9話 論功行賞
目を覚ます。
瞼に差す日光があまりにも眩しかったため、どうにも眠気が吹っ飛んでしまったのだ。
……頭に当たるじゃりじゃりした煩わしい枕の感覚を覚えつつも、なんとか見慣れた風景をゆっくりと見回す。
「あ、アキラくん目覚めた?」
「…………柏原さん?」
「うん。おはよう」
「……おはよう」
あれ、桶狭間にいたはずでは。
義元の魔剣と対峙していたはずでは。なんで家に戻ってきているんだ?
ぼーっと、呆けていると優梨と背後からぞろぞろと寺子屋で預かっている子供達が入ってきた。
「お師さま! おはようございます!」
「お師さま! 大将首、おめでとうございます!」
「あ、そうだった。おめでとうございます!」
「…………?」
大将首? 義元の?
いや義元と対峙したのは覚えている。覚えているが、なんか途中からの記憶がない。
あの後はどうなった? 孫四郎は? 秀吉は? 多分勝っていると思うが織田軍はどうなった?
「織田軍、大勝だって。あと勲功授与の儀があるから清州城に登城しろって柴田さんが言ってたよ」
「柴田……柴田殿が? そういやあの人今回の戦に出てなかったな……」
「今回は那古野城でお留守番だってさ」
「ふーん……」
まぁ何事もなしならどうでもいいか。
柴田殿も思うところがないわけではないと思うが、アキラが考えるだけ無駄だ。
それにお留守番……城代だって重要な仕事だ。
謀反、一揆、他家の侵攻、調略対処などなど。城主が不在のうちに起こる可能性のあるトラブルを片付けなければならない。
それはさておき。
「……頭ガンガンする。清州行きたくねぇ」
「あとで診療してあげるから、とりあえずお金だけ貰ってきて」
「……財政難の弊害が……!」
色々と聞かれるのは目に見えてるのに。すごく行きたくないのに。
行きたくない。けど金は欲しい。
どうにか代役を作れないか……!
「ほらアキラくん?」
「くっ、万事休すか……!」
「お師さま、これが尻に敷かれるってことですか?」
「あ、阿書に書いてある! お嫁さんに強く出れない男の人……」
「うるせえ! 行ってくる!」
「行ってらっしゃーい」と見送る優梨含む子供達。
アキラは頭痛を涙を呑んで堪えながら、どんどんと肩身の狭くなる寺子屋を出て清洲城へと向かうのだった。
ーーー
あの後アキラは倒れたのだと言う。
大将首を取った瞬間、突然気を失うものだから一緒にいた孫四郎と秀吉は大慌て。
大将を討たれた衝撃と焦燥で迫り来る敵兵を孫四郎が薙ぎ払いながら信長本陣へと帰参したのだという。
その中に一介の武将も含まれていたそうだが、名はあまり覚えていないのだとか。
なんでも『いいなおなんちゃら』と名乗っていたそうなのだが、無学な孫四郎には知らないことだったのだ。そこは覚えとけよ。
義元の遺体はぺちゃんこに潰れており、言い方がアレになるがバラバラに砕けた骨が肉を貫通するほどの損傷を受けていたのだとか。
しかし顔はなんとか確認できる状態にあり、義元本人の遺体だと言うことが確認された。史実で義元を討ち取っていた人誰だっけすまん。
ともあれ『嘉瀬アキラが今川義元を討ち取った』という武功が出来上がったというわけだ。
あまり功績を立てる気もなかったアキラだったが、まさか敵の総大将が魔法を使ってくるとも思わず本気を出してしまった。
その時の光景を見ていた人は何人いるのだろうか。
見られた分の口封じしなきゃな……と物騒なことを考えているうちに、桶狭間の勲功授与が始まっていた。
日本の魔王のイメージがある織田信長だが、目の前で金一封を渡す男が魔王と呼ばれているとは到底思えない。
松葉色と卵色の呉服を着た、鼻筋の通った切れ目イケメン。流石は織田というべきか。やはり尾張というべきか。どう見てもイケメンだなクソが。
「此度の活躍を評価し、其方には五十貫を進呈する」
「ははっ! 有難き幸せに御座います」
「うむ、下がれ。次」
「前田又左衛門利家」
「はっ!」
戦で活躍したらしい人が下がっていくのと同時に、名を呼ばれた孫四郎が前に出る。
それまで笑顔で対応していた延永の表情が、途端に暗くなった。……ああ、そういえばコイツ、疎まれてるんだっけか。
「貴様……堂々と喧嘩を売っているようだな」
「一切その気は御座いませぬ。オレが仕えるのは織田信長様ただお一人に御座れば……」
「黙れ。貴様のした狼藉、我は許してはおらぬぞ」
「あの件の許しを貰うよりも先に、オレはお館様のお役に立ちとう御座います」
「ならば下がれ。そして出て行け。貴様に与える勲功などないわ!」
「…………はっ」
孫四郎の顔は暗い。
大名相手故の仕方なさはあるが。自分の物を取られた上に罵倒され、やり返したら勘当とか現代でも聞かない酷い話である。
孫四郎に同情しつつもアキラは自分の番を待つ。
「嘉瀬アキラ」
「はっ」
呼ばれると同時に速やかに前に出る。信長の前に座るとギロリと一瞥睨まれた。もう早く帰りたい。
「貴様が嘉瀬アキラか」
「はい」
「よくぞ義元の首を取った。遺体は砕けていたそうだがな。何をした?」
「殺しただけです。諸行無常、盛者必衰。いや衰退って怖いですね、弱ってましたよ義元さん」
「そんなわけがあるか、たわけ。この前まで一揆を鎮圧していた男が弱っているわけがなかろう」
「どれだけ強かろうと、人は老いますよ」
瞬間、抜刀の音を聞いた。
鼻先寸前まで迫った信長が、鞘から放った刀の峰をアキラの首へ押し当てたのだ。
首に感じる冷たい鉄の感触。いつ切られてもおかしくない状況にあるアキラに信長は問う。
「馬鹿にしておるのか?」
「していません」
「これは好奇心だ。我は気になっておる。又左が連れてきた者がどれほどの物か、そして何者か」
「……今はただの寺子屋の先生ですよ」
「ハッ。昔は違う様子だがな。まあ、よかろう。貴様の勲功に免じて許す」
首の冷たい感触から解放される。
ふぅ、と質問攻めという苦境を避けきったアキラは、鞘に仕舞われる刀を見て絶句した。
「……その刀は……」
「……少なくとも義元と会ったことがあるのは本当のようであるな。義元の亡骸から奪った宗三左文字だ」
あれ、義元左文字じゃなかったっけ。
「元は三好宗三の刀。そこから紆余曲折を経て義元の手に渡った代物よ」
おお、と後ろから歓声が出る。
なるほど。だから宗三なのね。
不可解なのは魔剣としての力を解放する時、叫ばれていたのは『義元左文字』だということ。
元の名前が宗三ならば、なぜ『義元』という名前で魔剣……魔刀は反応した? 左文字が刀本来の名前とか?
「なんにせよ、まずは其方の勲功であるな。今川大将首に対し三百貫を進呈する」
「さんびゃ……!?」
三百貫。
現代基準に換算すると、一貫を12万円として3600万円に相当する。下手すりゃ遊んで暮らせるじゃねえか。
「そなたの奇怪な力は、それほどの重責と心得よ」
「は、はぁ……」
「うむ、信盛よ。此奴で終わりか?」
「はっ。これで全員で御座いまする」
「うむ。皆の衆、よくぞ苦境の中戦った。大義である」
背後の全員がその言葉に反応し、部屋から退出するためにのそのそと歩いていく。
その流れに乗ってアキラも出ようとしたところで、アキラに目をつけた信長に待ったをかけられた。
「待て、貴様は残れ」
「…………はい」
また面倒なことが始まりそうな……
嫌な予感を偲ばせつつ、アキラは信長の横暴に付き合うのだった。




