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「どうした、やけに機嫌よさそうじゃねぇか?」

「え⁉ そ、そうですか?」


 薬草を束ねながら、モーレスさんが僕をからかうような目付きで見る。


「好きな女でもできたのか?」

「ち、違うますよ!」


 狼狽えた挙げ句、舌がもつれる。


「おいおい、図星かよ……こりゃ驚いたな、はっはっは!」

「そんなことはないですから」


「何を隠す必要がある? 自然なことさ」

「ま、まぁ……そりゃあそうですけど」


「へへ、ま、上手く行ったらちゃんと紹介しろよ?」

「そんなんじゃないですってば!」


 モーレスさんから報酬と次の注文を書いたメモを受け取り、店を出ようとして呼び止められた。


「シチリ、そこにも書いたが、次はかなりの量が必要でなぁ……もし、無理そうならあるだけでいいぞ」

「わかりました、でも、やれるだけはやってみますから」

「おぅ、よろしくな」



 僕は店を後にして、その足で雑貨店に向かった。


「いらっしゃい、あら、シチリじゃないか、珍しいねぇ」


 店主のミレイさんだ。

 大柄で豪胆な性格から、傭兵上がりだという噂もあるくらい頼もしい人だ。


「え……僕、そんなに来てなかったですか?」

「そうだよぉ、あんたいっつもモーレスんとこから真っ直ぐ帰っちまうからさぁ」


「すみません、そういうつもりではなかったんですけど……」

「で、今日は何を探してんのさ?」


「そのぉー……洋服なんかを……」

「なんだい、ハッキリおし!」


「は、はいっ! 女性用の洋服があればと……」

 背筋を伸ばして答えると、

「ほぅ……あんたが女性用ねぇ……」と、ミレイさんは急に野次馬顔になった。


「……は、母の命日が近いので供えようかと」

「まったく、男ってのはどいつもこいつもどうしてこんなに嘘が下手なのかねぇ……嫌になっちまうよ。安心をし、あんたに女ができたって誰も恨みゃしないんだから」


「は、はあ……」

「で? ママの背格好は?」


「え?」

「まったく、勘の鈍い子だねぇ! 背格好はって聞いてんだよ」


「あ、はい! えっと、このくらいで……少し痩せてると思います」

「ふん、なら……この辺のものなら間違いないよ」


 ミレイさんは吊してある洋服を指さした。


「ありがとうございます」


 色んな柄があるなぁ……何色が似合うだろう?

 好きな色を聞いておけば良かった。柄にも好みがあるだろうし……。


 洋服を広げてマイカが着たところを想像してみる。

 うーん、何を着ても似合いそうだな、へへへ……。


「鼻の下が伸びてるよ」

「ひっ⁉」


 急に耳元で言われて飛び上がる。


「くっくっく、わかりやすい子だねぇ……どれ、こういうのはさぁ、髪色に合わせたり、瞳の色に合わせたりすんのさ」

「ありがとうございます、なるほど……」


 マイカは銀髪で水色の瞳だから……白っぽいのがいいかな?

 探していると、白いブラウスに水色のスカートのセットがあった。


 手に取ると、

「あんた、なかなかセンスがあるじゃないか、それはつい先日、王都の商人から仕入れたばかりのものだよ」と、ミレイさんが片眉を上げてニヤリと笑う。


「王都の……」

「買うんなら安くしとくよ?」


「おいくらですか?」と、尋ねるとミレイさんは黙って片手を広げた。

「銅貨五枚……?」


「かぁ~……ったく、誰が銅貨五枚なんかで売ると思ってんのさ? 銀貨だよ、銀貨!」

「ぎ、銀貨⁉ そ、それは……」


 お、女の子の洋服ってそんなに高いのっ⁉


「シチリィ~、聞いてるよ? あんた最近ずいぶんと稼いでるらしいじゃないか?」

「そんなことありませんよ……前より少し良いくらいで」


「ふ~ん……そうかい、ま、嫌なら他を当たるんだねぇ」

「うっ……」


 僕が言葉に詰まると、ミレイさんがこれ見よがしに、白いブラウスのセットを片付けようとする。


「こんなお洒落な洋服をもらったら、さぞかし喜ぶだろうねぇ……」

「ま、待ってください!」



    *



 荷馬車を走らせ家路につく。

 膝の上に置いた麻袋の中には、あの白いブラウスのセットが入っている。


 ミレイさんはおまけで日用品を付けてくれたし、マイカがこの洋服を着た姿と喜ぶ顔が見られれば安いものだと僕はひとり頷く。


「少し遅くなっちゃったなぁ……」


 色々と仕事をした割に、体は軽いままだった。


「シチリ、おかえりなさい」


 荷馬車を停めて、馬を小屋に繋ぎ直しているとマイカが顔を見せた。


「ただいま、ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」

「いえ、気にしないでください。うわぁ綺麗な栗毛ですね……この子は何という名前なのですか?」


「ピウスって言うんだ」


 マイカがピウスの顔に手を伸ばした。


「あ、危ないよ――」


 ピウスは人見知りが激しく、僕にしか懐かない。

 モーレスさんでさえ触らせようとしない気難しい性格なのだ。


「……え?」


 驚いたことに、ピウスは嫌がる素振りも見せず、気持ちよさそうに撫でられるままになっている。


「ピウスっていうのね、私はマイカ。あ、ピウスの方が先輩だからいろいろ教えてくださいね」

『ブルルッ』


 まるで「任せとけ」と返事をするようにピウスが鼻を鳴らす。


「驚いたな……ピウスが僕以外に触らせるなんて初めてだよ」

「本当ですか? ありがとうピウス。ふふ、私たち仲良くなれそうですね?」


『ブルル……』


 ピウスが鼻先をマイカに寄せている。


「マイカなら乗せてくれるかもね」

「え⁉ 私にも乗れますか?」


「練習すれば大丈夫だよ、今度やってみる?」

「はい、ぜひっ!」


 マイカは目をキラキラさせている。


「よし、じゃあ晩ご飯にしようか?」

「あ、今日はシチューを作ってみました」


「ほんと? 楽しみだなぁ」


 家に戻っていると、マイカが「あっ」と言って小屋に戻っていく。

 見ると、ピウスに話しかけていた。


 何を話してるんだろう……。

 ピウスの頬を撫でたあと、マイカは僕の隣に小走りで戻ってくる。


「どうかしたの?」

「ピウスにおやすみの挨拶をしてました」


「もうすっかり仲良しだね。昔から動物好きなの?」

「……えっと、たぶん嫌いではなかったとは、思うんですけど……」


 マイカの顔が曇る。

 しまった……、思い出せなくて不安なはずなのに……。


「ご、ごめん、さ、さあ、ごはんごはん! シチューだよね、楽しみだなぁ!」


 無理矢理テンションを上げて、その場をやり過ごした。

 あぁ、僕って何でこうなんだろう……。



 その日の夜、僕はなかなか寝付けずにいた。


 シチューは思ったほど奇妙な味ではなかったけど、かなりクセのある味だった。

 僕はベッドの側に置いた麻袋を見て、小さくため息をつく。


 結局、あれから洋服を渡すタイミングも見つからず、渡せずじまいだ……。

 月明かりに照らされた部屋の壁を眺めながら、マイカのことを考える。


 禁忌の森の修道院……彼女はあんな場所で何をしていたんだろう。


 どうやってあの場所に?


 マイカの家族はどうしてるんだろうか? 

 もし、家族がいるのなら、きっと心配しているはずだ……。


 そうだよなぁ、いつまでもこのままってわけにもいかないよなぁ……。


 いずれは、マイカと別れる日がやってくるのだろうか。

 マイカが居なくなった生活を想像すると、うっすらと冷や汗が滲んだ。


 独りは慣れていたはずなのに……。


 以前の生活に戻るだけなのに……。


 どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう……。


 あー、もう!

 僕はその考えを振り払うように、頭から毛布を被った。

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