痕跡
「馬鹿な! ここはエルフの森だぞ! そんな大群の魔族がいるわけ……」
「しかし事実じゃ。それに貴様も少し頭を回せば分かるじゃろう。森に入ってからというもの、鳥獣の気配がまったくないではないか」
「それは……」
言われてみればそうだ。追手や魔族、ひいてはエルフに見つからないよう周囲の痕跡を探りながら歩いてきた。だがエルフの痕跡どころか、鳥や動物の痕跡さえ見つからなかったではないか。逃げることに必死で考えもしなかったが、あまりにも不自然。
「大群はおそらくゴブリンの群れじゃな。一つ一つの存在が細かく、せこい邪悪さじゃったからのう」
「……仮にさっきのがゴブリンの大群だったとして、それがなんだと言うんだ」
ため息を吐いてディアベルが答える。
「まだ分からんのか。森の様子すら満足に気付けぬ貴様では、彼奴らに見つかって殺されるのがオチだと言っておるんじゃ」
「……それは……やってみないとわからないだろ……」
「阿呆じゃなまったく……はっきり言うておくが、人間の頼みなどわらわには知ったことではない! しかしじゃ! 他の誰でもない、わらわと同じ望みを抱いて、わらわを呼んだこの娘の最後の願いじゃ‼ 最後の言葉じゃ‼ それが貴様を守れと言うのであれば、誇り高き魔神であるわらわが無下にすることなどできんじゃろ‼」
「……お前、そんなふうにフィーネを……」