リリス。
「あらあらお元気になったのねお姉さま」
燭台を持って現れたのはリリスだった。後ろにお盆を持ったメイドの姿もある。
「あなたはもういいわ。あとはわたくしがやるから」
振り向きそう指示をするリリス。メイドの子は「わかりました」とお盆を入り口の横のチェストに置き、礼をして部屋を出ていく。
「そんな怖い顔をしないで。わたくし、お姉さまが熱に浮かされていらっしゃる間、ずっとお世話をしてさしあげてたんですよ?」
そう言うと燭台を壁にかけ、お盆をベッドの横のサイドテーブルに移動させるリリス。
そうしてサッと椅子を二つ出すと、慣れた様子でそのひとつに腰掛けた。
「ほら、いつまでもベッドに座ってないでこちらにいらしたら? ほら、この椅子に腰掛ければお食事もしやすいわ」
なんだか調子が狂う。
でも。
くうっとお腹がすくのには勝てなくて、ベッドから降りてリリスと向き合うように腰掛けた。
「もう二日もずっと寝ていらしたからお腹すいていらっしゃるでしょうけれど、いきなり固形物は良くないでしょうから」
お盆にのっていたのはまだ温かいスープ。お野菜を裏漉ししたポタージュかな。
「ありがとう……」
そう言ってスプーンを手に取りそのポタージュを一口掬う。
おいしい……。
「ねえ。リリスはずっとわたくしの事嫌ってたでしょう?」
ずっと聞けなかったこと。
そうだと思ってもずっと直には聞けなかったけど。
思わずそう声に出していた。
「そんなの当たり前でしょう? お姉さまったらいきなりやってきたと思ったら、わたくしのものだと思ってたものを全部持って行ってしまったのだもの」
「え?」
「おうちの中の立場も、何もかもよ。お母様には『あなたとお嬢様では身分が違うのよ』なんて言われたのよ? その時のわたくしの気持ちなんか、お姉さまにはわからないでしょうね?」
「そんな、だって」
「お姉さまだってお母様のこと使用人みたいな目で見てたじゃない。お父様だってよ? お姉さまには頭が上がらないみたいだったわ。人のお父様お母様をそんなふうに扱うお姉さまの事、好きになれるわけないとおもわない?」
「だから? クレイン様を狙った、の?」
「もちろんそれもあるけれど、それでもお姉さまの代わりに子供を産んであげようとしただけだもの。恨まれる筋合いはないわ」
「そんなの! 許せるわけ、ないじゃない!」
「ふん! クレイン様はお姉さまを王妃のまま愛してくれるって言ってたのに、お姉さまったら結局そんなクレイン様から逃げて皇帝陛下にクレイン様の悪口を告げ口したのでしょう? 酷いわね」
「ひどい? どっちが、よ!」
「まあ、いいわ。お姉さまのせいで今国は大変なんだから。わたくしももうあんまり来られないかもしれないけど元気でね」
「待って、リリス。わたくしをここから出して!」
「あは。出すわけないじゃない。出したらお姉さまったら逃げるでしょう? そんなことしたらクレイン様に怒られちゃう」
食べ終わった食事のお盆をサッと引くと、リリスはそのまま部屋を出て行こうとする。
わたくしもその後に続いてなんとかお部屋を出てしまおうと思っていたけど、リリスの魔法で足止めされた。
こちらに右手の掌を向ける彼女。
「魔力がなくなっているっているのは本当だったのね、いいきみだわお姉さま。わたくしの力も跳ね返せないなんてどうしようもないわね。それではご機嫌よう」