75話 墓標前の一事
大きな音が聞こえた。
爆発音だ。聞き慣れているはずがないのに、聞き間違えるはずのない轟音が耳に入る。
地響きのように鳴動した爆音が彼女の鼓膜を劈くと、周囲の敵味方を問わず音のする方へ振り向いた。
音の震源は遠くない。
どころか、その方向は彼女にとって馴染みのある少年が仲間の少女と共に守備を固めている方向だ。
「……アキラのいる方向じゃねえか?」
誰かが言葉を漏らした途端、彼女の心音が加速する。
(嫌だ……また離れるのは嫌……!)
無意識だったのだろう。
彼女の両脚は意図せず自然に、音のする方向へつま先が動き始めた。
「あっ……ちょ、柏原さん!?」
(アキラくん……!)
柏原優梨は走り出す。
一度分たれた運命をもう一度掴むために。
もう苦しい思いを繰り返さないために。
二度と大切な物を失わないために。
「アキラくん……!」
ーーー
「じゃあ少し待っててね、アキラ」と言い残し、瞬きした一瞬で何処かへ消えたアグノスと、
糸が切れたマリオネットのように急に地面に突っ伏し動かなくなったゼラードの身体を横に、アキラは爆心地となった戦場の隅に小さな墓を作る。
墓標となる木板には『リーシャ』の一文字。
余計なことはもう考えたくはない。簡素な墓になってしまったが、許してくれリーシャ。
「…………」
背後から足音が聞こえた。
忙しない早足だ。足音は徐々に大きくなっていき、俺の背後で漸く立ち止まった。
「アキラくん」
「……柏原さん?」
日本にいた時から親交のある少女だ。
そういえば勇者様方には別れの挨拶を言ってなかったな。
「その墓は……」
「俺の仲間の墓さ。大切な仲間だった」
「リーシャ……さん、だよね?」
「そういや俺が帰って来た時に会ってたっけ」
「うん。助けられたよ、リーシャさんに。強かった」
「だろ? アイツ強かったろ?」
そこで初めて、アキラが上を向いた。
失った光を取り戻したかのように、彼は自慢げに優梨へ視線を向けた。
しかしすぐに思い出したかのようにアキラは視線を墓に向け、寂しそうに俯いた。
「……でも、もう見れないんだ。死んだからね」
死はこの世界での日常だ。
優梨も王宮で生活していた時に、戦場に駆り出される新兵が出発していくのを見たことがある。
1週間を過ぎた頃くらいに帰ってきたのも見たが、その新兵の身体は冷たくなっていた。
最早死体を見ることへの感覚は麻痺してしまったが、それでも親しい人が亡くなる辛さは忘れることは出来ない。
「……っ」
掛ける言葉が見つからない。
墓を見つめるアキラの姿が痛々しい。
「でも、もう大丈夫なんだ。俺はもう大丈夫」
暗示でもするかように、アキラは優梨、そして自分に言い聞かせる。
「その割に顔が暗いよ。休んだ方がいいと思う」
「あはは。心配してくれてありがとう柏原さん」
彼の笑顔は心底嬉しそうだった。
そんな彼にトキメキかけるが、すぐにそんな感情は吹き飛んでしまう。
「でも、ダメなんだ。もう俺は止められないんだよ」
再び彼の表情が暗転する。
苦しそうに顔を顰めるアキラ。
親しい人が死んでも尚、無理をして動かなければいけない理由がわからない。
「なんで? アキラくんが無理をしなきないけない理由ってなに!? 私でよければ付き合うから!」
「本当にありがとう。けど気持ちだけにしておいて。これから俺がしなきゃいけないのは……!」
そこまで言って彼は言葉に詰まった。
いや、言葉に詰まったわけではない。何かに驚いているのだ。
アキラが作った無言の時間に優梨は戸惑い、彼の次の言葉を待っていると、それよりも先に彼は優梨の手を引いて抱き寄せた。
「アース・ウォール!」
恐らくアキラが生み出した土の壁が、優梨の元いた場所に展開される。
さらにその次の瞬間、身体を芯から揺らす地響きがアキラと優梨に衝撃を見舞った。
「っ! 何!?」
混乱する優梨を抱きしめながら、アキラは悔しそうに、冷や汗を流しながら呟いた。
「チクショウ。悔しいけど合点がいったぞゲーデ」
土の壁が、その衝撃だけで吹き飛ばされる。
その先には砂塵の中にただ一人、黒い軍服の上にマントを羽織った仮面の某かの姿があった。
「あれは勝てねぇ」
仮面の下の瞳はアキラだけを見ているようにも見える。
「あれ誰……アキラくん! あれ誰!?」
「わかんない。けど、やばい。絶対やばい」
警戒するアキラは、戸惑いを隠せないでいる優梨を背後に隠して戦闘体勢に入る。
「……アキラ、カセ、カセアキラ!」
「……!」
分かってはいたけど……狙いは俺か!
「【魔剣錬鉄】」
「【偽・百腕巨人】」
膨大な量の魔力が互いを磁力のように吸引する。
少しでも油断したら一瞬で呑まれそうだ。慣れない魔力量に酔いそうになっている優梨を背後に庇う。
溜め込み大地に通しきった魔力を解放し、一気に畳み掛けようとしたその刹那――ヒュン、と。
仮面の某の姿が蜃気楼のように消えた。
その次の瞬きの後に、彼の居場所が判明する。
(速……っ!?)
剣がアキラの喉元に向けて突き立てられる。
呑まれる。確実に呑まれる。
ダメだ。それだけはダメだ。
「くっ……」
「させねぇよ!」
今度は上から。
隕石のような衝撃波が仮面の某を襲った。
突き立てられた剣は衝撃波と共に吹き飛ばされ、
「……っ、ゲーデ!」
先程とは姿が違う。
しかし圧倒的な存在感は、寸分違わず変わっていない。山高帽を被った燕尾服の紳士風。
死神ゲーデ。
アキラ達を庇い、その姿を現世に降臨させた。




