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 翌朝、あれだけ寝付きが悪かったにもかかわらず、笑ってしまいそうなほど体調が良かった。

 ここまで来ると、さすがにマイカの手料理に何か関係があるのではと疑ってしまう……。


 居間に行くと、すでにマイカが起きていて、朝食の準備を始めていた。


「あ、おはようございます」

「おはよう、早いね」


「実は、昨日の夜からシチューの残りをパンと一緒にたべようと考えていまして……へへ」


 照れくさそうに笑うマイカ。


「ふふ、なるほど、それじゃあ仕方ないよね」

 と、僕は調子を合わせ、

「サラダ用の野菜を採ってくるね」と、畑に向かった。


「な、なにこれ……⁉」


 思わず自分の目を疑う。

 まだ、夢でも見ているのかと目を擦った。


「何が起きてるんだ……?」


 畑の野菜やハーブが信じられないぐらい育っている。

 キャベツなんてラフレシアみたいだ。


 僕は慌てて家に戻り、マイカに状況を説明した。


「と、とにかく、どれも恐ろしいぐらいおっきくなってて……」

「え⁉」


 二人で畑に行き、小さな森のような畑を前に呆然と立ち尽くす。


「すごい……ですね」

「うん」


「で、でも、すくすく育つことはいいことですよね?」

「うん」


「あ、あの、私、お水をあげたくらいで……何もしてませんよ?」

「うん、大丈夫、わかってる」


 もしかして、マイカがお水を……いや、さすがにそれはないか。

 僕の体調が良くなったのは、何か偶然が重なっただけかも知れないし……。


「シチリ、これ……すごく美味しそうです」


 見ると、マイカがおっきなトマトを見せる。

 確かに色艶も良いな……。


「原因はわかりませんが、これならいっぱい食べてもなくなりませんね」

「まあ、考えようによってはそういうことになるよね」


 僕達は顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく笑みがこぼれた。


「「ふふっ」」

「このキャベツも食べてみようよ」


「ちょっと大きすぎる気が……あ、ピウスにあげましょうか?」

「それもいいね、当分ピウスの餌にも困らないな」


「ふふ、きっと喜びます」


 いいや、考えても原因なんてわからない。

 今はこの天からの恵みを美味しくいただくとしよう。



    *



「こりゃ余裕で足りちゃうな……」


 モーレスさんの注文メモを見ながら、指定された薬草を見繕う。

 普段ならかなりキツめの注文だが、天の恵みのお陰で余裕を持って揃えることができた。


 だが、このままモーレスさんのところに持って行けば、恐らくまた禁忌の森に入ったのかと問い詰められるに違いない……。


 荷馬車一杯に積んだハーブやポーションを眺めながら、どうしたものかと考えを巡らせる。


「どうかしたのですか?」


 中々出発しないのが気になったのか、マイカが家から出て来た。


「ん? ああ、ちょっとね……急にこれだけの品物を揃えられるようになるのも変かなぁって」

「でも、シチリは悪いことはしてませんよね?」


「まあ、そうなんだけどさ……」


 あの森のことは話題に出したくないし、わざわざ説明するつもりもなかった。


「いつも、モーレスさんに卸しているのですよね?」

「うん、父さんの時からずっとだね」


 僕は腕組みをしたまま答えた。


「では、新しい取引相手を探してみてはどうでしょうか?」

「新しい取引相手か……考えたこともなかった」


「シチリの育てたハーブやお野菜はとても美味しいですから、きっとモーレスさん以外にも買いたい方がいると思いますよ」

「ホントに?」


「はい、この私が保証します!」


 マイカは誇らしげに胸に手を当てた。


「そっか……うん、わかった、ありがとうマイカ、町で探してみるよ」


 確かに良い考えかも知れないな……。

 モーレスさんに頼ってばかりじゃ、いつまでたっても一人前と認めてもらえない。


 ちゃんと自立してこそ、恩返しも出来るってもんだ。


「見つかるように祈ってますね。シチリ、頑張ってください」

「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 小さく手を振るマイカに、僕は何度も振り返りながら手を振った。

 あ……また、洋服を渡しそびれてしまった……。

 帰ったら渡さなきゃ。


「ピウス、マイカに洋服渡すの覚えておいてくれよ」

『ブルル……』


 荷馬車は緩やかに坂道を下り、オルディネの町へ向かう。

 上機嫌なピウスの足取りは、跳ねるように軽やかだった。



    *



 馬車に積まれた荷を見て、モーレスさんが驚いた様子で僕を見た。


「おいおい、内緒で畑でも広げてたのか?」

「い、いやぁ、それもありますけど、良い群生地を見つけたので……」


「……沢は渡ってねぇだろうな?」

「も、もちろんですよ! 約束したじゃないですか」


「ならいいんだけどよ……」


 二人で荷を店先に運び終えた後、簡単な仕分け作業を手伝っていると、モーレスさんの奥さんが顔を出した。


「あらシチリ、調子はどう?」

「どうも、おかげさまで何とか」


 僕はアンナさんに会釈をした。

 小柄で愛想が良く、小さい頃は何かと世話を焼いてもらった人だ。


「ちょっと見ない間に、ずいぶん顔色が良くなったわねぇ?」

「そうですか?」


「アンナ、いいからお前も手伝え」


 モーレスさんが言うと、アンナさんはやれやれと肩を竦めて、

「はいはい、そのつもりですよ」と薬草を仕分ける籠を並べた。


 皆で薬草を選り分けていると、モーレスさんが僕の隣に座っておもむろに口を開いた。


「あそこはな、昔……ホムンクルス工場があったんだ」

「あの森のことですか?」


「ああ、最後の聖女ってわかるだろ?」と、モーレスさんは僕だけに聞こえるように囁く。

「……はい、小さい頃、父から少しだけですが」


「最後の聖女様が亡くなられてから、一向に次の聖女様が現れなかった。結局、今じゃ聖女不在が当たり前の時代になっちまったが、当時は違ったのさ……」


 モーレスさんはポケットから煙草を取り出して咥えると、手で覆い隠すようにしながらマッチで火を点けた。


「ふぅー……」


 白い煙を吐き、モーレスさんが続ける。


「当時の国王は錬金術に造詣が深くてな、国王主導であの森にホムンクルス工場を作らせた……だが、聖女のホムンクルスを造るなんて――」

「ちょっとあんた! 今の子にそんな話をするんじゃないよ、まったく……、誰が聞いてるかわかりゃしないんだから!」


 アンナさんが作業の手を止め、たしなめるように口を挟んだ。


「うるせぇな、わかってるよ! ったく……ま、何にせよ、あの森には入っちゃならねぇってこった。さ、もう仕分けは十分だ。ありがとよ、シチリ」


 僕の肩をポンポンと叩いて、モーレスさんが作業に戻る。


「あ、じゃあ僕はこれで……」

「シチリ、今度は彼女も連れておいで」


「えっ⁉」

「なんだ、お前、やっぱり女ができたのか?」


「ちょっと! 野暮なこといわないの。ちゃんとご飯を作ってくれる人がいるから、これだけ顔色が良くなってるのよ。ほら、前と全然違うじゃない」

「そう言われると、確かになぁ。へぇ、シチリも隅に置けねぇじゃねぇか。わはは!」


「も、もう! ホントに違いますからね! じゃあまた来週来ますから」

「おう、嫁さんにもよろしくなぁ!」


 モーレスさんの茶化す声から、僕は逃げるように店を後にした。



毎日【8時・11時・17時】に投稿中、完結まで一気に更新します!

気になってくれた方、良かったらブクマよろしくお願いします!


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