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前編

 音楽室の壁に貼られている、ベートーベンだかベートーヴェンだかどっちでもいいし、あれが絵なんだか写真なんだかも知らないけど、わたしはとにかく彼に恋している。便宜上、わたしの中ではベートーヴェンに統一させてもらっている。

 彼は他の作曲家と比べて、なんといってもワイルド、かつ繊細。わたしは好きなくせに、くわしい彼の生涯など知らない。知らなくても曲を聴けば、なんとなく人と成りがわかるというもの。否、それは思い過ごしで、実際は全然ちがうのかもしれない。

 しかし、それでいい。わたしの中の彼を、ひたすらに愛している。

 そんな恋心を誰がわかってくれるというのだろう。否、もちろん、誰もわかってくれるはずがない。

 しかし、それでいい。わたしはわたしの中で、彼とデートし、キスをし、めくるめくメイクラブだって、できるというものだ。そう、あくまでわたしの中で。メイクラブが、どんなものか知らないけど。

 この恋は誰にも話せない。相談できない。そりゃそうだ、頭がおかしくなったと思われてしまう。それは困る。

 でも、このことを誰にも言いさえしなければ、わたしの思考は自由。いつ、頭の中でベートーヴェンと一緒に花園を駆けようと、地獄を散歩しようと、咎める者はいない。当然だ。内緒にしている限り、わたしたちの恋仲は安泰なのだ。

 学校で一日誰からも話しかけられなくても、ベートーヴェンはいつもわたしに愛とは何か、を語り掛けてくれる。終業のチャイムが鳴るまでずっと。

 むしろ、生きている人間は、わたしに話しかけ、邪魔してくれるなと思う。二人の崇高な時間を、くだらない話題なんかで割り込まないでいただきたい。わたしとベートーヴェンにとって、社会とか、道徳とか、知恵とか、そんなもの、どうだっていいのだ。そんなもの、生きていく上で邪魔にしかならないし。

「おまえ、さっきからなんか、誰かと話してる?」

 そんなわたしとベートーヴェンの蜜月に気づいた者がいた。幼馴染の哲司だ。幼馴染といっても、幼稚園から小学校低学年までよく一緒に遊んだだけで、最近になってはまったく話すこともない。そもそも接点皆無だ。いまさらなぜ話しかけてくる。こんなやつ、無視だ無視。相手をするのも無駄だ。馬鹿らしい。

「なんか言えよ? おまえ、頭大丈夫か?」

 哲司は突然わたしの額に掌を寄せてきた。おわっ! 何すんだ! びっくりしてのけ反った。あれ? 今の今までずっと一緒にいたはずのベートーヴェンの声が聞こえなくなっ……た!?

「……な、なにしてくれてんの……」

「おっ、しゃべった。元気そうだな? 大丈夫かね?」

「だ、か、らーーー! 無暗に話しかけんな! わたしは、わたしは、わたしは……! あーーーーーーーーっ!! もうっ!!!!! あっ!?」

 聞こえなくなったベートーヴェンの声と、彼の音楽が頭の中に戻ってきた。よ、よかった。どうやら彼を失ってなかったみたい。

「お、おまえ、泣いてんのかよ? ほんとに、大丈夫だろうな……? なんか心配なんだよな、最近のおまえ」

「はあ!? 小学三年生から、コンニチ中学二年生まで、てっちゃんとはしゃべってないでしょうがあ! いまさら何言ってんの? 心配ってなにが!?」

「おわっ、そんな怒鳴るなよ。……まあな、確かにおまえとはしゃべる機会なかったけど、最近様子がおかしいから、おまえんちのおばさんから、ちょっと様子見てって頼まれたんだよ」

 お母さんのやつ! わたしはこんなに元気なのに、余計なことを! もう哲司とは子供の頃みたいに関わりないのに。ベートーヴェンとの仲も邪魔されるし、知ったような口利かれるし、なんかもう我慢できない。馬鹿らしい。

「お、おい、どこ行くんだよ?」

「帰る」

「は? まだ授業残ってるぞ?」

 哲司はおろおろしてる。けど、わたしはカバンを手に、教室を出た。

「えっ!? おい? まじで?」

 哲司の声が後ろから聞こえたけど、そんなこと知ったこっちゃない。


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