約束
『毒じゃ。食べられんのう』
「えー? こんなにキレイなキノコなのに?」
『美しいものなどありはせぬ。人が美しいと思うだけじゃ』
「人が? 思うだけ? どういうこと?」
『かっかっか!』
よく笑う妖精さん。
妖精さんは僕に食べるものを教えてくれた。食べ物だけじゃない。寝る場所や、魔物や危険な動物のいない道を案内してくれた。
当たり前のように魔法が使えるので、困ったらなんでも助けてくれる。妖精さんにできないことはないみたい。
もう寂しくなかった。呼んだらいつもぶっきらぼうで温かい声がしたから。姿が見えなくても、きっとそういうものなんだ。
『人間の村は遠いが、あと何日か歩けばドワーフの洞窟に着けるじゃろう。あやつらは気難しいが、人間だからといって幼子を捨ておくことはしないはずじゃ』
本当は妖精さんに運んでもらうこともできた。でも離れたくなくて、自分で歩けるって言ったんだ。
「……そこについたら、お別れなの?」
『言ったであろう。わらわは、この世界にあってはならぬ存在じゃ。安心せい。貴様もわらわとのことはすぐに忘れてしまうからの』
また一人になる。お父さんとお母さんの顔が浮かんで、胸が締め付けられる。
「いやだ! 忘れたくないよ! どこにも行かないで、ずっとそばにいて!」
『わがままを言うでない。貴様が死にかけておったから、たまたま出会えたんじゃ。それにわらわの声が聞こえなくなっても、わらわはいつでも傍におる』
いつでもなんて嘘だ。妖精さんは優しいから嘘をついてるんだ。
「……僕が子供だから? 大人になったらまた会える?」
『そうじゃのう。運が良ければ会えるやもしれんのう』
「約束して! 大人になったら絶対会いにきて!」
影も形もなかったけど、そのときだけは妖精さんが困っている気がした。
『約束はできぬが……。もし、わらわの名前を憶えておれば、また会えるやもしれんの』
「妖精さんの名前? ……なんだっけ?」
神様みたいな、でも悪魔みたいで少しだけ怖い名前。
『かっかっか! その調子では、明日にでも忘れられてしまいそうじゃな!』
「……なんで忘れちゃうんだろ」
『そういうものじゃ。よいか。もう一度だけ教えておくぞ』
今度こそ絶対覚えておくんだ。
『わらわの名前は……』