山の入り口で。
「お嬢様、ここから先は馬車では入れませんが、どうします?」
「うーん、魔を感じるのはもうちょっとだけ先なのよ。歩いていくしかないかなぁ?」
「いや、この辺りは魔獣の妖気が漂っています。非常に危険ですからお嬢様はそのまま馬車の中にいていただいたほうがよろしいかと」
騎士長のケビンネンさんがそう言って、わたくしがこのまま歩いて奥まで行くことに懸念を表明した。
「そんなに危険なら、なおさらわたくしがいかなければ」
「ダメです。この騎士隊の人数では大規模な魔獣の群れには対応しかねます。私達には聖女であるレイニーマイン様を安全にお守りする役目があります。皇帝陛下から賜ったそのお役目、果たせなくなるような真似はいくらレイニー様のお言葉でも出来かねます」
「でも、だって……」
「でももこうもございません。ここまでくるだけでも反対でしたけれど、馬車が入れる場所まではとレイニー様のおっしゃる通りに寄り道をいたしました。しかし、ここまでです。これ以上はまかり通りません」
あと、もうちょっと先なのに。あれは魔獣の波動とは違う、何かが起こりつつあるそんな魔の気配。それなのに。
「だいたい、何か危険があるのであれば、対応しなくてはいけないのはこの国、ベルクマールの騎士団でしょう。魔法省にも聖女庁にも戦える魔道士や司祭が在籍していると聞きます。レイニー様が何かをする必要など、元々ないのですよ」
騎士長のケビンネンさんの迫力に押され、何も言えなくなってしまった。
彼が言うことは尤もだ。懸念があるならここからでも聖王国にメッセージを送ればいい。
そんなことはわかってるんだけど、でも。
「今は、今は聖王国に伝令を送るのは待って欲しいのです。先ほどわたくし、王太子殿下とちょっとあって……」
「そうですね。失礼ながら私にもあの斎場で何があったかは聞こえております。レイニーお嬢様の懸念もわかります。であれば、私どもはとっととこのままここを離れればいいのではないでしょうか? 伝令を送ると同時に私どもはここを離れる。それが最善であると思われます」
「そうね。でも」
気になるの。どうしても気になってしょうがない。
こんな気持ちのままここを離れたら、きっと後悔する。そんな予感がするの。
「お願いです。ケビンネン騎士長。今晩一晩だけでもここで過ごすことはできないでしょうか? これ以上奥に行けとは申しません。せめて一晩、様子を見たいのです」
ケビンネン騎士長、腕を組み、目を伏せ。
しばらく思案してから、目を見開いた。
「まあ、いいでしょう。今晩一晩だけですよ。それであれば私ども騎士隊も貴女様をお護りするくらいはなんとかなるでしょう。その代わり」
その代わり?
「貴女様の聖女の力で、馬車周辺に結界を張ってください。ほんの少しでも貴女様が傷つくようなことがあれば、私は皇帝陛下に顔向ができなくなりますから」
そう言って、にっと笑みを浮かべるケビンネン様。
そうね。それであれば。
わたくしの聖女修行の一環にもなる。
うん。頑張らなきゃ。