大好き。
クロウは聖獣?
そんなふうに思いつつ、そろそろローゼンシュタイン大公国の国境付近に差し掛かった頃。
国境の街の宿で変化は起きた。
満月が綺麗だなって思って出窓を開け、宿で購入した果実酒を少しだけ飲んでいた時。
クロウもそんな月を見上げるように、窓のところまで上がって。
そんな彼のもふもふを撫でながら、お酒をちびちび舐めていたわたくし。
月の光にはマナが含まれている。
命の光。
キラキラと降り注ぐそんなマナを感じ、身体いっぱいに浴びて。
気持ちよく月光浴を楽しんでいたそんな時だった。
「おじょう、さま」
クロウが、拙い辿々しい声でそうわたくしのことを呼んだのだ。
「え? クロウ?」
最初は空耳かと思った。でも。
「おじょう、れいに、すき」
もう一回、そう聞こえて。
クリンクリンの瞳でわたくしを見上げるクロウ。
そんなクロウから、ちゃんとそう聞こえたから。
感極まって、涙が一筋落ちた。
そんなわたくしによりそって、頬をぺろっと舐めるクロウ。
その瞬間、奇跡が起きたのだった。
真っ白な光が弾けた。
月のマナと、わたくしの涙。そこに含まれていたのだろうわたくしのマナが混じり合って。
クロウの心の奥底の聖石が反応したのか。
わたくしの周囲にいた精霊たちがみな、クロウのその聖石に吸い込まれる。
そして。
眩く光るその聖石が、わたくしにははっきりと見えたと思った次の瞬間。
子猫だったクロウが、小さな人間の男の子の姿に変わっていたのだ。
人化。
そんな獣人族の話は聞いたことがある。
御伽噺の中にはよくあるお話だけど、大昔の聖女様がいつも連れていらした聖獣は人化したのだという伝説もあった。
でもまさか。ほんとうにそんな事があるなんて。
裸のままわたくしに抱きついてくるクロウ。まだ小さい、幼い子供とはいえ、裸はまずいよね。
そう思ってわたくしの寝まき用のワンピースを着せてみた。
肩まで伸びた黒髪が、ちょっとボーイッシュな女の子のようにもみせて。かわいい。
完全に人間、少年の姿になってるから猫耳も尻尾も無いんだけど、それでもわたくしに抱きついてくるその姿は見えない尻尾をバタバタ振っている子犬のようにもみえる。猫なのに。
「ねえ、クロウ。貴方、言葉はわかるの?」
「にゃぁ。言葉、わかる。少しだけ」
たどたどしいけど、はっきりそう言うクロウ。クリンクリンの瞳は、とっても興味深そうにこちらを覗き込む。
「クロウ、お嬢、好き。だから人間、なったよ」
そんなふうに笑う彼に。
心が引き込まれる。かわいくて、かわいくて。
「わたくしもクロウが大好きよ。ずっとそばにいてね」
そう抱きしめた。
♢ ♢ ♢
メアリィはびっくりしてたけど説明したら納得してくれた。
クロウの心の中の聖石は以前よりも力強く輝きを増している。
きっと、あの中にいっぱい潜り込んでいった精霊たちの力が宿っているんだろう。
名実ともにクロウは聖獣となった、わけで。
人化も、彼は自分の意思でまた猫の姿に戻る事ができるようになっていた。
少しだけ、前の子猫の姿より大きくなった気もするけど。
最初の人化の時は五歳児くらいの幼児の姿だったけど、すぐに十五歳くらいの少年の姿に変化したクロウ。
流石にもう一緒のお布団で寝るのは難しくなっちゃったから、彼のことはわたくしの従者という扱いで、騎士隊のみなさまの中に入れて貰った。
それでも。
まだまだ精神的に幼い気がするのはご愛嬌。
騎士様たちにも可愛がられているみたいでよかった。
「お嬢、好きだよ」
「うん、わたくしも好きよ」
事ある毎にそう言ってくれるクロウ。
彼の愛が人間の愛と一緒かどうかなんてわからない。
でも、いいの。
クロウと一緒なら、きっと幸せでいられそうだから。
Fin




