65話 魔剣士と勇者
時は遡り数分前。アキラが《楽園郷》を開いた直後。優梨達が門上に立つ王都の西門。
蓼丸桃花の『無限回廊』によって閉じ込められ、それをアキラがハッキングする形で開いた《楽園郷》により、門前に隠れる人の気配は完全になくなっていた。
残されたのは、透明だったはずなのに、薄い赤色の靄が掛かって内部と外界が遮断された『無限回廊』だけだ。
「誰かに無限回廊の権限奪われちゃったんだけどー!? どうしよう! ねえどうしよーーー!?」
「落ち着いて桃花。焦って解決できる問題はないわ」
「でもでも! 『無限回廊』って『内部からの干渉を受けない能力』を持ってるから! もしかしたら永遠にあのままかも知れないんだよ!? 存在定義をハッキングされちゃったし、アタシじゃ能力を解くことが出来ないんだよー!」
「柏原さん、貴女からも何か言ってあげ……柏原さん?」
「…………」
焦る桃花をどう落ち着かせようかと悩む汐梨は、隣で『無限回廊』を眺める優梨に目を向けた。
彼女はじーっと赤色に染まった『無限回廊』を見ながら、何かに驚愕するように呆然と目を剥いている。そして半開きになった口を小さく動かして、そこに居ないはずの人物の名を呼んだ。
「…………嘉瀬、くん」
「え、嘉瀬くん?」
「か、嘉瀬くんが……アキラくんがいた。黒いフード被ってたからよく見えなかったけど。あの魔力の波長はアキラくんの魔法、ううん、操術とおんなじだった!」
「うそ。じゃあ、今入ったのって嘉瀬くんだってこと?」
「た、多分。一瞬のことだったからわかんないけど……。でも、わたしの見間違いじゃなければ……」
「――――いえ、正解です。あの一瞬でよく見抜きましたね」
――――透き通るような声がした。
紗蘭と鈴が転がるような、しかしずしっと重い言の葉が優梨達にのし掛かるように不意に落とされた。
声のした方を見る。いつの間にそこにいたのか、白一色の服を着て青銅のチェストプレートを身に付けた、金髪金眼の耳長の少女が立っていた。腰に立派な銀色の剣を携え、月に背を向けて此方を眺めていた。
「いつの間に……!?」
優梨と汐梨、そして桃花はその場から飛び退き、携える得物に手を出し戦闘姿勢で構える。
頬を嫌な汗が伝う。エルフの少女から溢れ出る神秘的な様子とは裏腹に、その場には不穏な空気が流れ、勇者達の精神状態を著しく悪化させる。
「構えないでください。わたしは貴女達の味方です」
「この状況下で、その言葉を鵜呑みにできると思う?」
「……そうですね。たしかに、こんな怪しい登場をしたわたしが悪いですね。申し訳ないです」
「わかればいいのよ……で、貴女は誰? 魔王軍?」
「魔王軍と一緒にしないで欲しいですね」
フ、と呆れたように息を吐き出す。
その素振りだけで、優梨は彼女が自分達の敵ではないことを察す。何処か、彼女から同じにされることを嫌がるような空気があったのだ。そんな空気を出す人が、魔王軍なわけがない。優梨は突き付けた短杖の先を地面に下ろし、『無限回廊』を睨む彼女と向き合った。
「魔王軍じゃないのはわかった。けど、貴女は誰? 素性を教えてくれないと、わたし達も貴女を信用出来ないの」
「ふむ。では名乗らせて貰いましょう……か!」
剣の柄に手を当てて、タンッと強く大地を蹴る。
その行動を見て汐梨は弓に矢を番え、桃花は腰から短剣を引き抜いた。……しかし、優梨だけは何もすることはなく、短杖を未だに下げてそこに立っている。
(――――大丈夫。彼女はわたしを攻撃しない)
トンと小さく飛んだ彼女の体は横に回転し、引き抜いた剣で孤を描いて振り抜かれる。カキンと音がした後に、何処からか飛来した矢は弾き飛ばされ何処へと消える。夜闇に消えた鏃を尻目に、少女は剣を持つ手に力を込める。
「『魔剣陳鉄』……『狂える魔剣・10%』」
狙っているのはおそらく矢の飛んで来た方向だろうか。鳥肌が立つほどに肌で感じる捻れた魔力は、色濃くその場の空気を冷たく圧縮する。
「バージョン『抉り穿つ一本爪』!」
解き放たれる膨大な魔力。疾風怒濤の勢いで飛ばされた魔力は大気中で渦を巻き、大地に一本の爪痕を残しながら突き進む。
何処かで悲鳴が聞こえた。おそらく、少女は狙い違わず遠方の目標に向けて、今の大魔力をぶつけたのだろうか。
「わたしはリーシャ・アロンダイト。『湖光の一族』の末裔にして、今はアキラさんの奴隷です」
「…………奴隷?」
「はい。奴隷です」
訝しげな視線を虚にさせる。ガクンと足から崩れ落ちて、ぺたんと内股で座り込んでしまう。それからぶつぶつと少し呟くと、今度は幽鬼のようにゆらりと立ち上がって不敵な笑みを浮かべた。
「そう……ふ〜ん。わたしがあんな悲しい思いをしてるときに、アキラくんは女の子の奴隷なんて買ってたんだぁ〜。もしかしたらあんなこととか、そんなことまで……? へぇ〜、そうなんだぁ〜……ふふ、ふふふふふ」
「……あの方、目が据わってるのですが、ご主人様と会って大丈夫な方でしょうか」
「……まぁ、殺しはしないわよ。多分」
「痴情のもつれと言うやつですか。……罪な人ですね、アキラさん……」
「貴女が言うか。私は伊藤汐梨。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします……あ、終わったみたいですね」
ぐだぐだな雰囲気が漂う最中、『無限回廊』から紫電一閃、紫色の雷光が放たれた。その光にリーシャが気付き、他の3人もリーシャの視線を追うように門上から門下を見下ろす。
「そう言えば嘉瀬くん、雰囲気変わったわよね」
「そう……? や、前とあんま変わってないと思うけど」
「変わったわよ。前よりも明るくなった気がするわ」
呑気な声が聞こえてくる。
もくもくと赤い煙が場を包む中で、2人の影が門上に優梨達がいることに気付いたのか、手を振るような素振りをしながら歩いてくる。2人とも肩を揺らして息を切らしており、しかし傷が全くついていないところを見るに、勇者の圧倒的な力で捻じ伏せたのだろうと推測できる。
「……お帰りなさい、嘉瀬くん」
彩花と共に手を振る少年、嘉瀬アキラの姿を視認した優梨は、ふ、と微笑むと同時に小さく手を振り返した。
リーシャは『狂える魔剣』を使い分けるために様々な技巧を凝らしています。所謂剣術の技だと思ってもらって構いません。
『抉り穿つ一本爪』……長距離にいる敵を魔力で斬るための技。馬鹿正直な直線運動になるため、奇襲と言う形でなければ中々当たらず制御が難しいのが難点。もちろん威力は減退するため、それを補うための高度な魔剣の知識が必要となる。




