あきらめないで。
走馬灯。
そんな言葉が頭をよぎる。
人は死を目前とした時、思考が加速したかのように今までの記憶が次々と頭の中を流れていくという。
元は東部の龍の住まうといわれる華国にある、絵がくるくると回って見える灯籠の名前。
それが死ぬ時に見ると言われる記憶の映像のことを指すようになったのだったか。
「レイニー!!」
クレインの、そんな驚愕の叫び声が頭の中で反響している。
ああ、わたくしは今、塔より真っ逆さまに落ちている最中なんだな。
そんなわりと冷静な思考が頭をよぎる。
怖くて目を開けることは叶わなかった。
体に当たる風。
落下している感覚。
そんなものだけが今感じる全てだった。
あんなの。
あんな隷属の首輪を嵌められ自由な意志を奪われて。
そうしてお飾りの王妃として玉座の隣に座っているだけ。
そんなのはどうしても嫌だった。
クレインにしてみたら、今のわたくしは帝国の支援を引き出すため、そして自分自身の保身のためにどうしても必要な道具なんだろう。
お爺さまはロクサンシームに監査員を送り込むっておっしゃってた。
彼らにきっとわたくしに会わせるよう迫られていただろうクレイン。
お爺さまだって不審には思われていただろうって想像つくもの。
わたくしが今日までこうして幽閉されていたのがそのせいだったのだろうって、それくらいは簡単に考えつく。
隷属させてしまえばもうなんの心配もいらない、と。
きっとネックレスのルビーの魔石に込められた傀儡の効果はそこまで長くは続かないということは、最初からわかっていたんだろう。
だから周囲にバレないようここに閉じ込めたのか。
全てはあの隷属の首輪を用意するまでの時間稼ぎ。
だったんだろうなぁ。
ああ、まだ地上に落ちてない。
まだ意識がある。
なんだかほんと時間の流れが遅くなって、その中でわたくしだけがこうして取り残されているみたいにも感じる。
呪われたネックレス。魔力封じのネックレスはわたくしの身体に張り付いてしまっていた。
身体を拭くふりをして何度もお湯を貰って、そうして擦ってみたけれど、完全に皮膚に張り付いてしまった金の紋様は剥がれることは無かった。
それでも、ルビーの魔石だけはパランと取れた。
きっと元々は二つのものを、即興でくっつけただけのものだったんだろうな。
帝都の魔女?
クレインは一時期帝都に留学していたことがあった。
帝王学を学ぶため、そういう理由だったけど、その時にそんな魔女と知り合ったのだろうか。
まさか、彼がそんな魔具を手に入れてくるだなんて。
ほんとうに油断してたな。
それでも。
どう考えてもクレインのいいなりになるのだけは死んでも嫌だった。
あそこで魔法で押さえつけられて無理やり首輪を嵌められていたらと思うと、ぞっとする。
まあ、彼の魔力はそんなに多くはない。
きっとその力は妹のリリスよりもまだ弱い。
だって。
彼にそんなに強い力があったのなら、もっと傍若無人に振る舞っていただろうって今ならわかる。
もっと、周りの皆が不幸になっていただろうって、わかるもの。
もう、いいや。
こうしてわたくしが死んでしまえば、きっと彼に残された道は破滅へのそれだけ。
それが彼に対する復讐にもなるだろうから。
うん。いいや。わたくしは死んでも、もういいや。
そんな思考がぐるぐると頭の中をまわる。
でも?
どうして?
いい加減に終わりがくると思ってたのに。
どうして?
わたくしはまだ、死んでいないの?
——あきらめないで、あきらめないでレイニー
そんな囁きが聞こえ、わたくしは目を開けてみた。
身体の周囲が銀色の光で覆われて、いる!?
「エメラ!? 時の精霊のエメラ、なの!!?」
銀色の光の粒たち。
見覚えがある。
時を司る精霊のエメラ。
でも、どうして!?
——今は、これで、精一杯。あなたの心の時間を切り離しただけで
ああ、ああ。
マナも、ないのに。
力も出ないのに。
でも、ありがとう……。




