森の中で
歩き疲れて、大きな木の根元に座り込んだ。
森には朝から雨が降っていて、服が重くて冷たかった。
木の葉に溜まった雨が大粒になって落ちてくる。
おでこで雨粒が弾けてうっとうしいけど、それを拭く元気もなかった。
唇まで伝った水滴をなめたら、ちょっと青臭い味がした。
暗くて、じめじめしていて、誰もいない森の中。
何日歩いても外に出られなかった。
お腹が空いているからなのか、ずっと具合が悪い。雨水や葉っぱに溜まった少しの水しか口にしていない。
誰かと話したいな。
頑張れば濡れない場所を探せたと思う。でも頑張るのはもうやめた。さっきまで寒くて震えていたのに、それも感じなくなった。
「たすけて……」
目を閉じたらもう起きられないような気がした。でも、もう起きなくてもいいのかもしれない。つらくて、さびしくて、歩くのも大変だからこのまま寝ていてもいいのかもしれない。
また一粒の雫が額に落ちたときだった。
『こんなところで何をしておるんじゃ』
ぶっきらぼうな女の人の声。あたりをゆっくり見回したけど誰もいなかった。
ああ、夢を見始めたんだ。夢でも人と話せるのが嬉しい。
『夢じゃと? 何を寝ぼけておるんじゃ』
夢なんだから、寝ぼけてていいんだよ。
『なんでもよいが……貴様、今にも死にそうじゃな?』
うん。もう疲れちゃったんだ。
『せっかく見つけた話し相手じゃ。もう少し生きろ』
ごめんね。ご飯もずっと食べてないんだ。
『それはいかんのう。よし! わらわについてくるんじゃ!』
するとひとりでに体が持ち上がって、とうとう浮き上がってしまった。
何かの力で持ち上げられているはずなのに、その力に触ることもできなくて焦る。
「え⁉ なにこれ⁉ ちょっと待って‼」
思わず声が出る。
『飯が欲しいんじゃろ?』
体は重いままなのに、地面に足が届かない。
「降ろしてよ‼ というか君は誰なの⁉ ねえってば‼」
周囲には誰もいない。
『少し距離があるのう。ちと急ぐぞ。なあに、わらわに任せておくがよい!』
体は浮いたまま、木の枝葉に顔や体中をぶつけながら乱暴に突き進んでいく。
それもすごい速さで。
両腕で顔を守りながら叫んだ。
「ねぇお願い‼ 止まってってば‼ わああああああ‼」
川があったと思ったら、そのままの勢いで放り込まれる。頭から川に突っ込んで、顔中の穴に水が入り込んだ。
「げほっげほっ‼ ちょっ……げっほ‼」
『川でも飲んでおるがよい。そのあいだに貴様の飯を獲ってやろう』
息を整えながら水の弾けるほうを見ると、川から何か跳んでいくのが見えた。
『こんなもので足りるかの?』
水が冷たい。足に力が入らなくて、流されないよう慎重に川岸にあがる。
川岸には数匹の魚が跳ねていた。姿が見えないそいつが魚を捕まえてくれたらしい。
食べ物があるのは嬉しいけど、そのままじゃ食べられない。それに忘れていた寒さが戻ってきて、体が震え出す。雨はまだ降り続いていた。
「うぅ……」
『なんじゃ寒いのか? 世話が焼けるのう』
地面に光が差したかと思えば、頭上の雨雲がみるまにうすくなっていき、青空が広がった。
「ええっ⁉」
今度は森の中から小枝や葉っぱがくるくると飛んできた。最初からそこにあったみたいに一か所にまとまると、ぼうっと音をたてて燃えだした。
「すごい……」
川岸にあげられた魚たちが宙に浮いて、ふわふわと近付いてくる。
「僕もこうやって運ばれたんだね……」
『腹が減っておったんじゃろ? 食べるがよい』
魚が宙を跳ねている。
「このままじゃ食べられないよ! 魚は火で焼くんだ!」
『焼くじゃと? 獣どもはそのまま食べておったぞ』
がっかりしたみたいに魚がぼたぼたと落下する。
「動物と一緒にしないでくれる……」
姿は見えないけど話はできるし、助けてくれるみたい。乱暴でも悪い人ではなさそうだ。
焚火にあたると体がじんわり暖まってくる。その周りにまだ生きている魚たちを置く。
焦げる前に裏返したり、火に当てる面を変えた。
「君は、そこにいるんだよね……?」
『当然じゃ』
声はどこからでもない方向から聞こえてくる。前にいるような気もしたし、隣にいるような気もした。
「……妖精さん……なの……?」
『そんなところじゃの。貴様はなぜこんなところにいるんじゃ? 人間の子供が一人で来るような場
所でもなかろう』
思い出して胸が締め付けられる。
「……お父さんとお母さんが……魔族に襲われて……へぐっ……ひっぐ……」
喉の奥が熱くなって、涙がこぼれた。
『今は安全じゃ。魔族も近くにはおらん。今のうちにたくさん泣いておくんじゃ』
優しい言葉をかけられて、今まで我慢していたものが一気に溢れ出した。
声を出していっぱい泣いた。
泣きつかれて、もう涙は出ないと思ったけど、焼いた魚を一口食べたら、しびれるくらい美味しくてまた涙が出た。
『泣き虫じゃなぁ』
妖精さんがからかうように言った。