69話 きっと平凡な少年は
「いらっしゃい、ませ……」
「……失礼します」
バタバタと片付けを終えた俺は、息咳切らしながらシャルを部屋に上げる。
俺の様子を見て苦笑いしながら、シャルは王女様然とした態度を崩さずにぺこりと頭を下げて部屋に入ってくる。
「それで、何の御用です?」
「ただの夜這いですよ。気になる男性に夜会いに行くのは、淑女の嗜みではなくて?」
「はははそれは淑女ではなく痴女ですね。……で、御用件は?」
「もう。冗談の通じない人ですね」
口をつんと立てていじらしく振る舞うシャル。
しかし毅然とした態度を崩さない俺。
すると彼女は懐を探って一冊の本を取り出した。
「ひとつだけ質問を持ってきました。この本をご存知ですか?」
「本? 勉強なら家庭教師でも頼めば……」
そう言って本を手に取った俺は、その本の……絵本の題名に驚いた。
「――――え?」
「この本は遥か遠い海の向こうから伝わってきたと禁書だと言われています。禁書とされる所以は国家機密に分類される情報なのでお教えすることは出来ません。当然、異世界人である貴方が知るはずもない……ですが、今の反応を見る限り、貴方はこの本を知っているようですね?」
……知っている。
いや、知らないわけがない。一般的な高校に通っている学生徒であれば知らない方がおかしい。
元の世界なら幼稚園児だって知っているぞ。
混乱する頭で与えられた情報を整理しながら、俺は再び渡された本の題名を見る。
『竹取物語』
月の姫『かぐや姫』の作り物語。
平安前期に成立した日本最古の物語。日本で『桃太郎』や『金太郎』と同じくらいの知名度で知られ、世界で今尚も高評価を獲得している物語だ。
よく知っている。授業でも習ったくらいだ。
だからこそ。決してこの世界に、異世界にあってはならない作品でもある。
遥か遠い海の向こう? てことは、この世界は地球の平行世界なのか?
いや地球から漂流物として流れてきた、なんてパターンもあり得るだろう。
無駄に付けた異世界ラノベ知識が俺の頭を混乱させる。もはや整理仕切ることは不可能なまでに。
悔しいが、お手上げだ。
「……知ってるよ。よく知ってる。他の勇者達にも聞いてみろ。みんな口を揃えて知ってるって答えるだろうよ」
「そうですか。やはり……」
ふむ、と頷いた彼女は視線を鋭く細める。
「アキラさん、何か隠してらっしゃいますよね?」
「……例えば?」
「この問いで例えを出すのは難しいですが、そうですね……知り合いの方々を置いて何処かへ旅立ってしまう、とかですかね?」
「…………」
シャルの問いに俺は言葉を失くす。
『竹取物語』で頭を混乱させていたのもあってか、どうにも正常な思考をしていない。
絡み付いた糸が思考することを遮っているかのような感覚だ。
……なるほど。そのための前座か。
「…………何処から知ってる?」
「何も知りませんよ。もしかして当たってました?」
「……大当たりだよ。俺は近く、この国を出る」
俺の言葉にシャルは言葉を詰まらせた。
「……ど、どうしてです? ここでの暮らしは性に合いませんでしたか?」
「いいや、寧ろ良すぎたくらいさ。……けど、そう言う契約なんだよ」
「契約? 契約相手は……悪魔、ですか?」
「いや、男だか女だかわからない程度の、不思議なヤツだよ」
この世界で最も俺と関係のない者、らしい。
詳しいことはわからないが、ヤツはそう言っていた。ならばそうなのだろう。
俺のことを戦力として考えているのか、あるいは使い捨ての駒として考えているのか定かではない。
だがこの力をヤツから貰ったのは確かな事実だ。
「……そう、ですか」
「悲しんでくれるのか? 嬉しいな」
「いいえ、悲しくはないです。元々、私たちは会うべきではない関係ですから。たまたま、貴方が勇者と共に召喚され、出会うべきではなくして出会った間柄なのですから……!」
「お、おう。そんなに否定されると俺が悲しいんだが」
食い気味にシャルは否定してくる。
顔面偏差値に反して可愛くないな。
嘘でも悲しいって言ってくれ。
あざとくてもいいからそっちの方が良かった。
「……まぁ、この国には帰る場所を作ったからな。何年掛かっても、必ずそこに帰るつもりではいるよ」
「そうですか。……なら私は貴方の門出を祝いましょう。貴方のやるべきことが何かはわかりませんが、それはきっと、大切なことでしょうから」
「ああ。ありがとう――」
そこまで言って、喉奥から迫る睡魔が欠伸となって外に出る。
「……ふふ。お子様には夜は遅い時間でしたかね?」
「子供扱いするんじゃねえよ……」
「逞しくなったと思ったら、こんな子供っぽさを残してるなんて……これが勇者様の言うぎゃっぷ萌え……」
「頼むから俺に萌えないでくれる?」
運命の女神は残酷だ。
時として人を喜ばせ、人を悲しませる。
喜びも悲しみも知らず、感情に振り回されるだけの人間を操作する。
そして今も、
仕組まれた必然であるならば、
きっと俺は運命の女神を憎むだろう――
カンカンカンと鐘が鳴る。
夜更けもいい時間帯。
帷の降ろされた宵闇の中に
響き渡る耳障りな警告音。
「「ッッ!!」」
その意味に気付かないわけがない。
このマグナデアでは、絶賛天下を分けた戦争が勃発中なのだ。
そこには投入される兵士がいて、
匿われるべき女子供がいる。
無論、俺は前者、
シャルは後者だ。
だから俺は、シャルに助言をすることしか出来ない。
「シャル。万が一の時は逃げろ。退路を作る時間は俺が作る。絶対だ。だから――――死ぬんじゃねえぞ」
「…………はい。アキラさんも、ご武運を」
「はッ! 馬鹿言うな。俺は此処じゃ死ねねぇよ」
俺はニッと余裕のある笑みを見せる。
それを見てシャルは、ふっと笑った。
「…………気をしっかり持てよ、俺」
部屋を出た俺は、
密かに胸につっかえていた息を吐き出す。
「本当の戦いはここからだ」
吐き出すものを吐き出した俺は前を向いた。
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