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「ただいまー……あれ? マイカぁー? 帰ったよー」


 リビングに入っても人の気配がなかった。

 そのまま、マイカの部屋に行ってみる。


 扉をノックしてしばらく待ってみるが、中から返事はなかった。


「……マイカ? 入るよ?」


 僕は少し躊躇いながらも、ゆっくりと扉を開けた。


「……」


 中はもぬけの殻だ。

 特に変わったところはない。


「おかしいな……」


 段々と、嫌な予感がしてきた。

 僕はその予感を振り払うように、早足で畑に向かった。



 相変わらず発育の良いハーブや野菜は、日毎に品質が良くなっている気がする。

 瑞々しくて発色も良い。ハーブは香りも豊かで薬効も高い。

 町に持って行っても、最近は驚かれることが増えていた。


「マイカー? いる?」


 畑の中を歩き回って探してみたが、マイカの姿はなかった。


 どうしよう……まさか、悪い奴らに見つかってしまったとか?

 もし、そうだとしたら、どんな手を使っても彼女を救い出さなきゃ……。


「あ、シチリ? 帰ってたんですね、お帰りなさい」


 裏の乾燥室から出て来たマイカがにっこりと笑う。


「ほら、見てくださいこれ、かなり上手にできたと思いませんか? へへへ」


 マイカは粉末にした薬草を見せた。


「……えっ⁉ シチリ?」

「マイカ!」


 僕は考えるより先に、マイカを抱きしめていた。


 いきなりこんなことをして、嫌われてしまうかもしれない。

 でも、マイカは優しいから、きっと、怒ったりはしない。


「ちょ……ど、どうかしましたか? 何かあったのですか?」


 僕を気遣うマイカの声が嬉しい。

 洋服越しに伝わってくる体温が、マイカの甘い匂いが、肌に触れる絹のような髪の感触が。

 ここにマイカがいることが、それだけが無性に嬉しかった。 


「……シチリ?」

「ご、ごめん……でも、もう少しだけ、このままでもいいかな……」


 戸惑うマイカを抱きしめたまま、僕はそう囁く。


 返事はなかった。


 表情も見えない。


 ただ、マイカは僕の背中にそっと手を置いてくれた。



    *



 次の日の朝――。

 部屋を出てリビングに行くと、マイカが台所に立っていた。


「おはよう……」


 僕が目を擦りながら言うと、

「お、お、おはようございます、シチリ……い、今、朝食をつくっていますので」と、マイカからぎこちない返事が返ってきた。


「……どうしたの? 具合でも悪い?」

「い、いえ! 健康そのものです!」


 マイカは僕から目を逸らして、サラダを盛り付けている。


「……なら、いいんだけど」


 パンやミルクをテーブルに並べるのを手伝う。

 朝食の用意が終わり、お互いに席に着くと、やっぱりマイカの様子がおかしかった。


「いただきまーす……」

「い、いただきます」


 俯いてまるでリスみたいにパンを囓っている。


「どうしたの? 何かあった?」

「い、いえ! 特に……」


 目を合わせようとしない。

 もしかして、昨日の……。


「あのさ、もしかして……昨日のこと……怒ってる?」

「――⁉」


 マイカは、ビクッと肩をふるわせた。


 やはりそうか――。

 そりゃあ、いきなり抱きつくなんて、女の子なら嫌がるのが普通だ。

 あぁ、何であんなことをしてしまったのか……。


「本当にごめん! あんなことをするつもりじゃなかったんだ……。でも、帰ったらマイカの姿がなくて……もしかすると、悪い奴に攫われたのかと思ってさ、その……色々と感情が高ぶったというか、そのぉ……ごめん。いきなりだもんね、怖かったよね……これからは――」

「シチリ、違うんです!」


「え?」

「べ、別に嫌だったわけではなくてですね……その、シチリの顔を見るのが……少し、恥ずかしいというか……」


 マイカはモジモジと指先を触りながら耳を赤くしている。


「……」


 今度は僕の顔が真っ赤になった。


「そ、そっか……あ、でも良かった! 嫌われちゃったかと思ったからさ……あはは、ま、まあ、ほら、あれは……その、僕達もかなり仲良くなったって証拠だよ、うん」

「そ、そうですよね! ピウスとも毎日ハグをしていますし、特に不思議なことではないかと」


 妙な理屈をこねながら、どうにか僕達は互いの顔を見ることができた。


「……ふふっ、私達、変ですよね」

「うん、変だね」


 悪戯っぽく笑うマイカが可愛くて仕方がなかった。

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