怖くないよ。
ジャーキーに食いつくその姿がなんだかほんと可愛らしくって。
っていうかあんな可愛い子猫が魔獣?
そんな感じはしないんだけど、例の魔の波動はやっぱり間違いなくあの子から出ている。
たぶん、そんなの他の人には感じられないんだろうけど。
「どうしましょう?」
「ジャーキー、まだあるわよね?」
「ええ、もうちょっとあげますか?」
「そうね、メアリィ。次はもうちょっと馬車の近くに落としてみましょうか」
メアリィもあの子猫が気になるみたい。
野生の動物にご飯をあげるのはあんまりよくはないって聞くけど、あんな子猫はやっぱり別だ。
お腹を空かせてるみたいな様子をみて庇護欲がかきたてられたのか、わたくしよりもメアリィのほうが積極的にご飯をあげたそうに見える。
まあね。あの魔が感じられないのなら、ほんとただの子猫だもん。
子猫は、ポトンと落としたジャーキーに警戒しつつ近づく。そのままキョロキョロと周囲を確認して、わたくしたちにも気づいた?
クリンクリンの瞳と目が合った、と思う。
一瞬、逃げちゃうかな?
そう思ったけど。
もふもふの身体を一瞬硬直させた黒い子、それでも空腹に勝てなかったのか、とりあえず目先のジャーキーに食いついた。
カプカプ、もくもく。
食べきって。
なんだかお腹がふくれたのかな。
その場で前足を舐め、毛繕いをはじめたその子。
わたくしは、ゆっくりと馬車から降りて。その場にしゃがむ。
目線をなるべく低くして。
「ねえ、あなた、なに? どうしてここにいるの?」
そう囁いた。
右手をすっと前に出して、指を近づける。
「怖くないよ。何もしないから」
出された指に、一瞬びくっとしたのがわかったから、そう優しく語りかけて。
指先に顔を近づけるくろ子。
普通の子猫じゃない、理性はそう告げている。
でも、そのかわいらしさはほんとうの子猫のようにも見える。
指を噛まれたらどうしようだなんて、この時は考えもしなかった。
ただただ、こちらには敵意はないよと、そう教えてあげたくって。
クンクンと指先の匂いを嗅いだと思ったら、ぺろっと舐めるその子。
そのままわたくしの手に頭を擦り付けてくる。
ああ。かわいい。
なんどもなんども頭突きのように頭を擦り付けてくるそのもふもふがかわいくって、わたくしはもう片方の手でその頭や背中を撫で回した。
ずっと、山の中にいたから?
お母さんと一緒じゃなかったから?
もふもふは思った以上に絡まって、落ち葉や泥で汚れている。
(これくらいならいいよね?)
口の中で、「キュア」と唱える。
洗浄魔法じゃ物を洗うみたいで乱暴だから、浄化魔法で綺麗にしてあげよう。
そう思って。
わたくしの手から溢れ出した金の粒子に包まれたその子。
なんだか気持ちがよさそうに、うっとりしてにゃぁと鳴いた。
そのまま、わたくしの両手に包まれたまま眠ってしまったそのもふもふ。
「軽いな」
抱き上げて馬車に戻る。
「まぁまぁ、気持ち良さげに寝ちゃってますね」
メアリィも笑顔になっていた。