7.結婚
テオドシーネの日常は輝きだした。
懸命に自分と距離を縮めようとしてくれるシエルフィリードがいじらしくてたまらない。
そういえばピエトロの婚約者になってから四年間、馬鹿にされたことはあっても歩みよられたことはなかった。元婚約者は、努力を認めてくれなかったし、頼ってくれたこともなかった。
「シェル様、おはようございます」
「あぁおはよう、テオ」
いまだに寝室は別だけれども、二人の朝は同時に始まる。
時刻をあわせて部屋を出て、二人で食堂へ向かう。
手をさしだせば、シエルフィリードは真っ赤になりながらもエスコートしてくれる。このあと使用人たちに奥様から手を出させるなんてと叱られるのだろう。しかし握ってくれるようになっただけ進歩だから、テオドシーネは彼らをなだめてシエルフィリードに笑いかける。
「奥様は旦那様に甘すぎます」
「そうね、きっとそうだわ。わたくしはシェル様に甘すぎるのね」
近ごろはテオドシーネにも家令のお小言が飛んでくるようになった。だからといってあらためる様子もないテオドシーネに家令はため息をつく。
そうすると必ず、シエルフィリードが口を挟んだ。
「ぼくが、いつか……」
けれどもその先は続かない。
続かなくとも、テオドシーネにはわかった。
いつか、テオドシーネを甘やかせるくらいの男になる。
シエルフィリードはそう誓っているのだ。
実際にシエルフィリードの凛々しさはどんどん増している。……と感じるのは、妻になる者の欲目だろうか。
朝食をすませたあとはシエルフィリードと執務室へ行き、領内についての知識をたくわえる。ゆくゆくは補佐として公爵領の内政を助けることもできるだろう。
テオが行くなら、とシエルフィリードは領内視察へも意欲を見せた。もちろん、かぶりものなしで、である。家令は料理長と手をとりあって踊っていた。
(領民たちは、公爵閣下がシェル様だと知ったら喜ぶだろうな)
歓迎されるシエルフィリードを想像してテオドシーネはほほえんだ。
すました顔をしていれば、絶世の美男子と名高いピエトロですら霞むほどの美貌である。
(でも、なんだかみんなに知られるのはもったいない気がする……いえだめよ、そんなことを考えては)
ふとわいた感情に、胸に手を当てる。
シエルフィリードは使用人たちのあまりの騒ぎように苦笑しつつ、己のこれまでの所業をふりかえっては仕方がないと思うのか、黙っている。
ずいぶんとおだやかなたたずまいになったと思う。貫禄も出てきた。
その変化をひき起こしたのが自分であるなら、こんなに嬉しいことはない。
かわりに男性の好みを歪ませられた気がするが、一生を添う相手がシエルフィリードならばかまうことはないだろう。
テオドシーネはすでに気づいていた。
自分はシエルフィリードに恋をしている。
一生を添い遂げたいと願っている。
***
「本当にいいのかい? ぼくはこんなだし、三十六だし……もう人生の半分をすぎて久しいよ。あ、早いとこテオに財産を遺せるという点ではいいかもしれないけど……」
「縁起でもございません。シェル様は長生きしますよ。わたくしと同じくらいに」
届いた婚姻誓約書を前に、銀の瞳をきらきらと瞬かせながらシエルフィリードは何度も懸念を口にしたが、テオドシーネはさっさとサインをすませた。これだけの肌艶をたもちながらなにを言っているのか、と呆れつつ。
おまけにあれほど不安げだったシエルフィリードも、テオドシーネがサインをしたあとではあっさりと誓約書にサインした。そしてそれをいそいそと丸筒に入れてリボンまでかけているものだから、テオドシーネはつい笑ってしまった。
シエルフィリードの淡灰色の瞳が銀に輝くとき、それは彼の目が涙の膜で覆われつつあるときだ。
かぶりものはきっちりと手入れをされて、シエルフィリードの部屋のクローゼットへと片付けられた。
きっと心は通じあう。
それどころか、大切な伴侶にもなれる。
――そんな幸福の予感にひたっていたときだった。
家令が、突然のピエトロとマリリンの来訪を告げたのは。





