黒いもふもふ。
そうしてその日は山の入り口の少し開けた場所で、野宿をすることとなった。
騎士隊の方々はテント準備を始めている。
彼らは野営にも普段から備えているとはいえ、そもそも本当であれば聖都のホテルでゆっくり寝られたはずなのだ。
わたくしがあんな風に、すぐ出立しますと言わなければ、もっとゆっくりできたはずなのだ。
それが本当に申し訳なくって。
せめて、と、思って。
メアリィに手伝ってもらいながら晩御飯の用意をすることにした。
幸い、馬車の中には買い置きの携帯固形スープの素があったから、それで温かいスープを作ろう。
お水は水魔法、火だって火魔法でなんとかなる。
お鍋もちゃんと洗浄魔法で綺麗にして、土魔法で生成した簡易なコンロに乗せて火にかける。
周囲には薬草としても使える滋養にいい野草もいっぱい生えてた。
お肉が足りないかなぁ乾燥ジャーキーじゃ味気ないなぁ塩味にはいいんだけど、とか思ってたら、騎士のマークスさんが野鳥を獲ってきて捌いてくれたからそれを入れて煮込んでいく。
だんだんといい匂いがしてきたと思ったら、騎士隊の人たちもみんな集まってきた。
「お嬢様、今夜は携帯ジャーキーで済ませるしかないかなぁと思ってたから、あったかいスープはありがたいです」
パンもありますけど、それでもやっぱりね。
「だって、こんなところで野営だなんて、わたくしが悪いんですもの。せめてこれくらいはさせてくださいな」
それに、わたくしも温かいごはんが食べたかったし、ね?
交代で周囲を警戒する人もいたから一度に全員じゃないけど、それでも十数人の騎士隊の方達みんなに喜んで貰えた。
大きなお鍋にいっぱい作ったけどすぐに無くなっちゃったから、それからもう一回作って。
それもみんな平らげてくれた騎士様たち。
空にはお月様がぽっかりと浮かんで、辺りを明るく照らしてくれた。
皆さんの笑顔が、ちょっとだけ救いだった。
♢ ♢ ♢
夜も更けて。
お月様も真上まできた頃。
わたくしとメアリィは馬車の中にベッドを設えてそろそろ寝ようかなって思ってた時だった。
「お嬢様、なんか馬車の外で変な音がしませんか?」
そういうメアリィ。
「そうね、見回りの騎士様の足音、とはなんとなく違いますよね?」
それに、なんだかあの魔の波動のような気配がしているような……。
「わたくし、ちょっと外の様子を見てきます」
「お嬢様、私もご一緒しますわ」
二人で揃って馬車のドアをギイっと開けて。
そっと外を見てみる。
一応、馬車の周囲には魔獣よけの結界を張っている。
キャンプ全体にもゆるく二重に結界を張ったから、一応魔物や魔獣は入ってこられないはず?
わたくしの結界をすり抜けるくらい強い魔獣だとどうしようもないけど、でもそれならそれでわたくしの感知に引っかかるはず。
なんだけど。
月明かりに照らされて見えるのは、簡易コンロの周囲で何かゴソゴソと動き回るちっちゃいもふもふ。
って、もふもふ?
「野獣、でしょうか?」
「っていうか、子猫か小狐に見えるわよね?」
スープを作った後の鳥のガラを狙ってきたのかしら?
もしかしたら、お腹を空かせているのかもしれない。
うーん、わたくしがお外に出たら、驚いて逃げちゃうかしら?
そんなふうにちょっと躊躇して。
でも、あれ。
うん、間違いない。
わたくしがずっと気になってた魔の波動。あれ、あの子から感じる。
害意がないのはわかる。結界に引っ掛からなかったのも、あの子に害意、敵意、そう言ったものが皆無なせいだ。
段々とはっきり姿が見えてくると、黒いもふもふは子猫のような形をしているのがわかってきた。
ゴソゴソとお鍋のあたりを漁っているけど、ろくなもの残ってないよね。
どうしようか。
馬車の中にはまだジャーキーが残ってる。
うん、ままよ!
子猫に向かって、ぽいっとジャーキーのかけらを投げてみた。
ビクッとして驚くもふもふ。
でも。
目の前に落ちたジャーキーが食べ物だとわかったのか、ちょんちょんと前足でつついてから、バクッとそれに食いついた。