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婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!  作者: 杓子ねこ


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2.変人公爵

 自分が婚約破棄したテオドシーネを、クイア公爵家へと嫁がせる。

 

(なるほどうまく考えたものね)

 

 テオドシーネは馬車の中でひとりうなずいた。

 馬車は、餞別という名目のいくばくかの服とテオドシーネただ一人をのせて、クイア公爵家をめざしている。

 おとなしく従ったのは、たとえ抵抗しても無理やり連れだされるであろうことがわかっていたからだ。護衛と称して取り巻きの一人を同乗させられるくらいなら、反抗の意志がないことをしめして一人でいたほうがずっといい。

 

 そしてテオドシーネが()()()()()()クイア公爵家へむかった時点で、婚姻の既成事実はつくられた。

 ユフ侯爵家がテオドシーネをとり戻す算段をしているうちに、口裏を合わせた取り巻きたちがテオドシーネの悪い噂を流す。婚約破棄は妥当であったと周囲が考えれば、体面を重んじるユフ侯爵家は娘をあきらめるしかない。

 ピエトロの視界からテオドシーネは半永久的に消えるのだ。〝変人公爵〟へ嫁がせたという、ピエトロにとっては胸のすくような復讐を成して。

 

(わたしは間違っていたんだわ……)

 

 心を尽くして説得を試みてもピエトロの態度は変わらなかった。むしろ自分が拍車をかけてしまったのだとテオドシーネは後悔した。

 マリリンに嫉妬したわけではない。ピエトロのことは政略結婚と割り切っていた。少しでも国のためになればと思ったのだ。

 自分がでしゃばるようなことをしなければ……。

 

(いえ、すぎたことを落ち込んでも仕方がないわ)

 

 婚約破棄されたこの身と引き換えに、国王陛下が事の重大さに気づいてくださればそれでよい。

 最初からその覚悟で動いていたはずだ。

 

 深呼吸を一つして、うつむいていた顔をあげる。

 未来のことを考えなければと思い、けれどもテオドシーネの顔色はまた暗くなった。

 

 彼女にとっての次の懸念は、嫁ぐことになるクイア公爵の人となりである。

 彼が噂どおりの人間で、黒魔術の生贄にでもされたら……。

 ぶるっと震えた身体を隙間からさしこむ風の冷たさのせいにして、テオドシーネは両手で自らを抱きしめた。

 

(シエルフィリード・クイア公爵閣下……どんな人なのかしら)

 

 日はほとんど沈み、窓の外を流れる風景はおぼろげになりつつあった。

 そのどこかに噂にあったような獣や魔物の影が隠れているように思えて、テオドシーネは視線を伏せた。

 

 

***

 

 

 テオドシーネの疑問はすぐに答えを得た。

 

 なぜならば、馬車の来訪を告げる合図とともに平身低頭の使用人たちに案内され、到着してすぐに公爵本人に目通りすることになったからである。

 

「すみません、怖い人じゃないんです……」

「怖い人じゃないんです、すみません、すみません……」

「会っていただければわかります、主人は怖い人間ではございませんので……」

 

 下男にもメイドにも家令にも同じ言葉をくりかえされて、これで不安にならない者がいれば教えてほしいとテオドシーネは思ったが、一方でほんのわずかに安堵もしていた。

 彼らの様子からして、怖い人間ではないというのは本当のようだ。なら黒魔術の生贄にはされないはずだ。

 ただ、怖くないなら、なんなんだ、と思うのだが――。

 

「旦那様、テオドシーネ様をお連れいたしました」

 

 呼びかけに応える声はない。しかし家令は躊躇なくドアを開けた。

 

 テオドシーネは、足を踏みだしかけ。

 目を見開いた。

 

 ドアのすぐ近くに、一人の男が立っていたからである。

 そしてその男の頭は、

 

「馬……?」

 

 思わず声が漏れた。

 はばかるのも忘れてさらにまじまじと見つめてしまう。

 

 馬。馬である。しかし動物の馬ではなくて、動物の馬の頭の部分だけを再現したかぶりもの。それをかぶった男だ。

 つまりどういうことかというと、馬のかぶりものをかぶった男だ。

 かぶりものなら、馬の悪魔ではない。

 

(あぁ、わたし、混乱してるわ)

 

 テオドシーネと同じ栗色のたてがみ。鼻すじを一直線に通る鼻梁白。

 睫毛の長いすずしげな馬の目がテオドシーネをまっすぐに見つめている気がするが、完全に気のせいである。あれはガラス玉でできた目で、覗き窓でもないらしい。なんせ馬の目は三五〇度の視野を獲得するために左右についている。人間の目の位置とは違う。

 

 仕立てのよいジャケットにスカーフをまいた優雅な身なりの男。

 肩の位置から考えるにテオドシーネと同じくらいの身長なのだが、首から上が馬のかぶりものなせいで間近から馬に見下ろされており、威圧感がすごい。

 馬術の心得はあるけれども。

 暴れ馬より、人間の男に馬の頭がついているほうが対処に困るのだ。人生でトップクラスにいらない知識をテオドシーネは得た。

 

 テオドシーネと馬は黙って見つめあった。

 

 気が遠くなりそうな沈黙のあと、先に動いたのは馬男だった。

 手袋をはめた手が頭部へかかりゆっくりと持ちあげる。

 

 テオドシーネはふたたび絶句した。

 

 ひきあげられた馬のかぶりものからこぼれ落ちたのは、ふんわりとカールを巻いた銀色の髪。

 ざんばらに落ちかかる前髪に透かして、同じく銀色の睫毛が伏せられた瞼の縁を飾っている。瞳は淡い灰色……光の加減で銀にも輝いて見える。目元はほんのりと赤く、肌は磨きあげられた大理石のように白い。

 悪魔とは真逆の存在――空気をきらめかすその姿は、天使のように見えた。

 しかしなぜ馬から天使が出てくるのかがわからない。

 

 まだ目を見開いているテオドシーネの前で、ほとんど唇を動かさないまま、くぐもった声で彼は言った。

 

「ぼくが、シエルフィリード・クイアだ……」

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