74話 魔王之カセ
「『先に死んでしまってごめんなさい。貴方の幸せを、草葉の陰から願っております』とな。……ケッ、死んでも幸せモンだなぁ」
「…………」
「おい無事かぁ? テメェの頭まで壊れたら、こっちはすげぇめんでぇんだが?」
「…………ああ、いや、大丈夫」
……そうか。やっぱりリーシャは……
考えたくない。受け付けられない。
しかし受け止めなければならない現実だ。俺が無茶をリーシャに振って、その結果がリーシャの死、か。
じゃあ、あの焼け焦げた肉片は……
「うっ……ぶ……」
「う〜わ吐いたよコイツ……そんなにショック? アリもカエルも人も魔物も、死んだらみんな同じだぜ?」
「…………」
態度が豹変したゼラード。
いや、人格が変わったと言えば相違ないか。
だが、しかし。コイツは聞き捨てならないことを言った。それだけは確かだ。
「大切な人が死んだら、悲しむのは当然だろうが……!」
「キッカケを作ったのはお前だろ? 何を恐れることがある? 殺した人間のうちの一人はテメェだ、逃げんじゃ」
「――それ以上彼を責めるのはやめてやってくれないか、ゲーデ」
魔王軍幹部をゼラード以外の名で呼ぶ声。
アキラも聞き覚えのある声だった。
この右目を発現させるに至った、アキラにとっての契約者。彼の言葉を借りるなら、『アキラと最も関係のない者』。
「アグノス……」
「この前ぶりだね、アキラ」
「……ああ」
何処からともなく現れたアグノス、ゼラードの身を着た野郎は驚愕を表情に表した。
「おいマジかよ、コイツに目を掛けてんのテメェかよ!」
「そうだよ、そういえばキミは知らなかったね。伝えるの忘れてたよ、墓地男爵」
「カーっ! そうならそうと先に言えよ! うっかりしてんじゃねえ! すっかり意地の悪いゼウスみたいになっちまったじゃねえか!」
随分とゼラードと親しそうに接する。
もしかしてアグノス……考えたくはないが、まさか……
「安心して、アキラ。コイツはキミが考えてる魔王軍じゃないからさ」
「……じゃあ、なんだって言うんだ。俺にはもう、リーシャを殺した容疑者にしか見えねぇ」
「そうさ。リーシャちゃんを殺したのはコイツさ。けど中身はまったくの別物。言っちゃえば死体を乗っ取ってるんだ」
「ま、そういうこった。だぁらそのギラッとした目、やめてくんね? 発情期のサルじゃねぇんだからよ」
「……」
言う割には煽ってくる。本当に信用できるのか?
今の俺の頭は仇を殺す復讐心に満ちている。こんなんじゃフラットな思考は出来ていないだろう。
心にズタズタと刻みこまれた恩讐と憤怒を一旦忘れ去ろう。でなければ何も考えることが出来ない。
「…………わかった」
「クハハ、合間がすっげぇ長かったな!」
「仕方ないよ。今のキミの見た目は彼にとっての仇なん――」
「……いいから早く話せ。イライラする」
急いては事を仕損じるというが、早く事を終わらせたい俺にとっては最早、今起きる損なんてどうでもいいことだ。
「ごめんね、アキラ。待たせたね」
御託は聞きたくない。
「契約を履行してもらう時が来た。そう言えば伝わるかな?」
「…………っ!? 待て、俺がやるべきことはまだあるはずだ! 魔王を倒さなくちゃいけないし、リーシャを……」
「それは、やらなくちゃいけない事じゃなくて、キミのやりたい事ではないかい?」
…………っ。痛いところを突く。
「だ、だけど俺は勇者と共に呼ばれた身だ。魔王討伐はこの世界の願望だろ。なら、まだこの国に残る理由はあるはずだ」
「クハハハハ! テメェバッカじゃねぇの!?」
ゼラ……死神の嘲笑に苛立ちが募る。
今にもぶっ飛ばしてしまいそうなくらい頭に血が上っていたが、アキラの心情はその怒りを吹き飛ばす程度には焦りを覚えていた。
「勇者として呼ばれたからには、魔王を倒すのが使命のはずだ。その使命を捨てるのは」
「使命だなんだと面白れぇな操術師。じゃ逆に考えろ、テメェが魔王に勝てんのか?」
「……この目の力さえあれば――」
「代弁してやる。無理だ」
答えさせる気のない質問だった。
魔王と会ったことはない上、実力差は未知数。
さらにその魔王の部下と戦わせた為に大切な仲間を失った直後に、この異常事態中での質問だ。
悪い意味でのセンセーショナルというか。
とはいえ、その断言が正しい気もしている。
「俺はお前の思っているよりも強いぞ」
「黙れカス。弱ぇに決まってんだろ。テメェ1人で、或いは勇者と共に遠足行って帰って来れると思ってんのか? 遠足は帰るまでが遠足でちゅよ」
「……っ、じゃあ魔王はどうすんだ! 俺で無理なら、今の勇者じゃ熟練度で勝てねぇだろ!」
「ああ。そうさ」
無責任にも程がある。じゃあ誰が勝てるって言うんだ。
今のマグナデアは瀕死も瀕死。戦場に多くの勇士が倒れ、国力も疲弊し始めている。
そんな中で最大戦力として召喚された勇者が頼らないとなれば、この国は……ナズナはどうなってしまうんだ。
「そもそもよぉ……なんで魔王がいきなり大侵攻を始めたのか、お前は気になってねぇんか? あ?」
「……そんなもの、元々の計画を遂行して人類領を手に入れるためで……」
「ならば、なぜ人類領を欲しがる。一応断っておくが、魔王領は魔物達が生きていけるくらいの自然はあるぜ?」
…………。
そんなものは知らない。
知ったところで最後は変わらない。俺は魔王を倒さなければいけないんだ。
でなければ、バカラ達カプアの人々が、そして何よりナズナが……っ!
「答えを教えてやろう。魔王の本当の狙いは……」
ーー
ゼラードの魔力が消えた。
幹部級を倒せるまでに至った勇者など、この時期には一人しかいない。
――嗚呼、やっと見つけた。
世界を彷徨い幾星霜。漸く、漸く見つけた。
いま、迎えに行こう。
さぁ、殺しに行こう。
待っていろ、カセアキラ。
ーー
「テメェだよ。嘉瀬アキラ」




