0話 始まりの狼煙
「ッ……にゃろぉ。痛かないけど、これめっちゃ苦しいじゃねえか……!」
「だね……落下の衝撃がカバーしきれてないよ……」
無事、不時着。
胃酸が逆流しそうな圧迫感と共に大地に足をつけたアキラと優梨は、木々が生い茂る森の中に降り立った。
森というよりも、傾斜があるから山の中なのだろうか。
着陸失敗からの転倒なんて悲惨な結果にならなくて良かったとも思うが、結局痛い思いをしたことに変わりはない。恨むぞアグノス。
「ここ何処だ? 少なくともマグナデアではないんだろうけど……」
「……あれ?」
何かに疑問を覚えたように首を傾げる優梨。
口に出された疑問符が気になり、思わず優梨を見たアキラの瞳に映ったのは、近くの木に手を触れていた優梨だった。
「どったの、柏原さん?」
「これ杉の木じゃない?」
……うん……
えっと、つまり……だから何? どういうこと?
「いや……え? ごめんわからない」
「え? ……あ、そっか。アキラくん文系志望か。ごめんね、わかりづらくて」
はい、文系志望です。
木の種類がどうたら、とか言われても全くわかりません。
少しショボくれるアキラに、優梨が解説を始めてくれる。
「簡単に説明すると、杉の木って日本の固有種って言われる針葉樹なんだよね。日本に生えてる木の半分は杉の木って言われるくらい。杉の木を知らなくても、スギ花粉は知ってるでしょ?」
「…………うん」
「今は持ち込みの関係で世界に流出してるから、この木がスギってだけなら問題はない。私が疑問に思ってるのは……」
パリ、と木の皮を剥いで渡してくる。
「なんで地球の特産物が、異世界であるはずのこの土地に生えてるのかな?」
…………あ。そっか。
文系でもわかるくらい、至極当然の問題だった。
この世界は、言わずもがな異世界のはず。
気候の問題や土地感の問題をクリアしていたとて、群生する植物は異世界であるなら種類は別のはず。
「少なくともマグナデアに生えていた木は、間違いなく地球には存在しない植物だったよ。見たことのない実を実らせていたからね」
「え……じゃあここって異世界じゃなくて、にほ――」
アキラが回答を出そうとした、その次の瞬間。
瞬時に背筋を凍らせる得も言われぬ圧力と共に、アキラの背後から声を掛けられた。
「おい、そこで何をしている」
「――っ!?」
頭を貫かれたかと思った。
いや、無論そんな凄惨な事件は起きていないが、『貫かれた』と錯覚してしまうほどの恐怖を脳裏に覚えさせられた。
「誰だ、テメェ」
優梨を背後に庇って前に立つ。
実際に貫かれたのでないなら問題はない。身体を刻み込まれる恐怖など、とうの昔に乗り越えている。
優梨を守れるのはアキラしかいない。ならば盾にでも矛にでも、何にでもなって守護らねば。
「こっちが先に聞いてんだろ。ここいらじゃ見ねえ顔だな。何処ぞの間者か?」
木の影に姿を隠した呉服の男。
身体以上の大きさの槍を片手で持ち、鷹の目よりも鋭い瞳でアキラ達を観察している。
まるで値踏みでもするかのような視線だ。だが生憎、俺は試されるのは嫌いなタチである。
そちらが試してくるのならば、逆に試してやろうじゃないか。
「……そうだと言ったら?」
「殺す」
瞬間、男が動いた。
男は大槍を振り回し、とてつもない速さで肉薄してくる。さながら獲物に飛びつく獅子のようだ。
無論、瞬時にアキラも戦闘態勢へ移行する。即座に魔力を地面に送り、男の足を土枷で絡め取ろうとして――
「待ってください!」
男衆二人よりも先に、少女が間に入った。
優梨の突然の行動に、アキラは心臓が飛び出てしまう程に驚き、相対する男も目をひん剥いて槍を止めた。
「柏原さん、危ない! こっち戻って!」
「こんな山奥じゃ対話も出来ないでしょ。何処か落ち着ける場所を知りませんか?」
優梨の説得が功を為したのか、男は持っていた槍を収めた。
「話は聞いてやる。聞いた上で判断し、オレの独断でテメェらの裁定をする。異存はないな、不審者」
「わかりました。付いて行こう、アキラくん」
「…………」
優梨が言うことならば、と矛を収めて大地との接続を切る。
だが油断したわけではない。相手が食って掛かろう物なら、反転攻勢を仕掛ける準備は出来ている。
しかしアキラの心配は、男に案内されて街に出る時に杞憂へと変わるのだった。




