最悪。【メアリィ視点】
その時。
お嬢様の雰囲気が、少し変わったような気がした。
なんだかふんわりと別の気配がお嬢様を覆った?
ああでも、気のせいかもしれないし、そう考えたところで。
「ねえ、メアリィ。わたくしやっぱりクレイン様と国に帰ることにしましたわ。お爺さまにそう伝言を頼めないかしら?」
そう、こちらに振り向き話すお嬢様。
「ですが、お嬢様」
それならそれでちゃんと皇帝陛下にお話して行ってほしい。
伝言では、陛下も困惑されるだろう。
「予定ではクレイン様の馬車はもうご出発なさるお時間なのよ。お爺さまには後でお手紙を書くわ。だから、お願い。やっぱりわたくし、クレイン様と離れたくないの」
「ああ、レイニー、ほんとかい? 本当にいいのかい?」
「ええ、クレイン様。愛しています」
「ああ、私もだよ。君のことを一番に愛しているよ」
そうやって目の前で抱き合う二人。
「お願い、メアリィ」
そう言うお嬢様に、私は逆らうことができなかった。
ただ承知しましたと礼をして、クレイン国王とレイニーマインお嬢様の後ろ姿を見送るしかできなかったのだった。
どういった心の変化があったのかまではわからなかった。
けれど。
お嬢様が私に愚痴をこぼした内容を鑑みると、こういう結果にもなりうる可能性もあるとは思っていた。
最悪だ。
元々、十歳の頃からの初恋。
お嬢様曰く、今まで恋をしたのはクレイン様以外にはいなかった、とそうおっしゃっていた。
今回の出来事でも、過ちであれば許したいと思っていたと。
愛されているのであれば彼と一緒にこのままいたかった、と。
そうおっしゃっていたのだ。
クレイン様の従兄弟の公爵様からも好意を寄せられてはいたけれど、それでも自分は尽くされるよりも尽くす方が嬉しいからと、その従兄弟様を愛することはできなかったと。
夜の就寝前にそんなお話を聞かされて。
また、そもそも皇太子殿下には悪いけれど、彼のことは元々優しい幼馴染の従兄弟のお兄様としか見ることができなかったとそうこぼすお嬢様。
これからですよ。愛情はこれから培っていけばよろしいのですよ。
と、そう言ってはみたけれど。
そうね、メアリィの言う通りだわ、と、寂しそうなお顔をされていたから。
もう。本当に最悪だ。
自分の娘であったなら絶対に止めただろう。あんな酷い目に遭ったのだもの。これ以上不幸にはなってほしくないのに。
そう、ため息をついた。