荒野
雷鳴轟く荒野の夜だった。
厚い雲に覆われて、月の光は届かない。背後で燃える焚火と、両手に構えた戦斧だけが頼りだった。
焚火によって身に着けた革鎧の金属部分が徐々に、そして火傷しそうなくらい熱を帯びているが、それでも俺はここから動けずにいる。
「……うっ……」
足元に横たわったフィーネが呻く。
フィーネの傷は深い。彼女の脇腹からとめどなく血が流れていても、このままでは応急処置もできない。どうにかこの場を切り抜けたとして、エリクシオンまではもたないかもしれない。
「俺がなんとかする! だから死ぬな!」
呻くだけで意識はなく、聞こえているかは分からない。それでも声をかけなければ。
護衛対象どころか自分すら守れず何が傭兵だ。馬で早々に逃げ出した仲間たちも許せないが、今は自らの無力さを呪った。
うまい話に踊らされたのも、結局は自分の決断だ。騙されても文句は言えない。頭でわかっていても、心が事実を受け入れない。
暗闇に慣らした目を傷めないよう、火を見ずに残りの燃料を確認する。夜明けまで焚火を燃やし続けることはできそうになかった。
馬車は横転し、仲間は逃げ、燃料も残りわずか。稲妻の光と轟音がさらに不安を煽り立ててくる。
貴重な薪を素早く焚火に投げ入れると、乾いた音とともに火の粉が舞い上がった。
四方八方で獣の唸り声。例え逃げ出せても、果てしない荒野を走り続けることはできない。この暗闇はいつでも俺たちを殺せるのだ。
だが、殺されるのだとしても――やれるだけやってやる。
焚火の燃料が少ない今、いよいよ最後の時が迫ってきた。
両手に構えた二本の戦斧を強く握りしめる。
依頼は失敗したのだ。荒野に生息し、今なお焚火を取り囲んでいるブラッドウルフの群れによって。
頭の片隅では、依頼主の貴族を思い出していた。