きセレスは人当たりの良い令嬢として振舞っているので、たとえ身分が下だろうとよその令嬢相手に当たり散らかすわけにもいかない。

 だからこそ、人前に出る事を許されていない姉はセレスにとって都合の良い八つ当たり相手でもあったのである。

 とはいえ、やはりその八つ当たりで大怪我をするだとか最悪死なれてしまえば困るのはセレスなので、精々ちょっと引っ叩いたり暴言を吐き散らかすのが関の山だったけれど。


 姉は、抵抗しなかった。


 だから余計に何をしてもいいと思ってしまったのかもしれない。


 両親が諫めても、二人の目を盗んで姉をちくちくいびるのはセレスにとって一種の娯楽になっていたのである。



 さて、そんな風に自分こそがいずれは伯爵家を継ぐのだと思っていたセレスに、両親からこの家に婿に入ってくれる人が決まったと知らされた。


 カルディナス子爵家の三男。


 最初、それだけを聞いてもピンとこなかったけれど少し遅れて思い出す。


 確かそれなりに容姿端麗だという事で噂になっていた青年だ。頭脳明晰でもあるらしく、少し前まで隣国の魔法学校に留学していたのだとか。

 留学を終えて帰ってきて、一時期その容姿で噂になっていたのだった。


 だが、本人が優秀だとしても家が子爵家、という事で、婿入りするにしても家格が合わない……という家や、とっくに婚約者を決めてしまった家などが多く彼自身このまま結婚をせずに仕官でもするのではないか、と噂になっていたはずだ。


 セレスも一度、彼を見た事がある。とはいえ社交の場にて、遠目にちょっとだけではあるが。


 しかし、遠目でちらっと見た程度でも確かに彼の見た目は良かった事を覚えている。

 あれで身分が伯爵あたりであったなら、きっと引く手あまただっただろうに。高位貴族の令嬢たちはさっさと婚約者を決めてしまっていたので今から彼と縁を結ぼうにも手遅れが過ぎるし、低位貴族の家は婿に来てもらっても継げるものがあるでもない家などは逆に来られても困る事もある。低位貴族であっても婿を迎える家なども、高位貴族の令嬢たち同様とっくに婚約者が決まっているのだ。


 留学に行かなければ、もしかしたらどこかの家で婿入りを望まれていたかもしれない。

 けれど、留学しなければ彼の優秀さは知られる事などなかったのだろう。


 結果として我が家に婿入りが決まったというのだから縁というのはなんとも複雑なものである。


 だが、彼が夫となるのであればセレスだって文句はない。

 面倒な事は全て引き受けてくれる姉、素敵な旦那様、自分は今までと変わらず社交の場で華々しく輝いていればいい。なんて素敵な人生だろうか。


 そう思ったセレスは早速未来の夫となる相手と交流を深めたい、と両親に伝えたが両親は訝し気な表情を浮かべた後、


「この件についてお前が関与する事はない。余計な事はするな」


 そう、言われてしまったのである。


「でも」

「でも、ではない。彼が婿入りする相手はこの家の女主人だ。この家の後継者は」

「だったら! 私はどうなるのです!?」


 セレスは思わず声を荒げていた。令嬢としてははしたないと思われても、それでもここで物分かりのよい振りをして立ち去るわけにはいかないと思ったのだ。


 あの姉と結婚するのだとして。

 では、自分は?

 どうして未だに婚約者もいないのか。

 自分を表向き女主人とするためではないのか。


 彼は、自分の夫になる相手ではないのか。


「どうなるも何も。とにかくお前が気にする事ではない」

「ですが……っ」


「セレス」


 なおも言い募ろうとしたが、しかしそれは止められてしまった。

 母の優しくも有無を言わさぬ迫力のある声。それはよく姉を虐げてやり過ぎた時に叱られる時の声と同じだった。思わずピクリと身体が跳ねる。


「貴方がそれを気にする必要はないのです。この家の事は何一つ。

 ……今、お茶を淹れてあげましょう。気持ちが落ち着く香草茶が手に入ったのよ」


 てっきり叱られると思っていたが、それとは逆で自分の事を案じているような声音にセレスは無意識のうちに息を吐いた。

 貴方の好きなお菓子も用意しましょうね、なんて言われてしまえば、セレスはそれ以上深く聞く事などできなかった。更にこれ以上その話をしようとすれば、間違いなく今度こそこっぴどく叱られるのが目に見えている。


 とはいえ、自分の将来が心配なのは当然で。

 姉が後継者として父から色々と教わっているのは知っている。自分はそれに一切関与していない事もわかっている。

 だが、外――社交の場やロドリール家と親しくしている家との交流といったものに関しては全てセレスが担ってきた。姉が伯爵家を継いだからとて、すぐさま自分はお役御免というわけではないだろう。

 自分こそが姉の影武者のように外での活動をするにしても、家から外に出ない姉のかわりに難しい話をするような状況になればすぐさまぼろがでるのは言うまでもない。

 実際そういった家同士のやりとりが絡む場合、セレスはそういった場に居合わせる事がないようにとされていた。


 彼が、姉と結婚するとしても。

 では、自分は?

 それ以前に、姉の存在は外に一切漏らしていないのだ。

 彼が結婚する相手だと思っているのは、やはり自分ではないのか……?


 考えなくてもいい、と言われてもやはりこれからの自分の事を考えるととても不安になる。

 そのたびセレスは母の所へ足を運び、どうにか話を聞いてもらおうとした。

 父に言えばまた言葉きつめに黙れと言われて終わるのではと思ったから。


 母はセレスが不安そうにしているたびに、気持ちを安らげるためにとお茶を淹れてくれて、セレスの好きな菓子も出してくれた。


 この先の事なんて貴方が心配する事は何一つだってないのよ。

 貴方が家の事を考える必要はないの。

 貴方は何も気にせず普段通り、社交で色んな人との交流をしていればいい。


 貴方は今まで通りでいいの。


 貴方の好きなドレスを仕立てましょう。宝石も用意しましょう。

 他に何が必要かしら?


 宥めるように優しい声で言われるそれらは、冷静に考えればただの一時凌ぎでしかないものだ。

 けれどもセレスは胸の中にあった不安などコロッと忘れたかのように笑顔を浮かべるのであった。


 もし姉が本当に結婚するのだとして。

 だとしたら自分はどうなるのか。その答えはわからないまま。

 てっきり家を追い出されてしまうのではないか。そんな風にも考えていたのだ。

 けれども、今まで通りでいいという母の優しい声に。

 この先もずっと、そういう生活ができるのだと思ってしまえば。


 完全に不安がなくなったわけではないけれど、それでもセレスは安堵していたのだ。

 このまま、自分は好きなように外に出て社交を楽しみ綺麗なドレスに宝石で着飾って、美味しい物を食べて好きなように生活できる。

 今後が不透明であろうとも、そこが約束されているなら酷い事にはならないだろうと信じて。


 けれども、それでも不安になる時はある。

 そういう時は姉の所へ行って当たり散らすのだ。

 姉は決して抵抗しない。だから、好きなように思った事を口にできる。決して言い返してこないのだから、一方的に好きなだけ。

 暴力だって時として振るった。姉は次期女主人として仕事さえできれば問題はない。だから生活に支障が出る程の怪我を負わせるわけにはいかないが、そうでなければ、支障が出ない範囲であれば叩こうと蹴ろうとも構わない。セレスは本気でそう思っていた。

 最初の頃は諫めていた両親も、この頃には加減を覚えたセレスに何も言わなくなっていた。それもあって、気に入らない事があればセレスはせっせと姉の所へ足を運んでいたのである。

 抵抗しない姉。言い返してこない姉。逃げたくても決して外に出る事が許されていないから、逃げられない姉。

 気付けばそんな姉を虐げる事に愉しみさえ見出していた。


 あぁ、なんて可哀そうなお姉さま! 私と違って自由なんて一つもない不自由な生活をして、これから先もずっとこの家に囚われたままだなんて!!


 姉を甚振る事をやりすぎれば両親からは勿論叱られたりもするのだけれど、それでもそれはあくまでもやりすぎた事に対して言われるだけで、決して姉を虐げている事に対してではないというのもセレスにとって姉が囚われていると思える理由の一つだ。

 やりすぎなければ問題はない。そう、やりすぎなければ姉の事を罵ろうとも暴力を振るおうとも、何も問題はないのだ。



 セレスは気付かなかった。

 そんな風に姉を虐げる事に愉しみを見出している妹を見る姉の目が、どんなものであったかを。




 ――可哀そうな子。

 それが、フィーナがセレスに抱く感情であった。


 幼い頃は羨ましいと思っていた。

 醜い痣のある自分と違って綺麗な顔の妹は、自由に外へ出る事が許された。

 母が友人の家に行く時に、同年代の子がいるからとセレスを連れて自分を置いて行った時、どうして自分だけがと思った事もあった。


 けれども。


 ある程度物心がついてから両親に聞かされた昔話のような伝承を聞かされてからは、フィーナはセレスの事を羨ましいとは思わなくなっていた。


 それなりに魔法が生活に根付いているからこそ、そういった道具も手に入れようと思えば手に入る。

 セレスの身につけている装飾品の中には、周囲の音を録音する物もあった。

 セレスは気付いていない。家に帰ってきて、ドレスを脱ぎ捨て装飾品を外した後で、その道具からセレスが外で話した内容全てをフィーナが聞いている事を。


 どこで誰とどんな会話をしたか、というのをフィーナは全て聞いていた。


 こんな盗み聞きのような真似……と最初の頃は抵抗があったが両親にお前には知る義務があると言われてしまえば聞かないわけにもいかない。

 だから、外でセレスが誰とどんな話をしたか、フィーナは全て聞いていた。

 恐らくはもうセレスが言った事すら忘れてしまっているような些細な内容でも、フィーナは覚えている。

 いずれこの伯爵家の後継者となるのだから、憶えておいて損はない、と言われたからだ。


 外での華々しい社交。

 もし自分がそこにいたとして、果たしてセレスのように自分は振舞えるだろうか。

 そんな風に思う事もあった。


 フィーナが学んでいるのは後継者として必要なもので、セレスからすれば面倒な勉強のようなものばかりだと思われているが、実のところそうではない。

 セレスがいない時に、フィーナはダンスなどの社交において必要なものも叩きこまれていた。

 セレスと比べて見栄えはよろしくないけれど、それでも踊る事はできる。セレスが社交の場で踊る姿を見ている母からすると、まだちょっと足りない部分はあるけれど、けれどもそういうのは堂々としてさえいればどうにでもなると言われ、ひたすらに何度も踊らされて。

 足がくたくたになっても母はセレスがいない時にしか出来ない事に関しては妥協を許してくれなかった。時間は限られているのだから。


 セレスと関わる事はしなかったが、彼女は外で何か嫌な事があるとよくこちらに出向くようになった。そうして一方的に罵ったりして、時として暴力を振るうのだ。

 けれども決してセレスに反撃してはならないと両親から言われていたフィーナはその言葉通り抵抗せずされるがままになっていた。最初の頃は手加減すらできなかったセレスに、マトモに動くだけでも痛いくらいの怪我をさせられてしまったけれど、セレスがいない時に両親が手配した教会からの治療術士が来てくれた事であっという間にその怪我も治った。


 両親にとってフィーナは死なれては困る大切な跡取りだ。

 それをフィーナも理解している。

 だからこそ、やりすぎた場合に関してのみ両親はセレスをきつく叱っている。

 最初から関わらないようにしていれば、セレスだって叱られる事もないだろうに、それでもセレスは懲りずに何度も現れた。

 何を言われても、フィーナの心には響かない。何故なら終わりが見えているから。

 そしてその終わりが自分にとって理不尽なものでないと知っている。不自由な生活はじきに終わると知っている。

 期間限定なのだ。この生活は。

 自分の婚約者も決まり、この生活もそろそろ終わろうとしているとフィーナは感じ取っていた。


 セレスは、あの哀れな妹は、自分こそが姉よりも優位なのだと知らしめるように姉を扱き下ろしていくけれど、最近は更にその頻度が上がっていった。無理もない。

 あれは自分がこの家の女伯爵となると信じている。そんなわけないのに。

 実際後継者としての教育など何もされていないのに、何故そう思っているのだろう。

 父も母も、確かにセレスに対して優しくはあるかもしれない。けれども両親は貴族なのだ。家を潰すような真似をするはずがない。代々続いてきたロドリール家をこんな所で潰すような真似、するはずがないのだ。

 セレスは面倒な執務は姉がやって自分は外に出向く華々しい部分だけ担当して、表向き自分こそがこの家の主となるのだと思っている節があるが、そんなはずがないとどうして気付けないのだろう。


 やはりマトモな教育を受けていないからだろうか。


 外に出て人と関わるために最低限の礼儀作法こそ叩き込まれているけれど、それだけでやっていけるはずがないというのに。

 それに、婚約者の事を考えればわかるはずなのだ。

 彼とセレスが結婚するわけではない。あくまでもこの家を継ぐフィーナの夫となる相手だ。

 けれども何を勘違いしたのか、将来の夫となる相手と交流を深めたいなんて言ったらしいし、やはり理解できていないのかもしれない。なんて可哀そうなセレス。


 もっと自分の立場を理解していれば。

 そうでなくとも書庫にある本をある程度読んでさえいたならば。

 彼女にも未来はあっただろうに。


 薄々自分の未来がない事を、セレスは悟っていたのかもしれない。よく母に不安を吐き出すようになっていた。そのたび母は宥めるように気持ちの安らぐ香草茶を淹れていたけれど、それもあって母が淹れたお茶をセレスは疑う事もなく飲み干したのだろう。


「フィーナ、準備ができたわ」

「わかりました、今いきます」


 だから、そのお茶に眠り薬が入っていたとしても、何も疑問に思わなかった。



 元々いくつかの国では昔から双子は縁起が悪いとされてきた。

 とはいえ、それらの多くは今では迷信とされている。

 だが、それはあくまでも『普通の』双子の話であって本当に不吉とされているものもある。


 それが、双子の片方に醜い痣がある場合だ。


 かつては痣のある方こそが不吉の象徴とされていて、産まれてすぐに間引かれたりもしていたらしい。

 だが、そんな双子が王家に生まれた時、すぐに痣のある子を殺す事ができなかった。

 伝承として伝わっている話では、当時は周辺の国との戦争などがあったせいで、いつどこで誰が死んでもおかしくない状況だったのだ。

 だからこそ、痣があって不吉の象徴とされていてもすぐに殺せなかった。痣のない王子の影武者として育てようと思ったのかもしれないし、もしくは王子が成人してなお子が産まれる事がなければかわりにそちらから……という言い方は悪いが種馬のような役目を持たせていたのかもしれない。ともあれ、痣のある王子は堂々と顔を晒す事は許されなかったが生き延びる事を許された。


 痣のない王子は傲慢な性格で、褒められるのは見た目だけであったらしい。

 対する痣のある王子は穏やかで謙虚な性格で、また勤勉であり文武両道であったのだとか。

 人望が地の底だった王子は痣のある片割れを酷く憎み、どうにかして追い落とそうと考えていたようだがその企みは失敗に終わり、そのせいで危うく国すら危機に陥れるところだった。だがそれを痣王子は無事に収めてみせたのだ。


 痣王子を早々に殺していたら果たして国はどうなっていた事やら……といった事もあって、痣がある者が必ずしも不吉の象徴ではないのだ、と少しずつではあるが認識に変化が訪れた。

 そうして他にも生まれた双子の中から痣が出た者と痣のない者とを育てていくうちに、痣のない者こそが実のところ厄介なことを引き起こしている事が多い傾向にあった、という結果が出たらしい。

 家を一つ傾かせる程度であればまだしも、場合によっては死ななくてもよかった者が出る始末。


 そういった話が多く集まるようになった結果、片方に痣が出た双子の片割れは、悪魔が乗り移っていると囁かれるようになってしまった。実際本当に悪魔かどうかは証明のしようがないけれど、しかしその多くが周囲を滅亡に導くような事をしでかしていたのだ。悪魔やその使いが乗り移っていると言われる程に。


 悪魔は双子の綺麗な方に宿り、本来の身体の持ち主を醜い身体へと追いやる。


 そうして本来の持ち主を蔑んでその立場を乗っ取るようにして、周囲に不幸をまき散らす。


 悪魔を好き勝手のさばらせておけば、周囲にも被害は及ぶ。

 いつしか、痣がある双子が生まれた場合はその事実を伏せ、そっと教会に連絡を取る事が当たり前となってしまった。

 何せ教会には代々伝わる奇跡の御業がある。


 悪魔はあえて綺麗な身体を乗っ取って、もう一つに醜い痣を発生させ本来の持ち主をそこに追いやる。そう信じられてきたし、実際色々とやらかしている。その中身が本当は悪魔じゃなかったとしても。


 本来は、一人だけで生まれるはずだった子。痣がある双子はそうも噂されている。

 そこに悪魔が割り込んできているのだとも。


 だからまず、そういった双子が生まれた場合、本来つけるはずだった名を分割する。

 そして、悪魔ではない方には分割した名を更に少し変えてつけておく。

 そうする事で完全に魂を掌握される事がないように、というものらしい。

 この国から随分離れた国では、名は魂を縛るものとされていて、魔の者に真の名を知られてしまえば魂を掌握される事にも繋がるのだ、という伝承がある。恐らくはそれと同じものなのだろう。


 本来フィーナはセレスティーナと名付けられるはずだった。

 けれども痣を持って生まれてしまったが故に、名を二つに分けられた。

 何故名を分けるのか。これについては奇跡の御業でもある魂の入れ替えをスムーズに行うためだ。


 本来の器の持ち主へと魂を返す術、と言われているが真相は不明だ。もしかしたら何の関係もない人間の魂を入れ替える事だって可能なのかもしれない。とはいえ、教会もその秘術をそうポンポン乱用する事はない。下手な事をすればいずれ神の怒りに触れると信じているので。


 少なくとも現時点で、痣のある身体から痣のない身体へ魂を入れ替えても神罰のようなものは起きていない。それだけは確かだった。


 本来の子と悪魔とで名を分けて繋がりを少しだけ作り、その繋がりをパイプにして魂を入れ替える。

 そうする事で、痣のある身体に悪魔が、痣のない身体に本来宿るはずだとされている者が。

 悪魔は大抵その身体が成人を迎えるころになってから本性を現し始め、周囲に破滅を振りまく事が多いと言われているため、その前に本来の姿に戻す事になっていた。

 あまりにも早い段階で戻そうとすれば、何かを察知した悪魔はその身体を容赦なく傷つける傾向にあった。だからこそ、幼い頃はひたすらに優しく接し、ある程度好きな事をさせておく。大抵は美味しいご飯や綺麗な物に囲まれて甘やかされていれば満足している事が多いので、対処としては楽だった。



 それに、セレスティーナの場合は悪魔に本来の身体を奪われている状況でもあるけれど、その身体を大切にしておけば悪魔もまた無駄に傷つける真似はしない。

 元の姿に戻るまでの間、悪魔はその身体の番人でもあると言えた。


 だからこそ、フィーナはひたすらに家から出ないまま知識だけを貪欲に求め、食事などは最低限だった。生きていくのに必要最低限。ダンスなどは踊り方さえ学べば後は元の身体に戻ってからが本番だ。まぁ、体力も何もあったものではないので踊り方を覚えるまでも相当にハードではあったけれど。


 暴言はともかく暴力をそのまま抵抗せず受け入れていたのだって、無駄に傷をつけないようにとの事からだ。決して姉を軽んじて妹を優遇していたわけではない。むしろこの場合、優遇されているのはどこまでも姉である立場のフィーナであった。

 下手に抵抗して、もしそのままセレスが倒れ込んで当たり所が悪ければ。最悪そこでその身体は死んでしまうかもしれない。そうなれば、フィーナは本来自分の身体であるそこに戻る事ができなくなってしまう。


 ここ最近フィーナの身体は怪我をしてもそのままにしておく事が多かった。それというのも今日という日が近づいていたからに他ならない。

 フィーナは本来の自分ともいえるセレスティーナに、セレスだったはずの妹はフィーナの身体に。

 ロクな体力もなく、怪我もしている身体に入ったとして、そこで悪魔が暴れてもすぐに抑え込める。だからこそ、フィーナとしての身体はここ最近本当にギリギリの状態を保っていた。



 奇跡の御業。教会の秘術。

 それによって本来こうあるべきだった、と言われている身体に戻ったセレスティーナは、まず身体の軽さに驚いた。体重、という意味ではどちらかといえばフィーナの身体の方が軽いだろう。けれどもあちらは常に疲労感たっぷりで、ついでに言うなら妹からの暴力による怪我もしていた。だるさ、倦怠感、頭痛肩こり、そういったものがずっと存在していたのだ。

 だが、この身体にそういったものはない。健康な身体とはこうも違うものなのか……! とセレスティーナはいっそ感動すら覚えた程だ。


 眠り薬で眠ったままのセレス……いや、今はフィーナか、彼女は相変わらず眠っていて、目覚める気配もない。


 その隙に、と使用人たちが彼女を拘束して小さな檻の中へといれた。檻は男性二人で抱え上げればまぁ運べない事もない、くらいの大きさである。その中に人が入っていても、力自慢の男性ならば余裕で運べるだろう。


「おかえりなさいセレスティーナ。ようやく、ようやく本来あるべき姿に戻れたのね」

「お母様……」

 泣きそうになるのを堪えた母が、セレスティーナを抱きしめる。

 姿かたちはほとんど同じであっても中身は悪魔とされる妹の事をひたすらに甘やかしていたとはいえ、お菓子ばかりを与えるだとかはしていなかった。いずれ、彼女は外に出て女伯爵として社交の場にも出なければならない身。美容と健康面に関しては特に気を付けていた。

 これなら、外に出ても何も問題はないだろう。


「ようやく婚約者とも顔合わせができるな」

「お父様」


 確かに決まってから直接顔を合わせた事はないけれど、それにしたって気が早くはないだろうか。セレスティーナからすればそうも思えたが、父はむしろ遅いくらいだとのたまった。

 ……そう、かもしれないわ。少し考えてセレスティーナも納得した。早いところはもっと早い段階で婚約を決めているところもあるし、そういった家と比べると確かに遅い方かもしれない。


 儀式は無事に完遂した、と家の者にも伝えられ、ここでようやく使用人たちも安堵し笑顔を見せた。


 痣のある双子の伝承は古くから伝わっている。だからこそ、使用人たちも不必要な事は一切外に漏らさなかったのだ。今までは妹でもあったセレスに傅いていたけれど、それも今日で終わる。

 大半嫌な事があれば姉であるフィーナへ八つ当たりをしていたセレスであったが、時として使用人に当たる事もあったのだ。それもあってセレスは実のところ家の者にそこまで好かれてはいなかった。

 ただ、心にもない賛辞であろうとも褒め称えれば満足していたのでそこまで酷い目に遭わされた者はいない、それだけの話である。


「……ん、ん? あれ?」


 周囲でセレスティーナを囲みおめでとうございますと祝福されている中で、ようやく眠り薬の効果が切れたのか妹が目を開ける。何が起きたかわかっていないようだ。身体を交換するためにセレスティーナも眠り薬を飲んでいたが、先に飲んでいた妹より少なめに飲んだつもりがもしかしたら多かったのかもしれない。


「えっ、何よこれ!? お父様!? お母様!? 一体何が!?」

 慌てたように身を起こそうとしたものの、しかし檻は小さく身体を折りたたんで座れるくらいの広さしかない。立ち上がる事など不可能だった。


「気安く父だなどと呼ばないでもらおうか」

 父が今まで向けた事のないような冷ややかな眼差しを向けた事で、彼女の肩が跳ねる。露骨な悪意に晒された事のない身には、思った以上の恐怖だったらしい。

「えぇ、ようやく本来の娘がかえってきたところなの。折角のお祝いムードに水を差さないでもらいたいわ」

「お母様……?」

 同じく冷ややかな目を向けられて、信じられない物を見るような、どこか縋るような眼差しを二人へ向けるも二人の態度が変わる事はない。


「全く……悪魔め、今までよくも好き勝手してくれたものだな」

「え……?」

 事情を把握できていない妹は、悪魔と父に言われ何が何だかわからないといった顔をしていた。

 そして少し遅れて近くにいた自分と同じ顔をした女を見て、

「――っ!?」

 咄嗟に自らの顔を触る。触ったところで何がわかるのだろうか、という話だがしかしそれでも彼女は何かを確かめるようにひたすらに触っていた。


「え、え、どういう事!? どうして……!?」


 何が何だかわからなかった。両親の傍にいる女の顔は何度も鏡で見た見慣れたものだ。


「どうしてそこに私がいるの!? 私はセレスなのに!? どうして!?」


 触ったくらいじゃ痣があるかはわからない。

 けれども、肌の手触りが圧倒的に違う。セレスの肌はこんな風にカサついていない。いや、姉を叩いた時、確かこんな感触だったかもしれない。そう思うと尚の事混乱してくる。


「我が娘を気安く呼ぶんじゃない。ここにいるのは最愛の我が娘、セレスティーナだ」


 父の言葉に。

 セレスは「え……?」と聞き返すので精一杯だった。


 そこにいるのがセレスであるのは間違いない。けれども、セレスティーナだなんて自分は一度も呼ばれた事がない。知らないうちに実はもう一人姉か妹がいたのだろうか、なんて思ってしまった。


 そんな、何が何だかわけがわからないといった表情をしている妹を、セレスティーナはいつも通りの目をして眺めていた。

 可哀そうな妹。

 貴方は姉が逃げ場もない袋の鼠だとさながら玩具のように甚振って遊んでいたけれど、どうしてその身体にいた時の自分が抵抗しなかったのかを考えなかったのだろうか。

 抵抗することを駄目だと言われていたから? そうではない。いずれその身体は妹のものになるとわかっているのだから、その妹が甚振っているのをわざわざ止めてやる必要がないからに過ぎない。


 もし。

 もし妹がもうちょっと人の心を持ち合わせていたならば。


 姉だけが外に出る事を許されず勉強漬けの日々を過ごしている事にもうちょっとだけ疑問を持っていたならば。

 それどころか、姉の存在を決して外に漏らしてはならない、という部分をもっと疑問に思っていれば。


 教えてくれる人が果たしていたかはわからない。

 けれども書斎には伝承に纏わる話がこれでもかと載せられた本だって複数あったし、知る機会はあったはずなのだ。

 そうすれば、それを読みさえしていれば、妹は決して自分は両親から溺愛されているわけではない、と気付けたはずだ。それどころか悪魔だと思われていると知れたはずだ。


 セレスティーナから見て、妹が本当に悪魔であったかどうかはわからない。

 どちらかといえばただ考えの足りていない子供にしか思えなかった。最低限の教育はされていても、あくまでもそれは外で迷惑をかけない程度の本当に最低限。

 傍から見れば甘やかされているとしか思えないだろう。

 けれども悪魔だと信じられている相手に余計な知識を与えようと両親がしていなかったのは確かだ。


 妹の外で交流した相手との会話を魔法道具で録音し、それらを聞かせていたのは自分がセレスティーナになって外に出た時、誰とどういう会話をしていたかさえわからなければ不審がられるため。


 余計な事さえしなければ両親は妹の行動に制限をかけなかったから、不自由な姉と対比してなおの事自分は自由を許されていると思っていたのだろう。


 悪魔ではなかったとしても。

 しかしもう手遅れなのだ。

 何故なら妹が姉を虐げていた事実は決して消える事がない。

 ストレス解消のための道具のように悪しざまに罵り、暴力を振るうその姿を誰も美しいとは言わないしむしろ醜悪さを証明したに過ぎない。


 そもそも妹には姉と関わらないように、と言いつけられていた。姉にも同じく。

 姉は自分から妹のところに足を運ぶ事はなかったが、妹はわざわざ嫌がらせのためだけに何度だって足を運んでいた。両親の目の前で堂々とはやらなかったけれど、家には使用人たちだっている。人の目が決してないわけではないので、今までの妹の行いは全て筒抜けであった。


 その行いが、妹が悪魔だと両親に思わせるものだと気づかずに。


 いくら教育が最低限のものであったとしても、人としてやっていい事と悪い事の区別くらいは教わっていた。その上で関わらないようにしてあった姉に積極的に嫌がらせを行っていたのだから、今更自分は悪魔ではないと言ったところで信用などされないだろう。


 現に今、セレスティーナの両親はその事実を突きつけて、妹は必死に違うそんなつもりじゃ……! と首を振って否定している。


 どちらにしても妹は、もうロドリール家の人間ではない。

 元々、ロドリール家の娘はただ一人、セレスティーナだけだ。

 母が出産した際、そのように届けてある。

 双子、それも片方に痣がある、という時点で両親は早々に然るべき機関に連絡をしていた。

 フィーナの存在を外に出そうとしなかったのは、つまりそういう事。


 いずれ来たるべき時がやってきた時点で、フィーナの処遇が決まっていたからだ。


 ロドリール家の娘はセレスティーナだけで、フィーナという人間は存在しない。

 もし本当に妹が悪魔で再びセレスティーナの身体を乗っ取ろうとしたとしても、今までは名を分けた状態であったが今は異なる。

 今までセレスと呼ばれていた身体はセレスティーナと呼ばれ、分かれていたはずの名は戻っている。

 更にこの家の子は一人だけだと両親が伝えた時点で、いや、それ以前に奇跡の御業を使った時点で薄くであってもあったはずの繋がりも絶たれていると言ってもいい。


 魔法に関してセレスティーナは詳しくないが、妹の動揺具合を見れば仮に悪魔であったとしても、これではマトモに何か――悪魔だけが使える邪悪な秘術などが使えるとも思えない。あるかはさておき。

 大体魂の入れ替えを行った時点で、しっかり固定されるのだとも説明されていた。そう何度も魂をひょいひょい出し入れするわけにもいかない、というのはセレスティーナでも理解できる事だ。


 お前はこの家の人間ではないと言い切られ、実際に家系図だとかの系譜にも妹の存在は最初からない。

 必死に言い募ろうとしていた妹は、しかし途中から言葉にならず泣き出してしまったが、両親の表情には同情といったものも何もなかった。


 妹は何を思っているのだろうか。

 情のない両親?

 中身が悪魔だと思いながらも、それでも今まで育ててきたのだから余程情のある人だとは思う。ただ、このままにしておけばいずれ家が傾く可能性も出てきたため切り捨てる事にしただけで。


 妹が、わざわざ姉を虐げたりしなければ。

 自分からもっと積極的に勤勉に学ぼうとしていたならば。

 一応違う道も残されていたのだ。

 それこそ、魂を入れ替える事もせずに彼女はどこかの家に嫁入りをさせるという道だってあった。

 彼女が、人を虐げる事に暗い悦びを感じる事さえなければ。


 その場合セレスティーナは痣のある身体のまま家を継いで、社交の場に出る際は顔に仮面でもつけて痣を隠しておけばいいか、とも考えていたのだ。

 ロドリール家に娘は一人、セレスティーナしかいなくとも、妹が悪魔ではないのでは、と思われて彼女にも普通の貴族の娘としての生存を認める事になっていたならば、それこそやりようはいくらでもある。

 長らく療養させていたから存在を明らかにしていなかった、だとか、養子に迎えただとか。

 痣のある自分がセレスティーナとして外に出る事になったなら、事故で傷を……だとかの言い訳はいくらでも作れたのだから。

 それが明らかに嘘だろうとわかるものだとしても、貴族には暗黙の了解なんてもの、いくらでもあるのだから。

 これが悪事でも隠しているとかであれば暴かれる事もあるだろうけれど、痣持ちの双子が生まれたなんて事実であれば明かしたところで……といったものだ。伝承にもなっていて、痣のある双子が生まれた時にはこうしなさい、と対処に関する事も広まっているのだから。


 悪魔とされていても、本当にそうかはわからない。

 けれどもロドリール家にフィーナという娘は存在していなかったし、だからこそ真実がどうであれセレスティーナを虐げていた妹は、この家の娘に似た顔を悪用しようとした賊、という立ち位置へ追いやられた。

 この後は教会から神殿へ運ばれて、そこで処遇を決められる。


 あまりにも邪悪だと判断されれば浄化と称して処分されるかもしれないし、そこまでの邪悪ではなく改心できるかもしれないとなれば、まぁ奉仕労働などをしながら生きていく事を許されるだろう。

 どちらにしても、フィーナという人間はロドリール家に存在しないので、彼女の身分は平民となる。


 今まで散々楽しんできたのだから、もういいでしょう。

 とは母の言だ。


 母の中ではフィーナは今まで娘の身体を使って好き勝手遊んできた悪魔という事になってしまっているのだろう。


 本当に、せめてもう少しだけでも貴族令嬢としてきちんとしていればな……とセレスティーナは檻ごと運ばれていく妹だった相手を見送りながら思った。


 今後彼女が生きていくにしろそうでなかったとしても。


 もう二度と会うことはない。

 それだけは確かだった。

作中でもちょいちょい書いてるけど本当に悪魔かどうかは不明。

ついでに魂入れ替えの教会の奇跡の御業が本当に神様関係かどうかも不明。

闇が深い方向に勘ぐっても特に真実は解明されません。最悪だね ( ◜ᴗ¯)

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に悪魔かどうかはさておき。 事実としてこのような双子が産まれ続けている歴史があり、確立している対処法にしても、良くわからないモノを良くわからないまま使わざるを得ないでいる、というこの感じ…
[一言] 男遊びしていて一線を越えた場合も、元の身体で教会に連れていかれたよね
[一言] そういう風習だと言われれば、日本の歴史でもこういう理不尽な物はあるのでどうこう言えませんねぇ。 ただ、痣のない子の方に本当に世界を滅ぼし得る魔神を転生させたくはなりますけど。
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