お嬢様
ディアベルはまたしゃがみ込んで吐き続ける。いや、正しくは吐くふりで誤魔化そうとしている。
既に俺の背中で輝く戦斧が圧倒的なまでの存在感を放ってしまっているため、ばれているだろうが、追手をぶっ飛ばして逃げれば問題ない。
意を決して、振り向き様に拳をふるう。しかし、簡単にかわされる。狭い路地裏だというのに動きがいい。騒がれないうちに殴り倒そうと、松明を持った男の顔を見て唖然とした。
「っ……⁉」
そこに立っていたのは、荒野で俺たちを見捨てた従者――クライン!
思考が追い付かず、言葉が出てこない。クラインのほうは、何も言わずじっとこちらを見つめている。クラインの視線がしゃがみ込んだディアベルを捉えると、通りに向かって叫んだ。
「酔っ払いの痴話喧嘩でした! 仲裁して家に帰します!」
通りから返事が返ってきて、がやがやと足音が遠ざかって行った。
追手がいなくなったと同時に体に熱が入り始める。助けられたことなど後回しだ。
「……なぜ逃げ出した」
低く問いかける。こいつらへの恨みは簡単にはおさまらない。腹の底がぐつぐつと煮えくり返る。
「……」
返答が無いまま続けて言葉をぶつける。
「お前らが逃げ出したあと、フィーネがどんな目に遭ったと思う⁉」
怪我で動けなくなったフィーネはブラッドウルフに囲まれ、炎に焼かれて死んだのだ。その様をこいつにも見せてやりたかった。真っ先に逃げ出した結果、大切にしていたお嬢様の最後がどうなったのかを。
「……それが……お嬢様の決断なのです……」
沸騰寸前だった血が一気に爆発する。
「何が〝お嬢様〟だ‼」
「うっ……!」
乱暴に胸倉を掴み、クラインを壁に押し付ける。クラインの持った松明が至近距離で熱を発しているが、構っていられるか。