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 家に戻り、ピウスを馬小屋に繋ぎ直した。


「お疲れさん、本当に調子良さそうだなぁ……毛艶も以前と大違いじゃないか」

『ブルル……』


 当然と言わんばかりにピウスが頭を振った。


「ははは、わかったわかった」


 ブラシで首筋を撫でてやっていると、

「お帰りなさい、シチリ。ピウスもご苦労さま」と、マイカがやってきた。

「あっ……ただいま。やっぱりそれ、とても良く似合ってるね」


 マイカは僕のプレゼントした洋服を着てくれていた。

 一度着てくれてから、勿体ないと言って中々着ようとしなかったのだ。

 少し照れくさそうにして、風に揺れた髪と水色のスカートを手で押さえる。


「本当です……か?」

「ほ、ほんとうだよっ! すごく……その、き、綺麗だと思う……よ」


 言ったそばから、自分の耳が火照っていくのがわかった。


「っ……⁉」


 マイカも驚いたのか、あわあわとしながらも次の言葉が出ない。


『ブルルッ!』

「うわわっ⁉」


  ピウスに鼻で押され、僕は干し草の山に頭から突っ込んだ。


「シチリ!」

「いてて……」


 草の中から這い出て顔を上げると、マイカが干し草だらけの僕を見て「ぷっ」と吹き出した。


「もう、ピウスったら。シチリ、大丈夫ですか?」

「あ、うん……あはは」


 差し出された白い手を握る。

 起き上がろうとすると、今度はマイカの背中をピウスが鼻で押した。


「きゃっ⁉」

「おわっ⁉」


 マイカを受け止め、再び干し草の山に埋まる。

 まったく、ピウスの悪戯好きには困ったもんだ……。


「――⁉」


 目の前に、美しい薄青の瞳があった。

 薄暗い干し草の中で、それは、あの美しい沢の流れのようにきらきらと輝いていた。


 なんて綺麗なんだろう……。

 それに優しくて、気が利いて、こんなにか弱そうなのに、しっかりもしてて。

 マイカの瞳から目が離せない。


 見つめ合っていると、どんどん好きな気持ちが溢れてくる。


 ふいに、瞳を通じて心の声が聞こえてしまうんじゃないかと不安になった。

 でも、ぜんぜん嫌じゃない。むしろ、この気持ちが届けばいいのに……。


 気付くと息をするのさえ忘れていた。

 心臓の音がうるさくて、もう、自分の心の声さえ聞こえない。


 だ、駄目だ、近すぎる――。


「あ、ご、ごめん……」


 慌ててマイカから離れようとすると、

「シチリ……私、今がとても楽しいです」と、マイカがそっと僕の胸に顔を埋めた。

「え……あ……」


 僕は抱きしめたくなる衝動を必死に堪え、そっとマイカの華奢な肩に手を添えた。


 ――変わらない。


 たとえ彼女が何者だとしても、僕の感じているこの気持ちは絶対に変わらない。

 何があろうと、彼女だけは絶対に守ってみせる。


「ありがとう、僕も……今が一番楽しい」

 そう囁くと、マイカがぱっと顔を上げた。


「本当ですか?」

「うん、ずっと独りでいいやって思ってたんだけどさ……今はずっとマイカと一緒にいたいって思ってるよ。も、もちろん、マイカがよければだけど……」


「シチリ……」


 僕達は見つめ合いながら、おでこをくっつけた。

 お互いに干し草だらけだ。

 段々と可笑しくなってきて、どちらからともなく笑った。


「ふふふ」

「あはは」


 二人で草を払って、干し草の中から立ち上がると、ピウスは『ブルッ』と短く鼻を鳴らした。

 まるで僕に「感謝しろよ?」とでも言っているようだった。



 夕食を終えたあと、僕はヘンリーさんに持って行く薪のストックがあるか納屋に確認しに向かった。


「ふんふ~ん、うん、これなら十分間に合うな」


 鼻歌を唄いながら確認を終えると、ついでに薬品類を少し整理した。

 異常に育った薬草のお陰で、かなりストックができたからな……。


「シチリー?」


 マイカの声だ。僕を探しに来たのかな。


「どうしたのー、ここだよー」

「あ、ここでしたか」


 納屋の入り口からマイカが顔をのぞかせた。

 そのまま中に入ってきて、

「何かお手伝いできないかなと思いまして」と言った。

「いや、今は特にないかなぁ」


「そうですか……」

 マイカは残念そうに少し目線を落とした。


「あ、そうだ。冬も近いからさ、今のうちに一緒に行ってみたいところがあるんだ」

「どこに行くんです?」


「馬車で半日くらいのところに『トリタニア湖』っていう大きな湖があってね、そこの景色がとても綺麗で……、その、良かったら一緒に見に行ってくれないかな?」 


 言い終わった後に、緊張が押し寄せてきた。

 恐る恐るマイカの顔を見ると、一目で喜んでくれているのが伝わってきた。


「私、行ってみたいですっ! あ、でも……お仕事の方は大丈夫ですか?」

「うん、今年はもう冬を越せる分は稼げたし、後はのんびり食料や燃料を揃えるだけから心配ないよ」


 僕が答えると、マイカの顔がぱぁっと輝いたように見えた。


「すっごく楽しみですっ! あ、ピウスも一緒ですよね?」

「あいつには今年最後の大仕事になるかな」


「ふふ、じゃあ、美味しいものを食べて力を付けてもらわなきゃですね」

 意気込むマイカを見て、あれだけ元気なピウスがさらに元気になるのかと思うと、僕は吹き出しそうになってしまった。


「そうだね。じゃあ、家に戻って準備しようか」

「準備ですか?」

「うん、テントとかランプとか、野営の準備をね」



 ――次の日。

 まだ辺りは薄暗い。

 吐く息がほんのりと白く色づいていた。


「ふぅ、これで全部かな……」


 僕は荷物を荷馬車に積み、忘れ物がないか確認をする。


「シチリ、お待たせしました」


 振り返ると支度を終えたマイカが立っていた。

 キャスケット帽を被った彼女は、美しい銀髪を後ろで三つ編みにしている。


 上着は袖の膨らんだシャツにベストを重ね、下はスカートではなく、動きやすそうなゆったりとしたパンツに革のブーツを履いていた。


 急に決まったことで洋服を買いに行く時間もなかったため、マイカには母の残した洋服の中から、好きなものを選んでもらったのだが、まさか洋服が違うだけで、こんなにも可愛らしくなるのかと思わず見蕩れてしまっていた。


「あの、シチリ? 本や写真を参考にしてみたのですが……合わせ方がおかしかったですか?」


 マイカの不安そうな声でハッと我に返った。


「あ、いや違うよ! マイカが着ると何でも格好よく見えるなぁと思ってさ」

「ま、また、シチリはそうやって……」


「いや、本当だって、とても似合ってるよ」

「ありがとうございます……。シチリのお母様は、とてもセンスの良い方だったのですね。どれも素敵で迷ってしまいました」


 本当にマイカは優しいな……。

 母のことをそんな風に言ってくれるなんて。


 そうだ、今度はマイカと一緒にミレイさんのお店に行って、好きな洋服を買ってあげたいな。この小旅行から戻ったらさりげなく提案してみよう。


「はい、これ陽が昇るまでは冷えるから」


 僕は旅用のローブマントを手渡した。


「ありがとうございます。うわぁ、とてもあったかいですね!」


 マイカはマントにくるまってはしゃいでいる。


「いいでしょ? 軽くて風も通さないからね。よぅし、じゃあ出発しようか?」

「はい!」


 柔らかい毛布を敷いた御者台にマイカを座らせた後、僕はピウスの手綱を引いた。


「しゅっぱーつ!」

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