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目に入るもの全てに興味が湧くのか、マイカは興奮しっぱなしだった。
「あ! シチリ、あれも見て良いですかっ?」
「うん、いいよ」
マイカは雑貨店の軒先に駆け寄り、積まれた木彫りの置物や人形を見て顔を上気させている。
「シチリ、見てください! こんなにちいさなクマさんですよ!」
目を輝かせながら、手の平に乗せた小さなクマの金工品を僕に見せる。
「ほんとだ、鉄製か……良くできてるなぁ」
ふわっとした毛並みまで丁寧に再現されていた。
「かわいいですねぇ……」
気に入ったのか、マイカはじっとクマを見つめている。
「お土産に買って帰ろっか?」
「えっ⁉ い、いや……でも……」
「部屋に飾ればきっとかわいいと思うなぁ」
「うっ……そ、それは……」
「大丈夫、そんな高いものじゃないし平気だよ。それに作業も手伝ってもらってるからね」
「その、ではシチリさえ、よければ……」
「じゃあ、僕はこっちの鹿にしようかな」
隣に置いてあった子鹿の置物を手に取る。
小さいながらもずっしりとした重みが良い。
「あ、そっちもかわいいですよね!」
「ふふ、そうだね」
と、その時――。
『おい! あっちだ!』
『早く医者を呼べ!』
何やら外が騒がしい。
店の外を見ると、遠くに人だかりが出来ていた。
「何かあったんでしょうか……」
マイカが心配そうに眉をひそめる。
「ありゃ……誰か倒れたみてぇだな」
一緒に様子を見ていた店主がボソッと呟く。
「シチリ、大丈夫でしょうか?」
「うん……」
「あの、行ってみませんか? もしかしたら、なにか手助けできることがあるかもしれません」
真っ直ぐな目で見つめられ、僕は返答に窮した。
なるべくなら、あまり目立ちたくないというのもあるし、もし仮にここでマイカの力が発揮されてしまったら……。
考えただけでも恐ろしい。
そうなれば、きっと、もう普通の生活は送れなくなってしまうだろう。
「シチリ、だめですか?」
「わ、わかった、でも……」
僕はそう切り出して、マイカに小声でささやくように、
「手助けできるとしても、直接何かをするのは僕だけにしよう」と言った。
「え……」
「ごめん、これは僕のわがままなんだけど……マイカにあまり目立って欲しくないんだ」
「そうですか……わかりました。では、シチリのお手伝いだけでもさせてくださいね」
「うん」
僕は急ぎ置物を買って背嚢に仕舞うと、人だかりのあるところへ向かった。
*
『おいおい、爺さん大丈夫か……』
『急に倒れたらしいぜ』
『あれ、ヘンリー爺さんじゃねぇのか』
人だかりをかき分けて中心に向かう最中に、不穏な言葉が耳に入る。
ヘンリーさん⁉ まさか⁉
人混みを抜けると、二人組の男女に介抱されているヘンリーさんの姿があった。
「ヘ……ヘンリーさん!!」
僕は慌てて駆け寄り、名前を呼ぶ。
「ヘンリーさん! 僕です! シチリです!」
真っ青な顔のヘンリーさんがわずかに反応した。
「君は……この人と知り合いなのかい?」
男の人が尋ねてきた。女性の方も心配そうに僕を見つめている。
「はい、ヘンリーさんにはいつも良くしてもらっていまして……あ、僕は薬師をしているシチリといいます」
「まぁ、薬師さん? あなた、じゃあこの方にお任せした方が……」
「え? あ、うん、まぁ……」
男の人が横目で僕の顔色を伺っているのがわかった。
「大丈夫です、僕に任せてください。家も知っていますし、きちんと送り届けますので」
「そ、そう? じゃあ、悪いけど後はよろしく頼むよ」
「はい、本当にありがとうございました。すみません、ヘンリーさんが目覚めたら、きっとお礼を言いたいと思うので、良かったらお名前を教えていただけませんか?」
二人は顔を見合わせ、少し悩んだ様子だったが、
「君、町外れにある渡し船を知ってる?」と男が尋ねてきた。
「はい、乗ったことはないですけど……」
「私達が営んでいるんだ。元気になったら遊びに来るといい」
「あ、はい! ヘンリーさんとご挨拶に伺いますので」
二人に礼を言い、マイカとアイコンタクトを取る。
ここじゃ見世物だ。
ひとまず、静かな場所に移動しよう。
僕はヘンリーさんの脈を取り、熱やその他の異常がないか調べた。
特に外傷もない。脈は少し弱いけど途切れてはいない。
貧血……かな。
口の匂いを嗅いでみる。特に変な臭いもしない。
「ヘンリーさん、聞こえますか? 聞こえたら僕の手を握ってください」
すると、ほんの僅かだが、反応があった。
よし、意識はある――。
「マイカ、すぐ近くだから、ヘンリーさんを家まで運ぼうと思う。悪いけど背嚢を持ってもらえるかな」
「は、はい! もちろんです」
マイカに背嚢を手渡し、僕はヘンリーさんを抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこになってしまっているが、今は非常事態だ。
きっと、ヘンリーさんも許してくれるだろう。
マイカに道順を教えながら、僕は小走りで家を目指した。