お飾りの聖女。
「なあ。そろそろ休憩じゃねーか?」
従者のクロウが馬車の窓を覗き込んで、上目遣いでそう言った。
「だってまだお昼にもなっていないでしょう?」
わたくしは窓から身を少しだけ乗り出し、騎乗のクロウを嗜窘めるようにそう返す。
「クロウはお腹が空いたのかもしれませんね。お嬢様、今日は天気も良いですしこのあたりで少しお茶休憩でもされますか?」
「もう。メアリィったら。貴女が甘やかすからいけないんだわ」
「そうですか? 私はお嬢様も充分クロウには甘いと思っていますけど」
「だって……」
しょうがないじゃない。クロウはかわいいんだもの。
わたくしとメアリィが馬車の中でそんな言い合いをしているのを、馬車の外からクリンクリンの瞳で覗き込むクロウ。
その甘えるような表情が少しおかしくて。我慢できずにふきだしてしまった。
「お嬢、今オレの顔見て笑った?」
そう拗ねるのもかわいい。
「あなたがあんまりかわいいからいけないのよ」
そんなふうに笑顔で答えたわたくし。
前の窓を少しずらして御者さんに「止まってください」と指示を出す。
まあ、どうせそんなに急ぐ旅でもない。
「クロウ。騎士隊長に伝令ね。ここで少し休憩するって言ってきて」
「あいよ! お嬢はやっぱりはなしがわかる!」
まるで子犬のように喜び勇んで伝令に走るクロウの背中を眺めながら、わたくしはちょっとだけため息をつく。
ほんと、悪い子じゃないのよね。
精神的にまだ幼いのだわ。
そんなふうに思いながら、わたくしは彼、クロウと初めて出会ったあの日の出来事を思い返していた。
♢ ♢ ♢
帝国内の構成国各国の聖女宮を訪問して交流する。
それはいわゆる統治の飴。
帝国の支配体制を強化する。そのための聖女交流である。そう認識している。
まあね。難しいことはよくわからないしわたくしが訪問することで各国が帝国の一員として団結できるというなら頑張ろうとも思うし、なんてったってどうせ聖女をやるならやっぱりお飾りの聖女なんてまっぴらだから。
ちゃんと頑張って魔法の勉強もして、ちゃんとしっかり聖女らしくなれたら良いなぁって。
そんなふうにも思ってる。
各国の聖女さんたちと交流することで、彼女たちからもいろんなことが学べると思うしね。
そんなふうに割とお気楽に考えてた。行けばなんとかなる? みたいに。
まあそんな考えがほんと甘かったって、今ならよくわかる。
まさかほとんどの国で、聖女という職がお飾りの名誉職扱いされているなんて、この時はまだ思っていなかったのだ。