第一話 僕はいなかった
──もしも、いきなりこの世界に隕石が落ちてきたら、とか。
──もしも、いきなり学校にテロリストが侵入してきて占領されたら、とか。
──もしも、いきなり女の子に告白されて魔法でもかけられたように毎日が恋色に染まったら、とか。
思ったりもする。
ただ、それと同時、「そんな事が起こるのは」とも思う。
そしてそれは全部、「例えば」、の話だ。
そんな「例えば」を考えてしまうのは、何故だろう。
カンッ──少し離れた……そう、現在進行形で工事中のマンションの方から、金属を打ち付ける様な鋭いようで鈍いような、重たそうで軽い、そんな音が聞こえてくる。
温かと言うには少し度が過ぎた、僅かにじっとりとしたそよ風が吹き込む窓ガラスの外れた窓枠からは子供達の無邪気そうな、少しばてた様な、ワイワイ何かに夢中になって騒ぐ声が聞こえる。
罅の入った、友達のつけていた筈の赤淵の、少し大きめな眼鏡を鼻頭にかけて外を眺める。
やっぱり、何もない。
少し前まであったはずの喧騒も、少し前まであった活気も、少し前まであった景色も、今はまるで箒でも掃いたのかのように、何もない。
ただ、照り付ける太陽、その日差しが肌に刺さるだけだ。
水が飲みこんでしまったのかもしれない。
否、今は自分が飲み込まれたい気分だ。
なんて戯言を、言って吐き捨てる。
悪夢の二の舞はもううんざりだ。
真っ赤なジャージの短パンについているポケットから、画面が少しひび割れたスマホを出して、斜め駆けの鞄に着いたポケットに入っている小さめの無線通信につないでネットニュースを確認する。
『南海トラフ巨大地震から3年、未だ復興進まず』
『米国からの支援金、約1000万追加』
『行方不明届数、230件受理、現在の行方不明者数、計4206名』
『残された子供たちは今』
『死亡者145名発見、現在死亡者、計3万4029名』
『北海道で原子力発電が復旧、反対の声多数』
浮かないニュースばかりだ。
他には何かないか。
探してみるが、やはり、話題は中々絶えないようだ。
あの、地震が起こったこの国で生き残れた奇跡には感謝をするが、その奇跡をどう役立たせればいいのだろう。
──三年前の、えっと、2047年、5月20日の深夜3時18分ごろ、全国で一斉におびただしい警告音が響いた。
南海トラフ巨大地震、大きな建物は倒壊。
生き残った小さな古民家だったり、小さめの新築物件なんかはその後の津波に流された。
詳しくは見てないが、途轍もない勢いだったそうだ。その時、僕はトルコに旅行に行ってて知らなかったわけだが。
生き残ったのは奇跡、否、偶然かもしれない。
トルコから帰ってきたのはつい先月の事だった。
民間の空港は使えない状態で、三年もトルコに住むことになった。
いい人が多くて、僕たちが日本人だとわかるといろんなものの値段を少しまけてくれたり、宿は無賃で止めてくれたり(流石に、電気とかはそんなに使えなかったけど)。
それで、帰って来てみれば家はないし、今のところ避難所生活。
暇つぶしに自分が通ってた中学校に来てみたら、半壊。
中は泥だらけで、ガラス片が散らばっている、悲惨な状態。
自分のクラスに入ってみて見つけたのは、泥だらけでなんて書いてあるか分からないプリントが散乱しているこの状況と、友達が付けていた眼鏡だけ。
近くの工事中のマンションは何で工事をしているのかは分からない。
解体なのか、再建なのか。
ふと空を見上げ、日差しに瞳を貫かれて目を瞑る。
「お腹、空いたな」
目を瞑ったまま、ゆっくりと体を起こし、呟く。
去年復旧した電車の、白光する車体を眺めて眼鏡を外す。
近くにあった、乾ききった土の間から見える友達のイラストが描かれた机を起こして土をほろって眼鏡を置く。
「……ばいばい」
机に、正しく言うと机に置かれた眼鏡に手を振って教室をでる。
避難所に戻ろう。
泥だらけの校舎を通っていたころを思い出すようにゆっくりと歩いて回る。
校舎裏に生えた大きな気だけは根元のあたり以外に汚れた所もなく、今日も元気に木の葉を揺らしている。
なくなった窓を通してそのけなげな姿を拝んで校舎をでる。
そして校門でお辞儀をして礼をする。
「……二年くらい通えてなかったけど、今までありがとうございました」
そう言ってワイヤレスのイヤホンを耳につけてお気に入りの曲を流して自転車の鍵を開ける。
自転車にまたがると地面を蹴ってゆっくりと漕ぎ始める。
来た道を戻るように、ゆっくりと道路を走る。
通る車は僅かで、その殆どがいろんな自治体だったり救助隊の車だ。
生温い風を掻き分ける様に、ゆっくりと進む。
既に道は整えられているが、所々で、何かが腐ったようなにおいが鼻を衝く。
嫌な臭いだ。
あまりかぎたくはない。
少し田舎の方だから、未だそこら辺の始末が整っていないのかもしれないが、嫌な事を思い出すから、この匂いはかぎたくない。
息を止めてその道を通り過ぎる。
公園の横の道に出て、やっと息を吐く。
呼吸を再開して、数十秒くらい大きく深呼吸をする。
少し離れた所に、車か何かの前で膝をついて泣きながら手を合わせている人がいる。
その先では、僕が返ってきた時から朦朧と歩き続けている人がいる。
いろんなところでいろんなことが起こっている。
でも、僕はそれを見て見ぬふりをするだけだ。
目に入った景色に奥歯をきつく噛み締める。
自分の無力感はいつからかは分からない。
少なくとも、中学校に通ってる時は無かった筈だ。多分。
また、見て見ぬふりをする。
少し、ボゥッとしながら自転車をこぐ。
耳には何の音も入っては来ない。
イヤホンをしているせいなのか、それとも、僕が情報を少し遮断しているからなのか。
分からない。
横を車が通る。
「うわっ」
驚いてブレーキをかけて止まる。
見れば、その車は少し急いだ様に、ウインカーランプもたかずに右折していく。
きっと、何かあったんだろう。家族でも見つかったのかな。
イヤホンを一度外して辺りを見渡す。
蝉の声が耳を劈いて、コンクリの焼ける匂いに気が付く。
蝉の声に顔を顰めていると、不意に背中に声をかけられる。
「お、おい、きみ!」
振り向いてみると少し小太りのおじさんが此方に走ってきている。
目尻には波がを少し貯めているようだ。
かなり走ったのか、息を切らして肩で息をしている。
僕の目の前で止まると、力いっぱいに僕の肩を掴み、鬼気迫ったような、緊張したような、強張ったような、いずれにしろ、少し力の入った表情で怒鳴りつける様に、声を絞り出すように、僕に言う。
「じ、自転車を貸してくれ!」
その声に少し体を跳ねさせる。
自転車を貸す、とは、どういう事だろうか。
黒がベースの女の子っぽい籠付自転車を見て、指をさして問う。
「これを、貸してほしいんですか?」
男の人に聞けば、首を縦に振り頷きイエスと言葉を使わずに表す。
少し、間を開けてもう一つ、問う。
「どうしてですか?」
息も耐え耐えに、震える声で男の人が答える。
「む、娘が、娘が見つかったんだ!数キロ先の病院で療養中だって言うんだ!あの津波にさらわれて、もう駄目だと思ってたんだけど、つい先日……!!!」
今にも泣きだしそうな目で、嬉しそうに話す男の人を前に、断るという選択肢は僕には出せなかった。
ただ、言葉も出せずに、頷く事しかできない。
男の人は嬉しそうに「ありがとう!」と一言言うと、僕の手からハンドルを受け取り、サドルにまたがり、ペダルに足をかける。
最後に僕の方を振り向くと、嬉しそうに、ゆっくりと噛み締める様に、待ちきれんとでも言う様に、
「ありがとう……!」
とだけ言い残し、地面を思いきり蹴って、出せるはずの無い程の速度で走り去っていく。
蝉の声が嫌に大きく聞こえる。
大きく風が吹き、僕の吐く息を攫っていく。
髪が靡いて、視界が遮られる。
奥歯を強く噛み締めると僕は、また力を抜いてゆっくりと踵を返して避難所に向かって歩き始める。
なんで、僕はまた、゛前回と同じ事”をしているんだろう。
──人は、もしも、と、起こりえない事を口にして、起こりえないことを望む。
起こりえない事実は、頭の中では深刻な物にならない。
否、深刻に受け止められない。
人は、その状況を前にして初めて、その事実にちゃんとした感情を持つ。
それが起こるその瞬間までは全て空想でしかない。
その空想が現実になった時、人はこれを人に伝えるだろう。
ただ、その話も、その話を聞いただけの人にはまた空想になる。
だからみんな、全ての事象を一つの単語で、真実と空想を繋ぎ合わせる。
「例えば、」
そして空想は、
「僕が、」
誰かの空想から、真実をもって、
「あの日を、」
また、
「やり直せたら」
──歪み始める。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
拙く読みにくい箇所が多く、誤字脱字まで、色とりどりのミスがあるこの作品ですが、「面白い!!」「まあ、いいじゃん」「伸びしろがあるかも?」「何だこれ、意味わかんねーぞ」など、思われた場合は星を埋めていただいたり、コメントなどを頂けるとありがたいです!
単純に私のやる気や気力などに繋がるのも事実ですが、文章レベルを上げるためにも、皆様の意見を頂けたらと思います!
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これからも皆さんに楽しんでいただけるよう作品をより良い物に出来る様に鋭意執筆させていただきます!!!
これからも読んで、楽しんでいただけると幸いです。
それでは、また次話で合いましょう……。