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「う……うぅ……」


 ヘンリーさんが気がついたようだ。

 僕とマイカはベッドを覗き込む。


 真っ白だった顔色も血の気が戻っていた。


「ヘンリーさん、聞こえますか? 落ち着いて聞いてください……何があったのかはわかりませんが、恐らく貧血で倒れたのだと思います。たまたま僕が通りかかったので勝手に家に運んでしまいましたが……」

「あ……あぁ……」


 ヘンリーさんが上半身を起こした。


「まだ横になっていた方が……」


 手をひらひらと振って、

「問題無い……」と呟いたあと、大きくため息をつく。


「すまんな、迷惑を掛けた」

「そんな……困った時はお互い様ですよ」

 ふと、ヘンリーさんの目がマイカに向いた。


「……そうか、なるほどのぉ。そりゃあ、お前さんも心配になる」

「いや、その……」


「え? え?」

 マイカは僕とヘンリーさんを交互に見た。


「はは、すまん。随分と綺麗なお嬢さんだと聞いていたもんでな。その通りだと思っただけだよ」

「ひゃ⁉ そ、それは……その、光栄です……マイカといいます、どうぞよろしくお願いします!」


 少し赤くなったマイカがぺこりと頭を下げると、ヘンリーさんが優しい笑みを返した。


「あぁ、こちらこそよろしく」


 僕はその光景を微笑ましく感じながら、ヘンリーさんに訊ねた。


「ちゃんとご飯は食べてますか? めんどくさがって食べてないんじゃないです?」

「あ……う、うん……まぁ、そうだな、最近、少し食欲が落ちたかもしれんが……」


「いつもと違うものを飲んだり食べたりしましたか?」

「……いつも通り、買い物に行こうとしていただけだ。急に目の前が真っ白になってな……気付くと、お前さんの声が聞こえた」


「なるほど、ちょっと失礼します」

 僕は念のため、ヘンリーさんの体をもう一度診てみることにした。


「どこか痛いところとか、変な感じがするとかありませんか?」


 ヘンリーさんは肩を回したりした後、

「うむ……特に異常はないようだ」と答えた。


 となると、やはり貧血かな……。


「……そうだ、ちょうど良い物があります」

 僕は背嚢の中から、先ほど雑貨店で買った鹿の置物を取り出した。


「シチリ、それは……」


 マイカとヘンリーさんは不思議そうに鹿の置物を見つめている。


「しばらくの間、お湯を沸かすときにこれを一緒に入れてください。鉄分が補給できますから」

「疑うわけじゃないが……腹を壊したりしないのか?」


「大丈夫です、昔から貧血に良いとされている方法ですから。あ、もちろん、食事はきちんと食べないと駄目ですよ?」

「そうか……わかった、やってみよう」


「ありがとうございます」

 僕は鹿の置物をテーブルに置いた。


「そういえばヘンリーさん、町外れの渡し船ってわかりますか?」

「ん? あぁ、何度か使ったことがあるが」


「その渡し船を営んでいるご夫婦が、ヘンリーさんを介抱してくださってたんです」

「そうか……礼を言わねばな」


 照れくさそうに顎を撫でながら、ヘンリーさんがベッドから降りた。


「シチリ、お前さんには世話になったな……。どれ、折角のデートを台無しにしたお詫びと言ってはなんだが……店にある本で良ければ好きな物を持って帰るといい」

「えっ⁉」


 マイカが驚いた声をあげた。

 僕とヘンリーさんの視線を受けたマイカは口を手で押さえ、

「あ、そ、その……嬉しくてつい……すみません」と、恥ずかしそうに上目遣いになった。


「ほぉ、マイカさんは本が好きかね?」

「……はい、とても」


「今はどんな本を読んでいるんだい?」

「えっと、今は……『ブリキの少年』という本を読んでいます」


 ブリキの少年か……。

 僕も小さい頃、母の本棚から借りて読んだ。

 神様の加護で命を宿したブリキの人形が、人との交流の中で成長していく話だ。


「うむ、あれは良い本だね。そうか……なら、ぜひ読んで欲しい本がある。どれ、ちょっと探してくるから……」


 店の方へ行こうとするヘンリーさんに、

「じゃあ、お茶を淹れて待ってます」と僕は答えた。

「そうしてくれると助かるよ」


 にっこりと笑って、ヘンリーさんは店の方へ向かった。

 ふと、マイカを見ると、棚の写真立てに見入っている。


「ローレンスさんっていうんだ。ヘンリーさんの奥さんだよ」

「綺麗な方ですね……」


「うん、ヘンリーさんってば、今でも――」


 マイカの目からぽろっと涙がこぼれ落ちた。


「マイカ⁉」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて目元を拭う。


「どうしたの? 何かあった?」


 マイカはふるふると顔を横に振り、

「ヘンリーさんは……どんな気持ちでローレンスさんを見送ったのでしょうか」と呟くように言った。


「え……」

「すみません、ちょっと感傷的になってしまいました。あ、お茶、私が淹れますね」


 マイカはいつもの笑顔に戻った。


 僕は気の利いた返事もできず、

「あ、うん、ありがとう……」と、答えた後、写真立てのローレンスさんの笑顔を見つめた。

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