3話 槍の又左衛門
前田又左衛門利家。
『槍の又左衛門』の異名で知られ、波瀾万丈な織田弾上忠家の最前線を槍一本で駆け抜けた猛将。21歳の時に10歳下のまつと結婚。同年に長子の幸が生まれる。
俗説的には11歳の幼妻を孕ませたロリコンとして知られる。この件は当時の価値観からしても周囲の反発を生んだが、戦場ではその反発の声を大きく上回る大活躍を見せた猛将としても知られている。
目の前でその幼妻にアキラ達の素性を語るこの男。又四郎改め、前田利家。
現在永禄3年。西暦1560年。
前田利家の名を持つ青年は、笄斬り後の謹慎期間のため浪人生活中だった。
「迫害を受けて逃避行と……それは難儀でしたねぇ……」
「な? オレが奢ってやりたくなる気持ちもわかるだろ?」
「確かにそうですね……断りなくお金を使ったのは不服ですが、用途が人助けであるなら許しましょう」
どうやら家計簿はまつが握っているようだ。
大の大人が子供に家計簿任せていいのか甚だ疑問である。
もうちょっとしっかりしたらどうだロリコン。
「――失礼します」
そんな他愛もない会話をしていると、障子の向こう側から声を掛けられる。
「ん、久千代じゃねえか。どうした?」
「夕餉の献立の確認をしに参りました。嘉瀬様、柏原様、お口に合わない食材などは御座いませんか?」
「あ、俺はそういうのないんで大丈夫です」
「私は卵がちょっと……」
おや。これは意外だ。
柏原さんは苦手な物なんてないと思ってた。
「卵苦手だったんだね。知らなかった」
「ううん、苦手じゃなくてアレルギーだよ」
「あ、なるほど」
そうか、アレルギーか。
完全に存在を失念してました、すいません。
しかし久千代からすぐに訂正が入る。
「卵は予定しておりませんのでご安心ください」
「それならよかったです。優梨、他に苦手なものはある?」
「他はないかな。……あっ。そもそもこの時代の卵って、縁起の悪い食べ物だった」
「へぇ、そうなんだ」
アキラと優梨の歓談を聞きながら、情報収集を終えたのか久千代が下がって行った。
それを見送って孫四郎……『ロリコン』前田利家が豪快に笑ってアキラを褒めちぎってくる。
「兄弟は妻を立てるのか! 良い夫婦の秘訣と聞くぞ!」
「夫婦うんぬんは兎も角、俺は他人には配慮するからな。敵に情け容赦はしないけど」
「良い心構えだ。兄弟は若いからな。信長様の元で働けば武人として大成するであろうよ」
働く気なんてないでござる。
いや労働意欲自体はある。史実の勢力図も知らず不用意に人を殺したくないだけだ。
殺して良いなら殺す。無論、敵意を向けてきた奴に限るが、それくらいの覚悟は出来ている。
というか多分、覚悟しないと無理な奴だ。
日本中世の戦国時代なんて、油断すればすぐに死ぬ。しかも信長の時代ということは、戦うことが多くなりそうだ。
「まぁ、平々凡々に過ごせればそれでいいんだけどな」
「私はアキラくんが生きてくれてればそれでいいよ」
「……いや、それはこっちの台詞だよ。巻き込んだのは間違いなく俺だからね」
「嘉瀬夫妻は仲良いですね」
「まつの言う通りだな!」
ニコニコと笑う前田夫妻。
夫妻という言葉に優梨が顔を赤らめた。
どんだけ恋愛耐性低いんですか……。
「それで兄弟よ。これからの飯はどうして生きていくんだ? ウチも毎食奢るわけにはいかねえぞ?」
「……うーん。それずっと考えてたんだよな。どうやって生計立てっかなぁ」
農民として生きていくにしても荘園なんて持ってなし。持ったとして農業の知識なんてないから農作するのも難しい。
「最悪は操術頼りで織田家に士官かなぁ」
「織田様に士官すんのか? なら一緒に行くぜ!」
「おやめくださいませ旦那様。嫌われているのをお忘れですか?」
「人ってのは生きてりゃ何度だってやり直せんだよ。信長様とだってやり直せる」
「……大体予想はつくが、なんかしたのか?」
大方軍事費パクって飯食いに行ったとか、そんなことで追放されてんだろうと思っているが。
孫四郎の返答は、アキラの予想の斜め上を行く答えだった。
「オレの笄を盗んだハゲを信長様の前で殺しただけだ」
「オマエ何してんの?」
目の前で人殺したらそりゃ気分悪くなるわ。
追放モンだよ妥当じゃねえか。少しは反省の色を見せて大人しくしようぜ。
「……前田利家の『笄斬り』だね」
「なにそれ」
「まっちゃんのお父さんの形見の笄を盗んだ、信長お気に入りの茶坊主を信長の前で問い詰めて、謝るどころか侮辱してきたから激昂して殺したってエピソードだよ」
「なんでそんなこと知ってんの?」
「えっ……いや、ほら……偶然だなあ?」
(なぜ疑問形……?)
頭に疑問符を浮かべるアキラを他所に、「歴史アニメから派生した知識」だとは言えない優梨は慌てて口籠る。
「んんっ! 兎に角、それが理由で織田家から追放されて浪人生活を送ってるって逸話だよ。たしかこの後……」
「よく知ってるな。ついに他国にまで知られるようになったんかねえ?」
「あ、あー! ゆ、有名ですよ! 他国では! 織田様関連は!」
「そんなに情報が出回ってんのかぁ。これからは間諜にゃもっと気をつけなにゃいけねえなあ」
(というか、笄ってなに?)
ボロを出しそうな優梨と、天然に事を収めていく孫四郎を余所目に「今日の夕食はなんだろうなぁ」とアキラは明後日の方向を向いた。




