73話 繋ぐ
『……ここは?』
とある少女が目を覚ます。
そこは何もない白い場所。
部屋の中とも草原とも、広いとも狭いとも、明るいとも暗いとも言えない曖昧な場所。
どんな場所だ、と問われても、明確にどんな場所なのだ、と答えることができない不思議な場所で、少女は目を覚ました。
『現実では……なさそうですね。夢ではなかったのですか……』
山高帽を被った男が1人。
その大きな身体をシルエットの中に隠しながら、こちらを見るように立っている。
如何にも紳士風な出立ちの男は、腹に手を当て丁寧にお辞儀をすると――
『この世は極楽。
生を謳歌し苦しみ抜いた末に辿り着く幽世。
よくぞ生を全うした、英雄よ。
……それはそれとしてキミ可愛いね。
この後ひま? ちょっと寄ってかない?』
違った。ただの変態だった。
軟派な雰囲気に早変わりした燕尾服を着た紳士風の変態は、これでもかとさらに詰め寄ってくる。
『貴方は……?』
明らかに人ではない雰囲気。
神にも見えないなら悪魔の類だろうか。いや悪魔と呼ぶには俗世的だ。もう少し神秘的な言動をしたらどうだ。
『いやぁ、こんなんでも死神なんでね。死人と話す毎にメンタルケアなんかしたく……出来ねぇもんで、ピエロを気取って落ち着かせるわけよ』
『にしては随分下品なネタですね』
『ゲヘヘ、キミが可愛いからね。ついナンパしたくなっちまったぜ、ゲヘへ』
何というか、死神とはいえ神は神。
こういうのも無礼な気がするが……生理的に受け付けない。
『それで、やはりここは死後の世界なのですか?』
『ちょっと惜しい。此処は岐路。三途の川さ』
『サンズノカワ?』
『あー、そういや東アジア圏の文化が届いてないんだっけマグナデア』
『東アジア?』
『なんでもねぇよ、説明すんのもめんでぇ』
やれやれ、と肩を降ろす。
燕尾服の襟を正して丁寧な物腰に戻る死神は、
『キミは生きている時の功績がある。魔王軍を名乗る極道組織の幹部を殺したことだ。『世界』によって正当な評価され、キミは英雄の館に呼ばれるに至った。そこまではOK?』
『よくないです。意味がわかりません。英雄の館とはなんですか? 貴方の言う『世界』とは?』
『説明すんのめんでぇっつったろ。ったく。静かにしてりゃ可愛いもんをよ。味噌ラーメンみたいにこってりした性格なのねキミ』
『みそらーめんとは?』
『うわそんなことにまで食いついてくんの? まじでふざけなきゃよかった』
心底面倒臭そうな反応をしてくる。
しかしこちとら聞いたことのない単語だらけで理解不能なのだ。仮にも神だと名乗るなら、せめて対話者の言語に合わせた会話をしてほしい。
『とにかくキミは死んだの。死後の世界に行かなきゃいけないわけだが、ここで岐路に立たされている。輪廻に戻るか……英雄の館への招待を受けるか』
『英雄の館とやらには、何があるのですか? それがわからないことには、選択肢はないです』
『あー、そっか。それ説明しなきゃいけなかったわ』
英雄の館とは、北欧神話に於けるヴァルハラと呼ばれる死後の場所。
生前に戦功を立てた勇者を死した後に英雄の館へ招き、来る終末に備えて戦と宴が行われている。
ここに招待されることは、北欧の勇者にとっては光栄なことであり、北欧の主神が出迎えてくれるという。
だがしかし、ことリーシャにとっては……
『興味がないですね』
『だろうね。でしょうね。そう言うと思ったよ』
『何が主神ですか、何が光栄ですか。わたしにとっての主は1人だけです』
『あの日本人か。こんな見た目だけは可愛い女の子が尽くしてくれるなんぞ、そりゃ果報者の典型だぁな』
見た目だけは、の一言は余計だ。
だがそう言って貰えるのであれば、少しは報われるというものだ。
アキラさんの意向には……『英雄になれ』という漠然とした願いも叶えられなかったが、従者としての役割は果たせたのだろうか。最期は不安で仕方なかった。
『ひとつだけ、頼み事をさせてくれませんか』
『お断りだなぁ。ここは死後の世界だ。命ある世界への干渉はしたかねぇんだよ『世界』に怒られる』
『出来ないとは言わないのですね』
『……ケッ、俺ぁ死神だ。出来ねぇとは言わねぇさ』
出来るならば話が早い。
『じゃあ伝言をお願いします。内容は――』
『オイコラ、一言もやると言ってねぇぞ――!』




