テリオス
グランディール大陸の南部にはエルフの大森林があり、その南西に人間の町テリオスがあった。数百人が暮らすこの町は、魔族も少ない穏やかな土地だ。俺は傭兵としてここしばらくテリオスを拠点に暮らしている。
テリオスから北へ一日も歩くとエルフの大森林にたどり着く。エルフの街は森の中心部にあるらしいが、人間がエルフの街に行くことはまずないので、誰もそれを見たことはない。そのため森の端っこに少しばかり立ち入ったところでエルフに出くわすことも、誰かに咎められることもなかった。
森では薬草を手に入れることができた。薬草だけでなく山菜も手に入るので、薬草採取のついでにちゃっかり小銭を稼ぐことも怠らない。平和な町の傭兵は貧乏なのだ。テリオスに来てから危険を伴う高額報酬の依頼はみかけたことがない。
薬草採集をこなし、一日かけてテリオスに帰ると、町は夕暮れ色に染まっていた。
大きな籠を頭に乗せた女性、小奇麗に身だしなみを整えた商人、夕餉の使いに走る子供なんかとすれ違う。この町に着いてから変わらない光景だった。独りの俺も、町の雑踏に紛れれば寂しさが和らぐ。
明日も当たり前の朝がきて、当たり前の夜が来る。昔の生活に比べれば悪くないのだが、このままここで終わりたくないと体がうずいている。
一日二日滞在して、そろそろ次の町に旅立つ準備をしよう。そんなことを思いながら傭兵ギルドで薬草の報酬を受け取ったあと、馴染みの露店に顔を出した。
「あんたかい」
店主のおばさんが相手をしてくれる。
背嚢からまとまった茸を取り出す。数日前の大雨のおかげでたくさん手に入ったので、他の山菜とあわせて新鮮なうちに換金しておく。
「茸ばっかり取ってくるのは相変わらずってとこかい」
「他に売れるようなもんがあれば、茸じゃなくても採ってくるんだけどな」
「うちの子にも見習わせたいくらいだね。ほら、代金だよ」
受け取った金を確認し、短く挨拶をして宿へ向かおうとする。
「あぁ、そうそう! そういえば昼間あんたのことを探してる人が来てね。ありゃアークフィール家
の領主さんだったよ」
「アークフィール?」
「そうさ。この町から少し離れたお城に住んでらっしゃるんだ。あたしゃ近くで見るどころか話すのも初めてだったけど、貴族様はみるからにキリっとしててかっこいいねぇ。白いお髭もダンディだったわ」
「貴族が俺に?」
「そうみたいだよ。斧を二本も担いでる傭兵なんてあんたくらいだろ?」
途端に心が躍る。
「まぁ確かにこんなかっこいい戦斧を使えるのは俺くらいかもしれないな」
「はいはい、あんたの斧自慢はわかったよ。用件までは聞かなかったけどね。なんか悪いことでもしたのかい?」
「……わざわざ俺がしなくても、悪いことなんて日常茶飯事だけどな」
「あっはっは! 冗談さ! あんたに急ぎの話があったってのは本当だけどね。悪い人じゃなさそうだったし、いつも泊まってる酒場を教えといたわ」
知らない人間に宿を知られたとなると少し胸がざわついたが、後ろめたいことなどない。ついでに店主が余計な世話を焼いてくれる。
「若いし、あんたみたいなお人好しは悪い女に気を付けるんだよ!」
それにはもう苦笑で返すしかない。
再び店主に礼を告げて、夕暮れの雑踏を歩き出した。