人形。
「ああ、着替えてるんだ。じゃぁやっぱりクローゼットにでも潜んでいたのかな? 人の気配がしたからもしかしたらと思ったけど、あのまま踏み込んでもまた逃げられたら厄介だからね、ちょっと先に準備をさせてたんだよ」
そう言い、笑う彼。
「王宮の周囲には空間操作阻害の魔法陣を設置した。君がどこに現れても少しの詠唱で作動するようにね。まあ、魔道士の塔での研究中のものだから、まだ長時間の稼働は無理みたいだけど。充分だよね」
え?
じゃぁ、夜まで待ったのが間違いだったってこと?
「道士たちによれば、空間転移の権能を行使するには転移場所の正確な位置の把握が必須なんだってね。ほとんど王宮にいた君が転移できる場所なんて、限られているからさ」
うう。
悔しい。
悲しい、怖い。そういった感情に塗れていた自分の心が、沸々と怒りに塗り変わっていくのがわかる。
悔しくて悔しくて、怒れてしょうがなくて、涙が溢れてきた。
「どうして! どうしてこんなひどいことができるんですか! それだけ先のことを考えられるのなら、わたくしの心の内なんてお見通しなんでしょう? 今までだって、ずっと!」
クレインは頭のいい人だった。
わたくしなんかだめだだめだと言われてばっかりだったけど、それでも彼の言うことが正しいんだって、その時はそう思ってしまっていたものだ。
なのに、なんでこんなにも酷いことができるんだろう。
なんで、わたくしの心の奥を、気持ちを、わかってくれないんだろう。
悲しくて悲しくて、悔しさに怒りが込み上げて。
「レイニー。君が私を裏切るからいけないんだ。10歳のまだこんなに小さい時から目にかけてやってきたというのに。君は、私の言うことだけ聞いていればよかったんだよ!」
クレイン、手でわたくしの子供の頃の身長? を指して。
わたくし、そんなに小さかった、かな……。
「子供の頃の君は可愛かった。人形のようで。何か失敗して私の方を見るあの目。怯えるようなあの目を見るたびに、私の心は躍ったものだ。『やっぱりレイニーには私がついていないとだめだ』と、そう思うたび、私の心は至福に包まれた」
クレインがこちらに向かって手を伸ばす。右手にはあの隷属の首輪を持って。
「なのに! 君は、いや、お前は俺のもののくせに! 逆らって、裏切るだなんて! そんなの許せるわけはないだろ!!」
狂気に光る、瞳。
「今度こそちゃんと、俺の物にしてやる! この隷属の首輪は本人の魔力で永久的に作動する優れものだ。お前のことはちゃんと飾ってやるよ。俺の、人形。お飾りの人形王妃として!!」
彼の体から、黒いもやのようなものが湧き上がって。
そしてそのままわたくしに覆いかぶさろうと襲いかかってきた。




