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婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!  作者: 杓子ねこ


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5.食事をいっしょに

 数日のあいだ、シエルフィリードとは別々にすごした。家令や侍女たちは妻を迎えたにしては冷たすぎる主人の態度に思うところあるようだったが、テオドシーネはしずかに諭した。

 

 生き物はなんでも、環境の変化にストレスを感じるものである。飼ったばかりの観賞魚も仔犬も、まずは環境に慣れさせることが肝要。食べないのならば餌もひかえてよいし、無理にかわいがろうとすることなどは論外だ。

 テオドシーネは魚や犬がシエルフィリードだとは言ってない。あくまで()()をそう例えたのである。環境が変わったのはテオドシーネのほうなのだから。使用人たちはこの建前に納得してくれたようだった。

 

 

 食事は一人でとり、日中はユフ家から送られてきた家財道具や衣装、宝飾品の整理をしてすごす。

 輿入れの品々といっしょに手紙が二通きた。

 

 一通は、王都にいる父から。テオドシーネの意見を全面的に採用し、婚姻誓約書は王家に申請中であること、ピエトロの行為については侯爵家側からの申し入れはしないことが記されていた。

 手紙を胸に抱いてテオドシーネはほほえんだ。ところどころの文字の乱れから、愛娘に起きた出来事への怒りが読みとれる。いまはそれだけで嬉しい。

 

 もう一通の手紙では、ピエトロの様子を知った。

 己の整えた婚約を勝手に破棄された国王はさすがに事の重大さに気づいたようで、ピエトロはこってり油をしぼられたらしい。

 「そなたのほかにも男児はおるのじゃぞ!」というピエトロにとってはもっともつらい脅しを投げられ、現在は家庭教師をつけなおして再教育中……とのことだ。マリリンとの交際は認められたものの、テオドシーネに見放された以上ほかに妻を得るあてもないから、という理由だった。

 それはつまり彼が後ろ盾を失い、これ以上ない崖っぷちに立たされたという意味でもある。

 

(これでピエトロ様も目を覚ますといいけれど……)

 

 王家の嫡男として生まれ、容姿にも自信のあったピエトロは、周囲の気づかぬうちに増長してしまった。

 けれどもいまならまだとりかえしはつくはずだ、とテオドシーネは思っていた。

 そしてこれでピエトロが心を入れかえるのであれば、テオドシーネへの嫌がらせもまた報われるというもの。

 

(まぁ、シエルフィリード様との結婚は、結局まったく嫌がらせになっていないのだけれど……)

 

 良縁ともいえるかもしれない、とそこまで考えて、テオドシーネはノックの音にふりむいた。

 時刻を確認する。まだ夕食前の時間だ。

 

 まさか――とよぎった推測を家令の声が肯定する。

 

「奥様、お夕食の支度ができましてございます。……本日はいっしょに席につきたいと、旦那様が」

 

 扉の向こうから聞こえた声は、いまにも泣きそうに震えていた。

 

 

 感動にハンカチを握りしめる家令とともに食堂へ赴いたテオドシーネが見たものは、顔全体をすっぽりと覆うマスクをかぶったシエルフィリードであった。

 

 マスクは毛羽立ちのしづらい柔らかそうな糸で織られていた。首元から頭の先までのうち、目と口の部分だけが穴になって見えている。

 寒冷な地方の人々が雪に肌を痛めぬようかぶる防寒具である。しかし顔を隠すことができるため、強盗団などもたびたび用いるという。たしか呼び名を『目出し帽』といった。

 

 高級感のある白藍ホワイトインディゴのマスクから、天使の羽を凍らせたかのような美しいカーブの睫毛がのぞく。視線をあわせようとしない瞳は緊張に煌めき、赤らんだ頬がマスクの向こう側に見えるようだった。

 

 一瞬で跳ねあがった鼓動を、テオドシーネは根性で叩きふせた。強盗に扮してしまった主人に家令が背後でよろめいているのがわかるが、気づかう余裕はなかった。

 最初の晩にまじまじと見つめてしまったのが嘘のようだった。あのときはやはり精神が切迫していたのだと心の中で納得する。そうでなければいまこんなにときめくはずがない。

 いまのテオドシーネには、目だし帽からのぞくわずかなパーツだけで、十分に刺激が強かった。

 

 動揺を悟られないようににこりと笑う。

 

「お目元とお口が見えるだけで、ずいぶんと印象が変わります。シェル様」

「そうか。しかしこれは、鼻が苦しい」

「では明日は鼻の部分も穴をあけてはいかがでしょうか。わたくしももっとお顔が見えて嬉しいです」

「……そうか」

 

 シエルフィリードが緊張にひき結んでいた唇をゆるめる。それは蕾をひらく薔薇のようで。

 テオドシーネは、痛いほど鼓動を打ち鳴らす心臓をドレスの上から押さえた。

 

 照れたシエルフィリードがすぐにうつむいてしまってよかった。あの婉麗なる灰色の瞳と視線をあわせつづけていたら、食事の味もわからなくなる。

 と思ったところで下をむいた視線の先でシエルフィリードの両手がもじもじとナプキンを折りたたんでいることに気づき、テオドシーネは天を仰いだ。

 

(なんなの、この気持ちは……)

 

 十六年生きてきて思ってもみなかった感情。むずむずとしたものがわきあがって止まらない。

 

 家令は泡を吹いて倒れてしまったが、ここは前進と見るべきであろう。

 シエルフィリードにとっても、テオドシーネにとっても。

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